閑話
「くそっ、どうなってるんだ!?」
「一応データの閲覧はまだ出来るっすけど、制限が全て解除されてる上にペナルティも発動しないっぽいっすね」
「手動でのデータ削除はどうだ!?」
「受け付けないっす」
モニターの前で、二人の研究者が一心不乱にキーボードを叩いていた。
一人は軽い調子だが、もう一人は大きく取り乱している。
というのも、禁止事項に抵触して死亡した被験者が出たと思ったら、死んでいなかったのだ。
何事かと確認を始めた頃には、一緒にいるプレイヤーも含めて一切の操作を受け付けなくなっていた。
本来であれば研究者側の操作で被験者は簡単に死亡する。
どれだけ好き放題やろうとも、生殺与奪の権利は研究者にある――筈だった。
今、それが揺らいでいる。
その現実を前に、研究者の男は今までにない程の強い感情が沸き上がってきた。
「こうなったら、直接奴らの脳を叩き割ってくる!」
「あっ、先輩!」
研究者の男は堪えることが出来ず、モニター室を飛び出した。
被験者は脳だけが培養槽に漬けられ、地下に保管されている。
その脳との接続を外してしまえば、ゲームの世界でも死亡してしまうのだ。
「クソ共め、この手でぶち殺した後はNPCとして新しい拷問実験の材料にしてやる――!」
男は地下へと向かう。
どうやら、管理AIが乗っ取られたらしかった。
建物のシステムにも干渉出来る為、男の進行を阻むようにエレベーターは停止し、通路には防火壁が降りている。
「ちっ、手間かけさせやがって」
しかし、男の行動を止めるには至らない。
このビルは元々、ゲーム会社の物だった。
≪CPO≫を買い取るにあたって、この建物も譲り受けたのだ。
その際、大規模な改修工事を実施している。
極秘の実験施設でもある為、様々な事態を想定して手が加えられた。
その中に、システムが乗っ取られるような事があっても、問題なく行動できるようにもされていた。
男は少し余分に時間がかかっただけで、あっさりと地下の脳の保管場所へと到着した。
扉の電子ロックはかかっていたが、一部の者だけが知っている専用の扉を使用したので問題は無かった。
「あいつらの番号は……あの辺りか」
男はまず、一人の被験者の脳へと向かった。
被験者の名前は土井竜二。
実験に使用されている≪CPO≫の開発者の一人だ。
何を思ったのか、経歴や顔を偽ってまで、命を差し出すに等しいこの実験に参加していた。
「実験の邪魔は、絶対にさせない。実験に紛れ込んだ執念は買うが、それもここまでだ」
男は、怒りで思考が滅茶苦茶になっていた。
たかが実験動物が噛みついてきた。その事が許せないのだ。
培養槽はそこまで大きくなく、いくつも並べられている。
十分なスペースを確保した上で縦にも詰まれているが、専用の乗り物が保管庫には設置してある為、苦ではない。
これはシステムに接続されていないから、管理AIの影響を受けていないのだ。
遂に男は、モグラと呼ばれる被験者の脳の前へとやってきた。
男はアナログな鍵を取り出して、メンテナンス用の小窓を開けた。
培養槽の上部に設置されている、縦横五センチ程度の小さなものだ。
男は懐から取り出した金属の棒を、小窓から突き入れた。
固く鋭い棒は脳を簡単に貫いた。
すぐに満足せず、男は何度も何度も、突き刺した。
男が棒を小窓から引き抜く頃には、脳はもはや原型を留めておらず、培養液と混ざり合ってグチャグチャになっていた。
「ふ、ふふっ、さぁ、あと二人分だな」
男は次の被験者の脳へと向かった。
モグラと共に行動していた二人。
事情の説明を受けた時点で、見逃すつもりは無かった。
十分もしない内に、男は更に二つの脳を破壊した。
そして満足げな様子で、地下室を後にした。




