自衛隊怪談「山に食われる」
自衛隊時代に間接的に体験した演習場にまつわる怖い話です。
※登場人物はすべて仮名です。
世の中にはたくさんの仕事があります。
それらの仕事には、その仕事に従事する者にしか伝承されない伝説めいた言い伝えのようなものがあるものです。
自衛隊にもあります。
ある日のこと私は大規模な演習に参加しました。
その演習はかなり長くて約1ヶ月間もの間、山にこもらなければならない演習でした。
そんな演習も終わりに差しかかったころ、部隊の動きがなんだか騒がしいことに気づきました。
「よその部隊で行方不明者が出たらしい」
どうやら演習に参加していた他の部隊の隊員1名の行方が分からなくなったようでした。
演習は一時状況中止となり、いなくなった隊員の捜索が始まりました。
自衛隊は山や渓谷などの人の立ち入らない場所で訓練することも多く、一時的に行方が分からなくなることはそう珍しいことではありません。
なので自衛隊では演習の状況中に隊員が行方不明になった場合、行方不明になってから約12時間は隊員全員で探して、それでも見つからなければ警察、消防に連絡するのが通例でした。[そのときの状況によります]
大規模な演習だったのでかなりの人数が捜索にあたりました。
断崖や谷底、川の下流にいたるまで見て回りましたが見つかりません。
そうこうしているうちにタイムリミットの12時間が経とうとしていました。
もういよいよ警察・消防に連絡しないとダメかと思っていたその時、無線に連絡が入りました。
「行方不明者が見つかった」と。
その隊員は川沿いの崖に空いた穴の中で寝ているところを見つかりました。
人が1人だけなら寝転べるサイズの穴、その中で眠っていたようで、捜索していた隊員が声をかけて近づくといたって普通、むしろ落ち着き過ぎていたくらいだったそうです。
その場で行方不明になっていた隊員を保護して宿営していた場所まで連れていくとテントの中で話を聞くことになりました。
今までどこにいたのか?なぜはぐれてしまったのか?
するとその隊員はボソッとひと言「アイドル…」と言ったそうです。
どうやらスマホのゲームにアイドルを育成する内容のゲームがあるらしくそれをやるために部隊から離れて一人で行動していたというのです。
そして良い感じの穴があったので、そこに入り込みモバイルバッテリーでスマホを充電しながらゲームをしていたのだと。
それを聞いたみんなはあきれるより驚きが強くて言葉を失いました。
しかしその隊員が叱責されることはなかったそうです。
それは普段はしっかりとした優秀な隊員だったはずの彼がスマホゲームを理由に任務を離れただなんてにわかには信じられなかったからということも理由でしたがそれだけではありません
問題は彼が見つかったその穴でした。
崖の側面の下の方にある穴、その穴ではよく死体が見つかるのです。
それらの死体はほとんどが遺書を胸に抱いた一般人でした。
彼ら彼女らはなぜか自衛隊の演習場に入り込みその場所で自殺していたのです。
そんな穴で見つかったこともあり周りも心配していましたが勝手に仕事を放棄してなんの叱責もないのか?
それは彼の「スマホのゲームをしていた」という証言が絶対にありえなかったからです。
なぜなら、その演習場は深い山の中にあり電波が一切入りません。
ゲームはおろか電話もままならないほどだというのにそんな中で一体なんのゲームができたというのか。
明らかに彼は嘘をついていました。
行方不明者も見つかったので私も自分の部隊の持ち場に戻りました。
すると年配の隊員たちが「アイツは危うく山に食われるところだった」と噂しているのが聞こえました。
私は気になって「山に食われる」とはどういうことなのか聞くと年配の上官が言いました。
あの穴は山の口なのだと。
この山は腹が減ると死にたいと思っている人間をその口に引き込んで食ってしまうと。
かなり昔から演習場の中に存在するあの穴では今までに何度も死体が見つかっているのだと年配の上官も、さらにその先輩達も上の先輩から聞かされていたそうです。
そのペースはだいたい3年に一度、冬が過ぎて春になるかならないかというこの時期に必ず死体が見つかるという話でした。
あとになって分かった話ですが行方不明になっていた隊員は自衛隊を辞めるか続けるかでひどく悩んで自殺を考えていたようです。
行方をくらましたその日、彼はあの穴を見つけました。
見ているうちにどうしてもその穴に入りたくなって欲望の従うままに穴に入りこんだ、と。
それを裏付けるようにその1ヶ月後、その穴の中で一般人の女性の遺体が見つかりました。
大量の睡眠薬の空の容器と一緒に。
彼女のSNSに遺書めいた書き込みがあったことから自殺と判断されたそうです。
彼女はなぜ演習場内の山の中にあるこの穴を自分の最後の場所に選んだのか…
それは山が彼女を引き込んで食べてしまったからなのか。
それは分かりませんが確実にその年もあの穴で人が死んだのは確かなことでした。
山の不気味さを知った体験でした。
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