フリーデ~伝説の少女~
治癒魔法の素質があると15の時に判明してから、10年。
私イルメラは、結婚もせず治療院で働き続けている。
初春のある日、一人の少女が運び込まれて来た。
年の頃は、17・8歳。
公園の階段を転げ落ちたらしい。
急いで治癒魔法を使う。
「貴様が突き落としたのだろう!」
「私は、その場に居合わせただけですわ!」
後方で、同じ年位の少年達が、ある少女を責め立てている。
五月蠅い。気が散る。
「誰が信じると言うのだ! これまで、フリーデにどれだけ嫌がらせをして来た!?」
「そうですよ! 貴女が何をしたか知っていれば、疑わない人はいません!」
「お静かに!」
私は、堪らず振り返って怒鳴った。
「邪魔しないでください! この子が助からなくても、良いんですか!」
「い、いや。そんな……」
「邪魔をするつもりは……」
「フリーデは助かるのか?!」
貴族らしき少年達の中でも最も身分が高そうな少年が、私に詰め寄る。
「意識が戻るかは、彼女次第です」
私はそう答え、治癒魔法に意識を集中させた。
◇
フリーデは、異世界転生者だった。
彼女が転生した此処は、少女漫画の世界。
平民の主人公が、イケメン貴族令息達に惚れられ、最終的に王子様と結婚する話だった。
フリーデが転生したのは、その主人公だ。
記憶を生かし、上手く原作通りに進めていたが、フリーデと主人公には大きな違いがあった。
貞操観念である。
原作では良い雰囲気になっても主人公が拒む為、フリーデはそれが気に入らなかった。
だから、彼女は喜んで彼等を受け入れた。
しかし、そんな中、唯一ギルベルト王子だけが、原作通り彼女に手を出そうとしなかった。
自分から誘う訳にも行かず、結婚を心待ちにしていたある日、フリーデは体の異変に気付いた。
「どうしよう……! どうしたら?!」
原作と違うとパニックになったフリーデは、悪役令嬢ハイデマリーを利用する事にした。
丁度、近々彼女に階段を突き落とされるイベントがある。
フリーデは、その日を心待ちにした。
そして、遂にその時がやって来た。
それなのに、ハイデマリーはフリーデを睨んだだけで、何もせずに通り過ぎようとした。
彼女がフリーデを突き落とさなかったのは、その日がイベントの日では無かったからである。
原作で突き落とされたのは、ギルベルトの誕生パーティーの前の月としか判らない。
ハイデマリーの服装がその時と違う事に、フリーデは気付かなかった。
其処まで細かく覚えていなかったから、当然だが。
仕方なく、フリーデは自分で転げ落ちた。
原作で無事だったのだから、死ぬ事は無いと疑いも無く。
◇
「う……」
意識を取り戻した少女が、ゆっくりを目を開いた。
「あ。起き上がらないで」
私は、起き上がろうとした彼女を寝かせる。
「フリーデ! 良かった!」
「ギルベルト様。……皆」
ああ。大切な人が助かって喜んでいる姿は、何度見ても良い光景だ。
だから、私は、心配しているであろう彼女に無事を教えてあげた。
「安心してください。お腹の赤ちゃんも助かりましたよ」
まさか、あんな騒動になろうとは。
私が言えるのは、六人の少年少女達の内、存命しているのはシュネーベルク公爵令嬢のみだと言う事。
その件に関して語る事・記す事は王命によって禁止され、違反者は処刑されるからだ。
ただ、外国に話が伝わるのは止められなかったようで、真偽不明の噂話として語り継がれるかもしれない。
「ユーディット! 患者さんよ!」
「はい!」
私はこれでも優秀なヒーラーなので惜しいと思われ、別人の遺体が『責任を感じて自害した』と身代わりにされた。
その人には悪いが、これからも多くの患者さんを救い続けるので許して欲しい。