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初めての実習

 ぼこぼこと沸騰した水に所定の量の薬草を入れて成分を煮出し、冷まして抽出、丁寧に混ぜる。

 物によって違いはあるが、薬草を使った魔法薬の作り方はだいたいこんなところ。

 入学して一週間。初めての実習で作るのは、基本の回復薬。この前に散々座学で手順を勉強したし、いくら新入生とはいえ入学出来るだけの実力があるのならこのくらいは失敗なんてないだろうと思っていたが、読みは甘かったようだ。


「なんで水が溢れるんだ!」

「こっちは紫色の煙が……!」


 手順は目の前に書いてあるし素材はすべて机に用意されている。なのに、どうしてそんなことになるのか。

 思わずユリエスに目線を送ってしまったが、向こうもちょうどこちらを向いて苦笑いしているところだった。


「先が思いやられる……」

「そうだよね」


 思わず漏れた言葉に返された同意に、声の聞こえてきた方を向けば頬杖をつきながらため息をついている横顔。


「あいつらさ、さっきまで女に教わる事なんてないって先生の話全然聞いてなかったんだよ。今さらこんな程度の低い魔法薬で失敗するはずがないのにって」

「よく知ってんな」

「まぁね。頼みもしないのにべらべらと」


 おかげでこっちも説明聞きそびれたと不満を訴えている様子に、思わず笑ってしまったらすぅっと細められた目がこちらを捉えた。


「悪い、馬鹿にしてるわけじゃないんだ」

「そんなの見ればわかるよ、さっきから君だるそうにしているけど話はちゃんとに聞いてくれるし」

「だからわざわざ席を移ってきたのか?」

「そう、ついでに君の作るところを見させてもらおうかと思って」


 さっきまで作り方が箇条書きしてあった板書は、例の話を聞いてなかった奴らが生み出した紫の煙がくっついたせいで役目を果たしていない。

 俺よりも前に座っているユリエスの様子を見てみれば、すでに何人かに囲まれている。板書をしっかりと書き込んでいた何人かも同じようだ。隣に移動してきたのは、たまたま俺が一番近くにいたからか。


「先に言っておくが、俺だってうまく作れるか分からないからな」

「手順がわかれば十分だよ」

「分かった、んじゃやりますか」


 先ほど教師が説明していた順番を思い出し、時々もう役に立っているとは言えない板書に目を向けながら薬草を煮出していく。


「ねえ、ナイフで刻むんじゃないの?」

「成分が煮出せればいいんだろうが。お前はナイフ使っておくか?」

「そうするよ。失敗したくはないからね」

「俺のが失敗だって決めるなよ」


 ユリエスはきっとお手本のような手順で回復薬を作るだろう。なら大雑把な俺はそれと違うやり方を。そろそろ問題児たちの後片付けも終わるし、手を抜くのならここしかない。実際のところ、ナイフで刻もうが手でちぎろうが薬の出来に影響が出ることはないが、それは今分かるはずもない。


「さて、みなさんの出来はどうですか?」


 話を聞かずに好き勝手やっていた三人は教師の真正面に移動し、分厚い教科書を読まされている。まだ実習には早かったと判断されたようだ。他のやつらが次々と作った回復薬を教師に見せているのを恨みがましい目で見ている。


「あれは、自分が悪いとは思ってないな」

「だろうね。助かったよ、おかげで無事に調合できた。

 ……えっと」

「ディオだ、よろしくな」

「陽科で一緒のウィードだよ。ありがとう!」


 まだ全員を覚えきれてない俺とは違い、しっかりと自分の科の顔は覚えているらしい。名前と顔までは一致していなさそうだが。

 ウィードが嬉しそうに立ち上がり、教師に回復薬を見せに行く背中を追いかけるように自分も立ち上がる。

 何人か前でユリエスの回復薬を褒める言葉が聞こえてきたからそろそろかと思ったが、どうやら俺が最後だったようだ。


「ではこれで授業を終わりにします。ああ、最後に持ってきた君は少し片付けを手伝ってください」

「手でちぎったのが分かったんじゃない?」

「マジかよ」


 ウィードの軽口に答えながら、温室の出口に向かう人の流れに逆らって奥に居る教師の方へ向かう。


「指名しちゃってごめんなさいね。使った器具を洗うのを手伝って欲しくて」

「それはいいですけど、なんで俺に?」

「ふふ、それはね……」


 出口に目線を向けて、生徒が全員外に出たことを確認した教師の指に、先程まではなかった輝き。

 一瞬キラリと光ったそれは一粒の赤い宝石がついた指輪。


「君と話がしたかったから、かな」

「……ただの新入生に使う魔法じゃないよな」


 軽く手を払っただけで温室全体を囲うような幻をかけ、にこやかに笑う教師に、警戒されない程度の距離を取る。

 外にいる奴らにはこの中での会話もなんてことのない雑談にしか聞こえないし、俺たちが今向かい合っているのも実験に使った器具を洗っているようにしか見えないだろう。


「ただの新入生に今のは何だかわからないと思うけど?」

「それもそうか。で、一体どんな用件だ?」

「そんなに警戒しないでって言ってもこの状況じゃ無理よね。

 ほら、これならどう?」


 差し出されたのは、仮面。目元を隠すようなデザインに洗練された装飾。そしてなによりも目を引くのは。


「赤い仮面、まさか」

「スカーレットよ。ここではアリス先生、ね」

「マジかよ……」


 がっくりと脱力し、思わず呟いたのは先ほどウィードに返した言葉と一緒。だが、こもっている感情は全く違う。他に潜入している奴が居るなんて話聞いてない。チラリと見上げればいたずらが成功したように笑っている。

 さっきまでの緊張を返せ。



ストック出来てるうちは毎日11時に更新するよう予約をしています。

……そろそろ尽きそうですが

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