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10話「馬鹿にしないでよっ!」


 課金貧乏派遣社員でも、愛車くらい持っている。

 高校生の時に買ってもらったピンクのチャリだ。特別名前を付けたりするまで痛い子じゃなかったけど、五段階切り替えの女の子らしい、それなりの値段がするやつを買ってもらった。この団地は徒歩八分くらいの駅前に二件のスーパー八百屋に百均、ドラッグストアもあるし、もう少し歩けば役所や保健所、郵便局、図書館、警察ついでに消防署も並んでいるから、二本の足さえあれば快適に生活できるの      だけど……当時はこんな快適利便性のないマンションに住んでいたから無免許でも乗れる乗り物が必須だったのだ。毎日塾にも通ってたしね。

 都心に近づけば便利だと思うなよ? 団地ナメるな。『オシャレ』や『流行り』さえ我慢すれば、ここまで暮らしやすい街もないと思っている。


 現実逃避の閑話おわり。ともあれ、そんな頃から大切に乗っていた剥げたピンクの愛車が、ギラギラ真っ赤になっていた。なぜギラギラかといえば、なんかギラギラした無駄な装飾品が付いているからだ。

 さらに、私も赤いシャカシャカしたロングジャンパー(しかもブカブカ)を着せられ、目元は大ぶり偏光サングラス(メガネ屋の店頭で売ってる格安品)。頭も短い髪を無理やり巻かれて(寝る前にこまかい三つ編みたくさん作られた)――そう、時代は昭和。まさに素人パチモン歌姫失敗品のような格好をさせられていた。


 鏡を見せられて呆然とする私に、満足げな死神くんは言った。


「とっっっても素敵ですっ!」

「……じゃ、行ってくるね」


 そして現在、私はジャカジャカ自転車を漕いで、目的地に向かっている。荷物はカゴで跳ねるアルミホイルに巻かれたおにぎりのみ。お腹すいたら食べてねって餞別だってさ。そんな距離ないのにね。いやぁ、自転車でちょうどいい距離だね。仕事帰りや買い物に歩く人々に二度見されたり敢えて視線を逸らされたりしてるけど、私は気にしない。気にしていたらアイドルできない。ハハハ、私がアイドル草生える。


 でもこれ、アイドル目指したんじゃないんだって。レディースっていう女版暴走族を目指したんだって。ハハハ。ふーん。そういえばそんなものに憧れてたって言ってたね。モヒカンにされなくてよかったよ。そして格安品ばかりとは諸々の費用はどこから出たんだろうね。お財布やカード明細見るのが怖いなー♡


 ともあれ、現実逃避第二弾おわり。目的地に着いてしまったい。

 時間はちょうど。死神情報網通りに、就業後のターゲットが会社から出てきたところだ。


 さて、行くぞ。私。私は御手洗花子じゃない。私は……私は……一体誰なんだ⁉


 サングラスの下で目をパチクリさせていると、なぜかターゲットが私に近づいてくる。え、ちょっと待って。私まだ自転車から下りてすらないよ!


「……もしかして、御手洗さん?」

「ちがああああああうっ!」


 違うもん。私は御手洗花子じゃないもん。御手洗花子でもこんなダサ派手な格好する趣味ないもん。

 ターゲットはいつになく眉をしかめて心配してくる。


「ど、どうしたの? 今日、体調不良で急遽有給もらったんでしょ? 病院行ったの? 頭の」


 やめて! そんな哀れな目で見るのはやめて! 違うの、あんたに虐められたから頭おかしくなったわけじゃないの! あ、でもそういうことにしておいた方がいいのかな。そもそも、こんなことする諸悪の根源はこいつだよね。


 そうだ、津田真愛! 全部あんたのせいなんだっ!


 私は覚悟を決めて、カゴの中にぽつんと入ったおにぎりを手にする。そして今までの恨み辛みを込めて、全力で津田さんに投げつけた。


「結婚、おめでとうっ‼」

「え?」


 津田さんの赤いウールコートのウエストベルトに当たったおにぎりが、ポトッと地面に落ちる。ベルトはリボン巻にされているし、津田さんは痛くないだろうな。

 私とおにぎりを見比べた津田さんが、おにぎりを拾う。


「えーと……落としたよ?」

「あげたの! ライスシャワー!」

「らいす……それ挙式後の後にするやつだよね? あの……御手洗さん知ってる? ライスシャワーって、炊く前のお米を投げるんだよ?」


 知ってるわ! いくら結婚と無縁の私でも炊いた後の柔らかいお米を投げるとは思わんわ! 投げたけど! しかも握ってあるやつ投げたけども! 

 津田さんは長いまつげをパチパチさせた後、小首をかしげる。


「ねぇ……私、結婚するって話した覚え、ないんだけど?」


 ……………ですよね。誰も勝手に死神パワーであんたの半生覗き見て動画化しようとしててそれを面白くするために殴り込みに来たとだなんて知りませんものね。説明したって信じてくれませんよね。


 あー冷たい汗ばかり掻きすぎて寒くなってきた。もうなんで私がこんなことしなきゃいけないんだ。もう死神くんのせいだ。あんな美味しいラーメン作るから。イケメンのくせに。ミハエル様にそっくりのくせに。ずっと同じ音楽ばかり聞いている変人のくせに――


 そんな死神くん出会ったせいで! あんたのせいで、死神くんに出会ったせいで!

 もう私はパニックだ。


「バカにしないでよっ!」

「え?」

「全部そっちのせいなんだからね! 私悪くない! 悪くないもん!」


 もうやだもうやだ。なんで私がいじめられなきゃいけないのよ。


「なんなのよ、気分次第でいじめるだけいじめてくれて……」


 今も昔も。

 あんた幸せじゃん。そりゃあ、キャビンアテンダントにはなれなかったかもしれないけど。好きな相手とは結婚できないかもしれないけど。


 でもお父さんとお母さんずっと仲いいじゃん。お父さん死んだりしてないじゃん。名字だって途中で変なのに変わったりしてないじゃん。義理の父親とか半分血の繋がった妹に気を使ったりする必要ないじゃん。大学途中でやめることになって取れるはずの資格取れなかったりしてないじゃん。立派な大手の正社員じゃん。


 なんか……悲しくなってきちゃったじゃん。


「私ばかり、いつも……」

「みた……花子ちゃん?」


 やめてよ。泣いたからって、昔みたいに呼ばないでよ。惨めだよ。私とっても……。


「あんたなんて、勝手に幸せになればいいんだっ!」


 私は返されたおにぎりを、再び投げつける。今度はしっかりと受け止めた津田さんは、やっぱり長いまつげをパチパチさせてから、眉をしかめた。


「えーと……大丈夫? 何しに来たの? 具合悪いなら、おうちに帰ろ? 家まで送った方がいい? それとも病院付き添おうか?」


 何しに来ただああああああ? 知るか! そんなもん知るか! 

 坊や……じゃない。お嬢さんや、いまさら優しい言葉なんかかけないでよ!


「私やっぱり、私やっぱり……」


 ぐすんと鼻をすする。頭が熱い。もう限界だった。


「帰るわねっ! アデュー‼」


 私は跨いだままだった自転車のハンドルをぐいっと曲げて、慌ててそこから立ち去った。


 


 その後一人になった津田さんは、まわりをキョロキョロ。誰もいなかったことを確認しては、カバンの中をゴソゴソ。取り出したのは――古臭いデデニーキャラクターのキーホルダーだ。なぜか同じものが二つ付いている。


『結婚おめでとう……かぁ』


 そして津田さんは目を拭い、おにぎりのホイルを剥いた。出てきた白いおにぎりを数秒見つめて、パクっとかじりつく。


『うっま!』


 そこで、動画はフェードアウトしていく。「バカにしないでよ‼」とイキっていたBGMがあえて音量をあげた中、黒い画像の前で首だけの死神くんがようようと喋っていた。


『それじゃあ、拙者らもこの辺で! 花子氏、最後のコメントは?』

『死にたい……』

『面白かったらチャンネル登録、ぐっとボタンをお願いします。それではまた次回。アデュー☆』


 死神くん自信作の動画を見終わって、私は部屋で悶絶していた。

 そんな私に、死神くんはニヤニヤ話しかけてくる。


「どうですかでどうですか。僕の渾身の作品は? 何よりラストの花子氏の台詞に合わせたBGMが至高だと思うのですが?」


 あああああああああああああ、バカか? バカは私なのか私だよね⁉


 よりにもよって、なんであのエンドレスBGMの歌詞みたいなことを言った? 若干会話になってなかったよね? あれか? これが刷り込み効果ってやつか? 私はひよこか? なんで三歩歩いて忘れてくれなかったの?


 私はすくっと立ち上がる。もう死のう。今すぐ死のう。


「花子氏、どこへ?」

「ちょっとあの世へ」

「そんなあなたにはこちらっ! でででんっ!」

「へ?」


 思わず見やると、死神くんの後ろから見事なケーキが出てくる。ホールを四分の一にカットした通常の一人用には大きいサイズ。だけど一人でも食べれちゃう絶妙贅沢サイズ。白い生クリームとの間には赤いジャムが挟まっているようだ。


「ここここ、これは……」

「もちろん僕が作りました。やっぱり台所の奥にホットケーキミックスがありまして。残っていたジャムとチョチョイのチョイです」


 うちの台所の奥にはどんな楽園ができているんだ……という幻想は置いておいて。

 ケーキは甘味の王様だ。甘味は嗜好品だ。私は自慢じゃないが貧乏だ。

 つまりわかるな? フラフラと引き寄せられるのはむしろ必然。


 そして語るまでもない。

 苺だけとは思えないジャムの旨味と、ホットケーキミックスとは思えないふわふわのスポンジ、幸せしか詰まっていない生クリーム、イケメンのマリアージュを食してしまったら――どんなBGMが流れていようとも、女は今日もたくましく生きるしかないのだ。


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