320
急いで食堂に飛び込んだ。
ミゼルの姿は見えない。
「ミゼル!」
「ナガマサさん……」
奥の厨房へ入ると、居た。
オロオロと困惑している紅葉と、包丁を紅葉に向けているミゼル。
衝撃的な光景だけど、ちょっと緊迫感が無い。
なんとなく、ミゼルの表情が真剣に見えない。
こんな状況なのに、悪戯っぽく笑ってるようにすら感じる。
ミゼルは真顔の筈なのにな。
実際、包丁を向けられている紅葉は凄くあわあわしている。
俺の勘違いなんだろうか。
そんな呑気なことを考えている内に、状況は進んでいく。
「くっ、増援ですか。これでは敵いませんわ……」
「完全にほーいされている! 武器を捨ててとーこーしろー!」
「ええっと……これは、ええと……?」
俺達を見てミゼルが暗い顔(?)をする。
その隙にタマがぶわっと増えた。
多分二十人くらい。
その言葉通り、ミゼルを囲んでいる。
威圧する為なのか、色々な動きをしている。
両手を高く上げたり身体を左右に揺すったり。
タマは可愛いなー。
ただ、一緒に包囲されてしまった紅葉が更に困惑してしまっている。
こんな状況に巻き込まれたら、無理もない。
なんだこれ。
「分かりましたわ」
ミゼルが、構えていた包丁をまな板の上に置いた。
ミゼルのステータスじゃ紅葉にダメージは入らないだろうから、それも緊張感が出ない理由の一つな気がする。
授業を受けたり、経験値結晶を渡してみてもレベルが上がらなかったからな。
「これから二週間、大人しく働いてもらうから!」
「仕方ありませんわ。従いましょう」
「よろしい!」
タマの宣言に、ミゼルが大きく頷いた。
タマの分身たちが消えていく。
「そういうわけですので、大人しく生活致しますわ」
「あ、うん」
「さあ紅葉様、生徒の皆さんがお腹を空かせてやってきますわ」
「は、はい……」
よく分からないけど、収まったらしい。
紅葉も困惑したまま、いつもの作業に戻った。
なんだったんだろう。
イベントの影響か?
敵対してるとみなす、とか書いてあったもんな。
とりあえずここは大丈夫っぽい。
グラウンドに戻るか。
生徒達の様子も気になるし。
グラウンドに出ると、皆まだ動いていなかった。
何かを囲うようにしている。
かなりざわついてるけど、何かあったのかな。
近づいていくと、生徒達が道を空けてくれる。
そこには丁度、モグラの背中が現れた。
「モグラさん」
「あ、ナガマサさん。戻って来たんだね」
「何かあったんですか?」
「くそ……!」
「離せ! 離せよぉ!」
「殺される殺される殺される殺される」
生徒達の中心に居たのは、生徒だ。
縛られた状態で、三人が転がされている。
「うぅ……」
「大丈夫、大丈夫ですから。ちゃんと守ってあげますから、安心してください」
そこから少し離れた位置に、酷く怯えた様子の女生徒が座り込んでいる。
身体を起こすのもやっとのようで、ミルキーがしっかりと抱きしめた状態だ。
懸命に宥めているのがこっちまで聞こえてくる。
他の生徒達も皆、表情が暗い。
いつも明るいゴロウや筋太郎ですら、色んな感情が顔に出ている。
変わらない笑顔なのは純白猫くらいだ。
「さっきのメッセージは見たでしょ? それで錯乱したらしくて、バブロンがキャロラさんに襲い掛かったんだよ。ミルキーさんが咄嗟に庇ってくれたお陰で、大事には至らなかったけどね」
詳しく話を聞くと、そこで怯えているキャロラが襲われたということだった。
完全に不意を突かれたせいで少し攻撃を受けたが、ミルキーがすぐに気付いて守ってくれたらしい。
だからああやって、落ち着かせているんだな。
きっと、とてつもなく怖かったに違いない。
ミルキーが気付いてくれなかったら、死んでたかもしれない。
助かった。
流石ミルキーだ。
でも、どうして三人も縛られてるんだ?
「バブロンさんが襲い掛かったんなら、他の二人はどうしたの?」
「ああ、彼らは、ミルキーさんにHP1にされたバブロンに襲い掛かったんだよ。落ち着いてるように見えて、きっといっぱいいっぱいだったんだろうね」
「なるほど……」
ミルキーがバブロンを制圧した後、殺そうとしたのか。
俺達はこのイベント中、一般プレイヤーを倒すノルマがある。
一日三人を、二週間。
ほとんどの一般プレイヤーがβNPCの強さを越えてる今の状況でその数は、厳しいだろう。
今は良くても、日を追う毎に一般プレイヤー達もどんどん強くなっていく。
βNPCをキルすれば、一人で一週間分になる。
二人殺せば、それでノルマもクリアになる。
一般プレイヤーと比べて戦闘力の無い人も多いし、一般プレイヤーを狙うよりは遙かに楽だろう。
そこが、このイベントの嫌らしさだ。
どうやら運営は、俺達の面倒をみたくないどころか、殺したいらしい。
もしかしたら、実験の本当の目的が、その辺りにあるのかもしれない。
だけど、素直に死んでやるつもりはない。
俺は第二の人生を楽しむって決めたんだ。
今度こそ、必死に生き抜いてやる。
まずは、このイベントを乗り切るところからだ。
お腹に力を込める。
「皆、注目!」
視線が集まる。
困惑だけじゃなく、恐怖、怒り、期待。
色んな感情が、そこに込められている。
負けないように、眼にも力を込める。
人前が苦手なんて言ってられない。
「メッセージを読んで不安になってると思いますけど、大丈夫です。この数日で、皆強くなりました。だけどそれは、誰かを殺す為の力じゃない筈です」
バブロンの方を見ると、視線を逸らされた。
他の二人はバツが悪そうにしている。
自分がやったことの意味は分かってるんだろう。
はあ。
少し息苦しい気がする。
しっかりと、空気を吸い込む。
「一般プレイヤーになんて負けません。逆に、狩り尽くしてやりましょう」
 




