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というわけで、家に帰る前に昭二さんのところへ行くことにした。
色々しようと思っていても、俺の頭だとすぐに忘れてしまうからな。
いい加減気付いてしまった。
これからは思い付いたら即行動だ。
出来る範囲での話ではあるけど。
モジャ畑から少し歩いたら昭二さんの畑だ。
タマと葵は、もう少ししてから帰るということで、一人で歩く。
一分もしない内に、後ろから追いかけてきた二人組が俺を追い越した。
そして、俺の行先を塞ぐようにこちらへ向き直った。
二人の一般プレイヤーは、大柄の男性だ。
片方は単純に体格が良く、もう片方は横にも大きい。
ただ、どちらも切羽詰ったような顔をしている。
ミルキーが言ってたような、素材目当てかな?
「突然すみません」
「なんですか?」
「あの畑の持ち主ですよね」
「そうですけど……」
「お願いします! 少しでいいので、質問させてください!」
「おぉ……」
横にも大きい方、≪コッさん≫が頭を下げてきた。
突然の勢いに少しびっくりしてしまった。
思ってたよりも腰が低い。
「俺に答えられることならいいですよ」
「ありがとうございます! あの、畑に生えてるイカって食べられるんですか!?」
「え?」
「落ち着けコッさん、面喰ってるだろうが」
「ああ、ほんとだ、すみません!」
詳しく話を聞くと、このコッさんという人は、イカ料理が大の好物なんだそうだ。
しかし、同時に痛風という病気でもある。
その病気のせいで食事制限が厳しく、好きなものがほとんど食べられない。
その中には、イカも含まれていた。
どうしてもイカやその他の好物が食べたくて仕方がないコッさんは、このゲームに目を付けた。
「イカれたクオリティの最新フルダイブ型VRゲームであるCPOは、料理の味まで完全再現してるって触れ込みでしたからね!」
なんて、コッさんは鼻息を荒く教えてくれた。
本当に好きなんだな。
病気のせいで思うようにいかない辛さは、俺にも分かる。
「そういう訳で、イカが生えてる畑があるって噂を聞いて、飛んで来ました」
「なるほど」
「それで、あのイカは食べられるんですか?」
「食べられますよ」
「本当ですか!?」
肯定すると、コッさんが目を輝かせて喰いついた。
好きなのは分かるけど、勢いが凄い。
「だから少し落ち着けって」
「ああ、すみません、つい」
もう一人の一般プレイヤー、≪まっつん≫がコッさんを引き戻してくれた。
コッさんの意識も、冷静さを取り戻したようだ。
「畑の収穫物になってて、定期的に収穫出来るんですよ。ついさっきも収穫してきたところです」
ストレージからイカの切り身を取り出す。
手の平サイズのブロックに、コッさんの視線は釘付けだ。
なんか、目力が凄くてちょっと怖い。
「そ、それを譲ってもらうことは出来ませんか!?」
「いいですよ」
「本当ですか!?」
「本当ですよ」
「ありがとうございます!!!」
「うおぉ」
「こいつはもう……すみません」
お礼を言う時も勢いがすごい。
まっつんが呆れてしまっているが、それだけ喜んでもらえると俺も嬉しい。
「いくら払えばいいですか? ゲームは始めたばかりでお金はあまり無いんですが、有り金全部でいいですか?」
「え、無料でいいですよ?」
「いえいえ、畑で大事に育てた作物を無料でもらう訳にはいきませんって。しかも大好きなイカですからね!」
お金をもらうつもりはなかった。
今はもうほぼ全自動で採れるし、ストレージにもいっぱいある。
お裾分けや食べたりで消費するよりも、増えるペースの方が早いからそうなってしまう。
しかし、コッさんの中ではタダでもらうのは有り得ないようだった。
対価を支払うことは、相手の価値を認めること。
それをしないのは、好きなものに対して失礼だ。
と、力説している。
「なるほど……?」
「すみませんね。こいつの拘りなんで、付き合ってやってください」
「分かりました」
拘りなら仕方ない。
俺に害があるわけでもないし、それを無下にする理由は特に無い。
「それじゃあ、一つ3000cでどうですか?」
「いよしっ、それなら払えます!」
取引画面を開いて、お金と品物を交換する。
コッさんは小躍りし出すくらいにご機嫌だ。
「ありがとうございます! このご恩は忘れません!」
「忘れちゃっても大丈夫ですよ?」
「いえいえ、絶対に忘れません。出来ればまた売って欲しいですし」
「あはは、無くなったらまた買いに来てください」
「ありがとうございます!」
こうして、突然現れたコッさん達は嵐のように去って行った。
いくつかのアドバイスをもらったが、ほんとにイカが好きなんだなぁと思った。
イカに対して真剣というかなんというか。
ああいうのっていいね。
βNPCの俺に対しても、横柄な態度じゃなかったし。
ああいう人ばかりだといいんだけど。
さて、昭二さんのところへ向かうんだったな。




