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『クソ共め、この手でぶち殺した後は、NPCとして新しい拷問実験の材料にしてやる――!』
突然何かの映像が、空中に浮かび上がった。
白衣を着た気難しそうな男が映し出されている。
すごい物騒なことを言ってるな。
「ナナコちゃん、これは誰なの?」
「これはこの実験を任されてる研究員。脳の保管庫に向かってる」
「操作を受け付けないから直接排除しに動いたんだね。思ったよりも動きが早い」
モグラが焦ったように言っている。
もし狙いが本当だとすると、このままだと俺達は殺されてしまう。
「あの人が言っていた、NPCにするって、どういうことですか?」
ナナコに質問をしたのは、ミルキーだ。
確かに気になる。
今まで経験した事の無いような張りつめた空気に、危うくスルーするところだった。
「この世界で死んだ被験者は、記憶を元にデータとして再現される。本人はそれを知らないまま、実験の続きのつもりでNPCを操作している」
「そんな、そんなことって……!」
「気持ちは分かるけど、あいつらが悪どいのは今に始まったことじゃないよ。ナナコ、足止めを頼む」
「もうやってる」
「流石ナナコ、仕事が早いね」
死んだらNPCとして再利用される。
なんて酷い話だ。ミルキーがショックを受けるのも仕方がない。
だけど、モグラは大して気にしていないようだ。
それどころじゃないっていうのが正しいのかな?
ナナコに足止めを指示して、ナナコも既に手を回していた。
研究員の向かう通路は灯りが消えて完全な暗闇になっている。
更に防火壁まで降りていた。
ここまでやれば自由に行動出来ない筈だ。
「あれ?」
「わたし、あんなの知らない」
映像の中の研究員は、特に困っていなかった。
どこに用意していたのかライトを手にし、首からかけた鍵を使って防火壁の手前の壁の隠し扉を開く。
あの様子から察するに、この研究員は明らかに備えていた。
しかも、ナナコも把握していないぐらいこっそりと。
運営の人達はかなり用心深いのかもしれない。
「まずい、このままだとすぐに地下室だ。加速は出来る?」
「出来るけど……システムへの負担が大きすぎてすぐには無理。少しずつ加速させて、完了するのに現実時間で三十分程かかる」
「それはちょっと間に合いそうにないね……」
モグラがナナコに問いかけるが、その返答は無慈悲なものだった。
三十分もかかるんじゃ、間に合わない。
モグラはそう断言して、悔しそうに唇を噛んだ。
何か、何か方法は無いか。
俺達が生き残る方法。幸せに、第二の人生を生きる方法は……!
どうにかしないと、俺達は脳を破壊されて死んでしまう。
それだけじゃなく、死んだ後も死ねない。
人格と記憶を持ったデータとして再現され、そしてNPCとして更なる実験に使われる。
研究員のさっきの台詞を聞くに、辛い人生が待ってそうだ。
そもそも、それは生きてると言えるんだろうか。
でも、人格と記憶があるならそれは、生きてると言える気がする。
そうなると、拷問されるのは間違いなく辛い人生だ。
――そうだ!!
「ミルキー、モグラさん、思い付いたというか、一つ提案があるんだけどいいですか?」
「わ、私は大丈夫です。ちゃんと聞きます」
「意見を出してくれるのは大歓迎だよ。遠慮せずに言ってみて」
ミルキーとモグラの真っ直ぐな視線を感じる。
タマとナナコまで、俺の方をじっと見てくる。
上手くいく保証はどこにもない。
だけど、このままでいても殺されるだけだ。
それなら賭けてみる方がずっといい。
息を大きく吸って、少し吐いた。
「俺と一緒に死のう」
「えっ……!?」
「ナガマサさん、それは……」
「死んだらダメー!」
「マスター、自殺は承認出来ない」
「あ、待って、すみません、言い方が悪かったです」
ミルキーが困惑するような声を挙げ、モグラが渋い顔をする。
更にタマが半泣きで飛びついてきて、ナナコにまできっぱりと止められた。
違う。俺が言いたかったのはそうじゃないんだ。
慌てて宥める。
そして、ナナコの方を見て言い直す。
「ナナコちゃん、俺達βNPCを死んだ時みたいにデータとして再構築は出来る?」
「可能」
「ナガマサさん、それってもしかして」
「はい。いっそ脳を捨ててしまえないかと思って」
そう。死んだらNPCにされる。
ならいっそ、先にそうしてしまえばいいんじゃないだろうか。
そう思った。
脳と繋がってるのが問題なわけだし、そうしたら大体解決する。
人格をそのまま引き継いで、これからも俺として存在出来るならそれは間違いなく俺だ。
脳があるか無いかなんて、大した問題じゃない。
と、俺は思ったんだけど、二人はそうは思わないかもしれない。
それに、これは俺達だけの話じゃない。
逃げるとすれば、βNPC全員を同じようにした方がいいだろう。
つまりは人によっては、殺されると同じことになるかもしれない。
「どうかな?」
「オレは「――私は、ナガマサさんの決めた道に付いて行きます。どこまでも」
モグラが何か言おうとしたのを遮って、ミルキーが力強く頷いてくれた。
この子は、本当に強い。
いつも俺の背中を押してくれる。
「オレも、それでいいと思う。というか、決定権はナガマサさんにあるからね。この世界をあいつらに好き勝手されなければ、後は全部任せるよ」
「二人とも、ありがとう」
二人に感謝の言葉を告げる。
二人とも優しく笑ってくれる。
ほんと、お世話になってばかりだなぁ。
「それじゃあナナコちゃん、お願いしていい?」
「分かった。今までの行動と記憶を全て記録して、データとして構築する。ここはインスタントダンジョンだから、多分セーブ位置に移動すると思う」
「分かった」
「分かりました」
「おっけー、ナガマサさんの家に飛んでいくよ」
全員が頷くと同時に、視界が白い光に包まれていった。




