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マンタクシーと沈んだ世界

 マンタが顔を出した。

 マンタは人懐っこい生き物で運賃を払えば乗り物代わりになる。誰かが言ったか『マンタクシー』と呼んでいる。

 僕は運賃であるタッパーいっぱいに入れていたオキアミを海に投げ入れる。マンタはグルグル回遊してパクパク口を開いて食べ始める。一通り食べ終えて小休止すると、マンタの背中に乗って写真を取り出した。


「この写真にある建物と陸地に連れて行って」


 背中に乗ってマンタは嫌がるそぶりもみせずに、ゆったりと海中に沈んだビル群をよけながら羽ばたくように泳いでいく。


 いつのころか、もう僕が小さい頃には世界は海に沈んでいた。陸地も過去の文明遺産も全部海の底。僕ら子孫は海面から顔出しているビルの中に住まいを移している。おじいちゃん曰く、海から顔が出ているビルは沈む前は超高層ビルという雲まで突き抜けるほど高いものだったらしい。

 でも実際には、ふわふわ綿雲一つも顔にかからないから昔の人は想像豊かだと思う。


 ビル群抜けると、向こうからイルカの群れを従えた顔見知りの漁師がやってきた。


「よう、また陸地探しかい」

「こないだビルで見つけた写真を見つけたからそれをたよりにしてね」


 ビルの階下に先人たちの残した文明遺産である過去の陸地や風景を切り取ったように描いた絵を発見した。どうやら写真というらしい。ぴらりと彼にそれを掲げたが、漁師は気にも留めなかった。


「よく飽きないな。夢想を追うより、今日の晩飯の魚を追う方が賢明だとおれは思うがね」


 漁師はそう言い残して、去っていった。去り際に聞こえてたイルカの鳴き声があざけ嗤っているように聞こえた。


 目印となるビルの影もないほどの大海原にまでマンタが悠揚に泳ぐ一方で、僕の額からはじっとりと汗が流れていた。


「やっぱり陸地なんてもう想像の中にしかないのかな」


 日に体晒しながら、あの漁師の言葉が頭によぎる。なぜ僕は陸地を目指そうとしているのか。

 思うに帰巣本能だろう。

 数年前に軒下につばめが巣をつくり、その子孫たちが巣を守っていた。つばめと同じように自分の故郷である陸地を求めることが遺伝子に刻まれている。コンクリートと鉄筋の大地でなく、土と砂の大地を踏みしめたい遺伝子が僕をかきたているのだろう。


 だがその故郷はもう遠の昔に消え失せてしまった。

 当てもない故郷探しは無意味なのか。


 ぐるんと熱を帯びた頭を冷やそうと海の中に顔をつけると、海の底にイルカの姿をあしらった看板が掲げられた建物が見えた。それは僕が見つけた写真の中にあったものとよく似いている。

 水中に潜って、崩れ落ちたがれきをどけて建物に侵入すると、中は一本道と巨大なガラスしかなかった。


 一体何の場所だろう。


 すると、ガラスの向こう側に僕を乗せたマンタがガラスの中にいる魚と共に水中を舞っていた。初めて入ったはずである場所なのに、喜びの舞でも踊っているかのようで外よりも生き生きとして泳いでいるように見える。


 まるで生まれ故郷に戻ったような。


 これもおじいちゃんから聞いたことだが、マンタは本来この辺りには住んでいなかったらしい。昔の人が大きな水槽に飼っていたのが逃げ出して野生化したらしい。その水槽は水族館という今では無用の娯楽施設だそうだ。


 ……また探してみるか。

 マンタが偶然にも自分の故郷に戻ってきたように。

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