64 ミゼル親衛隊と感謝
メイドさんに連れられてやって来たのは、昨日も通された客間だった。
そこにはタケダとミルキーもいた。
もう起きてたのか。
二人とも部屋着でくつろいでる感じだ。
「おはようございます」
「おはよーっ!」
「おはです、ナガマサさん。タマちゃんもおはよ」
「おう、来たか。って、何やってたんだお前ら」
挨拶を交わしていると、メイドさんがパシオンをソファーに転がした。
雑なように見えて繊細に扱ってるらしく、音も無くふんわりと着地している。
タケダは、パシオンが気絶した状態でメイドさんに運ばれてきたのが気になったようだ。
「ミゼル様のことでうるさかったので仕留められたんですよ」
「なるほどな。ありゃあうるさい」
事情を掻い摘んで話すと、タケダは深く頷いてくれた。
なんかすごく実感がこもってる気がするな。
と思ったら、昨日の夕方丁度鎧が完成した頃にパシオンがやってきて、かなりハッスルしたらしい。
鎧を前にして狂ったように気持ち悪い演説をしたようだ。
その時もタケダが愛用の金槌でぶん殴る寸前で、メイドさんが沈黙魔法(物理)を決めてくれたそうだ。
「鎧、すごくいいのが出来たってパシオン様が喜んでましたよ」
「ああ、あれな。素材が良すぎてやっぱり品質は低かったが、タマちゃんの鎧にも負けないくらい気合い入れて作ったからな」
「タマちゃんのもすごく素敵だと思ったんですけど、それと同じくらいですか。タケダさんってすごいんですね!」
「まっするのまっするはすごいからね!」
「ははは、照れるぜ」
タケダの作った鎧の話で盛り上がる。
タマの鎧もすごくいい出来だからな。
あのパシオンがミゼルに似合うと認めるくらい。
王家御用達の職人の装備すら気に入らなかったらしいから、その判断基準はかなり厳しいはずだ。
その御眼鏡にかなったわけだから間違いなくすごい。
「私も良い素材を集めてタケダさんに依頼します!」
「おう、じゃんじゃん持って来い」
ミルキーも新しい装備を作ることに気合いを入れている。
転職した時にもらえる職業の初期装備とは少し変わってるように見えたが、まだまだ強化するようだ。
俺が転職祝いに贈った皮手袋はまだ使ってくれていた。
良かった。
いずれ性能が足りなくなって使わなくなるだろうけどね。
時間にはまだ早いが、準備を始めた。
いつもの冒険者の装備を着るだけなんだけど。
ミゼルの誕生日兼成人のお祝いなんだけど、ちょっと物騒な感じで参列者は全員武装するのが作法らしい。
タケダの鎧姿は初めて見たけど、立派な腕は露出している。
最初の方しか狩りはしなかったそうで、薄い金属を貼った革鎧しか持ってないらしい。
準備が出来たところで、パシオンはどうしよう。
あれ?
いつの間にか立派な鎧を着ていた。
ソファーの上に転がったままで。
きっとメイドさんがやったんだろう。
メイドさんは何かしらの特殊な技能や、高い戦闘力を持ってるらしいから納得だな。
「ううむ、ミゼルが私を呼んだような……うん? ここは?」
「起きましたか。もうすぐ儀式が始まりますよ」
「なんだと!? 私は特等席で見なければならんからな。さらばだ!」
揺すってみると簡単に目を覚ました。
そしてそのまま去って行った。
静と動の差が明確過ぎる上にバランスが狂ってるからなのか、行動が突拍子もなく感じてしまう。
行動原理は分かりやすいんだけどな。
目が覚めるように、もうすぐ儀式が始まるなんて騙したのは悪かったかな。
あと一時間はある。
俺達はもう少し待機だ。
「ご案内致しますのでお客様方はこちらへお願いします」
談笑していると、メイドさんが声を掛けてくれた。
よし、俺達も行こう。
案内されてやって来たのは、庭?
広いし運動場みたいな場所だ。
もしかして騎士達の訓練場か何かかな。
そこには騎士達や貴族達が既に並んでいた。
「あ、ナガマサさん。昨日はありがとっした!」
「おはようございます。お礼を言うのはこっちですよ。ありがとうございました」
声を掛けてきたのは出汁巻玉子。
パシオンの騎士団である≪ミゼル親衛隊≫の副団長だ。
団なのか隊なのかよくわからないが、名前を勝手に親衛隊にしただけで形式としては騎士団らしい。
お礼は多分昨日のパーティーでの、タマとの立会いの件だな。
俺やタマを馬鹿にした貴族をタマがとっちめようとしたのを、出汁巻が上手く取り成してくれたのは俺にも分かった。
ミゼル親衛隊でも一番の実力で知られる出汁巻と遊び半分で立ち回るタマ。その実力が広まって以降絡まれることもなくなったし、とても助かった。
「ナガマサさん達が我慢してくんなかったら会場が滅茶苦茶になってたと思うんで」
「はははは」
そんなことはしないよきっと。
出来ないとは言わないけども。
「ちょっとお願いがあるんすけど、いいすか?」
「内容にもよりますけどなんですか?」
「実はっすね」
おろし金を呼んで欲しいとのことだった。
何故おろし金?
まぁいいか。
「キュルル」
「おろし金ー! よーしよしよしよし!」
「おおっ」
「あれが噂の」
「美しい……」
「あの鎧も素晴らしい」
「パシオン殿下の御眼鏡に適った職人の、会心の一作だそうだ」
おろし金のコインを地面に放っておろし金を呼びだす。
すると視線が集まっていた。
おろし金にか?
タマにも向いてるような気がする。
おろし金に近寄る一団がいた。
出汁巻の部下の騎士達だ。
皆タマにお礼を言ったりおろし金を撫でまわしている。
二人とも嬉しそうだ。
「あれはどうしたんですか?」
「オレの部下達がお礼を言いたかったそうっす。舐めたり対抗意識を燃やしてた連中も森から帰還する時に護衛してもらって、心を入れ替えたみたいっす」
なるほど。
騎士の皆はズタボロで、歩いて帰れる状態じゃなかったもんな。
しかも襲ってくるモンスター達は余裕で蹴散らしてたし。
でもあそこまで変わるのはびっくりだ。
「おやおや、ここには珍獣商人でもいるのですかな?」
「なんだお前、やるのかー?」
「キュル」
そこに現れたのは、えっと、なんだっけ、その、パシオンが嫌ってる、そうだヴェルスだ。
名前を思い出すのに時間がかかった。
人の名前を覚えるのは苦手なんだ。
相変わらずアニメとかに出てくる貴族のテンプレみたいな、嫌な顔をしてる。
「ふふっ、このような小汚いトカゲ風情を有難がるなどと、程度が知れるというものですな」
「おろし金をばかにするやつはもごごごご」
「ストップストップ」
危なかった。
今いつもの結晶を放とうとしてたぞ。
思わず≪解放の左脚≫の瞬間移動まで使って止めてしまった。
パシオンはいいけど、あれはまだ駄目だ。
変にちょっかいを出して儀式の邪魔にでもなったら申し訳ない。
タケダの作った鎧もしっかり見ておきたいから、追い出されるのも嫌だしな。
「むー」
「タマちゃん、落ち着いて。ね」
タマが頬を膨らませて、不満そうな目で俺を見てくる。
ミルキーがタマを宥めてくれている。
「おお怖い怖い。躾のなっていない子供はこれだから」
「おろし金はトカゲじゃない! カナヘビだー!」
「所詮トカゲはトカゲ、ああ気持ち悪い気持ち悪い」
「むかー!」
「キュルルルル……!」
この男、いたずらにタマを煽ってくる。
タマにばかり我慢させるのも癪だ。
抑えてはいるが、お前の味方をしてるわけじゃないんだからな。
「すみませんが、構わないでもらえますか?」
「うん? 薄汚い冒険者風情が、私に意見するなど、嘆かわしい。そのお子様もトカゲも、しっかり躾けておくように」
穏便にあっちへ行けと伝えると、偉そうな態度のまま背中を向けて歩き出した。
騎士達も立場上なのか何も言わないが、去っていくヴェルスの背中を怖い顔で睨みつけている。
悪いなタマ。
でもあいつを許すわけじゃないから、許してほしい。
機会があればしっかりやり返してやる。
おろし金の分もきっちりとだ。
タマが言ったようにおろし金はトカゲじゃない。
カナヘビだ。覚えとけよ。