名乗らなかった理由
ちょっとだけ暗いので短く!
俺は両親のことを知らない、顔さえ見たことがない。
覚えているのは師匠に拾われて、ユリエスと出会ったところから。
子供を育てられないから孤児院に捨てる、なんてよくある事かどうかは知らないが、俺の中では当たり前の事だ。なにせ、自分の身に降りかかったことだったから。
それが、孤児院ではなく魔法省の前だったことは親の中にわずかながらも情、というものがあったからなのかもしれない。本当かどうか確認するすべもないし、正直どうでもいいが。
たまたま師匠が通りかかっていなければ、いくらかもしないうちに自分の魔力に当てられて黄泉へ旅立っていただろうと。
強運だよね、と笑う師匠と、辛抱強く隣にいてくれたユリエスのおかげで、俺は自分で自分を殺しそうになるほどの魔力を制御することができた。
師匠の役に立つために、隣にある温もりを手放さなくて済むように、とにかくやれることは何でもやった。そうして、師匠と同じ魔法省への所属が決定したときは本当に嬉しかった。
ただ、周りの大人たちから向けられた感情は真反対のものだった。
今考えればそれは当然の反応だろう。生まれつきの魔力を制御もできず、自分や周りのことを傷つけていたガキと一緒に仕事をすることなんて、いつ爆発するかわからない爆弾抱えてるのと一緒だ。
それでも俺だって必死だった。この世界しか知らない俺は、ここから放り出されるのが怖くて。
目に見える安全策として魔力の制御装置を付けること、普段着用するローブに魔力封じの刺繍を人一倍入れること、そして何よりの枷がクラインの姓。
王都と魔法省のお偉いさんがつけたこの姓。呼んだ時の魔力量に応じて俺のことを拘束するように術式をこめて作られたもの。
最後まで師匠にはそこまでの必要はないと反対されたけど、何度も説得して最後には折れてくれた。
「クラインを名乗るのは俺ただひとり。魔法省の化け物に付けられた首輪だと知ってる奴は知ってる」
この学園にいる教師なんかは俺が暴走したら抑え込む側。だからこそ、師匠から渡された資料にも俺の名前はディオだけで登録してあったし、姓がないことを疑問にもたれることのないよう庶民からの入学だとしてあった。
有名なのはクラインの姓だけで、ディオという名を知ってる奴はほとんどいないからこそ出来たんだけどな。
「ごめん、忘れてるわけじゃないんだ」
「知ってる。けど、昼はユリエス持ちな」
「今回だけだからね」
しょうがない、と苦笑を漏らしながらも適当なメニューを頼みに席を立つユリエスは、きっと気づいてあえて触れないでいてくれているんだろう。これがただの照れ隠しだということに。
この姓の意味を正しく理解しながらも、そこに込められた暗い感情のことを気にも留めずにいるからこその“当たり前のことをしなかった”俺への疑問。
師匠とユリエスにこういう反応をされるたび、もらった信頼を裏切るわけにはいかない、と気を引き締め直す俺のことを。
「……ありがとな」
直接言えるようになるまで、もう少しだけ気づかないふりのままでいて欲しい、なんて。