280 皿洗いと瞬間移動
いつも通りの和やかな昼食を終えた。
お昼ということでボリュームは控え目だったけど、ミルキーとミゼルの二人が作ってくれた、美味しい料理だった。
食器を纏めて、流しへと運んでおいた。
タマと葵はリビングの床で、おろし金と並んで長くなっている。
ミルキーとミゼルは、まだ椅子に座ってお茶を飲んでいるところだ。
金剛は城へ戻ったっぽい。
これも、いつもの光景だ。
いつもと違う所と言えば、家の周囲に一般プレイヤー達がいることだろうか。
最初の頃は声を掛けたりドアを叩いたりする人もいたが、無視していたらそれも止んだ。
今は、どちらかと言うと外から入る者が居ないか、注意しているようだ。
さて、今の状況でちょっと試したいことがある。
「ミゼル、ちょっと実験したいことがあるから、付き合ってもらってもいい?」
「はい、勿論ですわ。けれど、片付けをするので少し待っていただけますか?」
ミゼルに手伝いを求めて声を掛けてみた。
今日の実験には、協力者が必要だからだ。
ミゼルは、快く了承してくれた。
しかし、すぐに申し訳なさそうな顔に変わった。
視線の先には、流しへと運ばれた皿。
なるほど、皿洗いか。
それは丁度良い。
「それなんだけど、俺にもやらせて欲しいんだ、皿洗い」
「いえ、これは妻として私が」
「お願い、実は、どうしても皿洗いがしたかったんだ」
「ですが……」
「――ミゼル様、私からもお願いします。私も前から言われていたんですけど、中々お任せする機会が無くてですね」
皿洗い。
料理と同じく、前からやってみたかったんだ。
料理自体は少しだけ習ったけど、順番的には皿洗いからが正しい筈だ。
アニメで見た。
最初はきっぱりと断られそうになったが、ダメ押しでもう一度お願いしてみた。
それでも微妙な感じだったが、ここでミルキーの援護が入った。
前にちょろっとお願いしたことを覚えていてくれたようだ。
「そうなんですの?」
「はい。私達に気を遣っているのもあるかもしれませんけど、本当に皿洗いがしてみたそうなので、良ければ皆で一緒にしませんか?」
「そういうことでしたら、分かりました。夫婦三人でやりとげましょう」
「ありがとう、二人とも」
俺の熱意とミルキーのアシストで、ミゼルも頷いてくれた。
むしろ三人での皿洗いにやる気が沸いて来たようだ。
小さなガッツポーズが張り切っているのを表していて、妙に可愛い。
早速皿洗いをしようと思ったが、少し狭い。
家の改築メニューを開いて……あった。
ミルキーとミゼルに説明して、問題ないか確認する。
二人ともあっさりと許可をくれた。
誰も俺達三人の皿洗いを邪魔出来ないぜ!
キッチンの項目を選んで、十万cを突っ込む。
確認のボタンが出るが、間違いない。≪はい≫だ。
すると、家の中全体が白い光に包まれた。
光はすぐに収まり、キッチンが広くなっていた。
キッチンも、二人が同時に洗い物が出来る程のスペースが確保されている。
蛇口もしっかり二本ある。
素晴らしいな。
「これでオッケーだな」
「すごいですわね」
「やっぱり広い方が良いですね。≪三日月≫からもらったお金もまだ沢山ありますし、他の部分や畑なんかももっと広げても良いんじゃないでしょうか」
「そうだね」
拡張された空間を見て、思わず満足な声が出てしまった。
ミルキーが若干悪い顔をしているが、同意しかない。
あのお金は≪伊達≫が賭けたものだから、もう俺達のものだ。
好きに使って問題ない。
広くなったキッチンで、三人並んで皿洗いだ。
まず流しの右側で俺がざっと汚れを洗い流してから、洗剤をつけてこする。
泡塗れにした食器は左側のスペースに置いていく。
それを左側に立ったミルキーが、綺麗に洗い流す。
そしてそれを、更に左側に立ったミゼルへと渡す。
汚れと泡を落とした皿を受け取ったミゼルが綺麗に拭き上げて、終わりだ。
今日城であったことなんかの雑談をしながら、楽しく和やかに皿洗いは進んでいく。
気付けば、あっという間に終了した。
三人でやればあっという間だ。
「あー、楽しかった。これからもどんどんやらせて欲しいな。それで、その内料理もやりたい」
「そうですね。料理も教えてほしいって頼まれてました」
「ふふ、ナガマサ様は面白いですわね。私もまだまだ修行中の身なので、一緒に精進いたしましょう」
ミゼルが拭きあげた食器を戸棚に仕舞って、完全に終了だ。
本当に楽しかった。
でも、もっともっとやりようがある。
次はもう少しだけでも上手に出来るようにしたい。
いやー、皿洗いは奥が深いなー!
「ナガマサ様、お待たせしました。何をお手伝いしたらよろしいんですの?」
「うん? ……あっ、そうだった」
いけないいけない、すっかり忘れていた。
ミルキーにもミゼルにも笑われてしまっている。
仕方ないから笑顔で誤魔化しておこう。
「ははははは。じゃあ、こっちに付いてきて」
「はい」
ミゼルを連れて窓際へ。
リビングを横断する時は、足元の三人と一匹を踏まないように気を付けて歩いた。
タマはなんでお昼寝するのに二人になってるんだろうか。
もしかして、二倍気持ち良かったりするのかな?
「最初に確認するから、少し待っててね」
「はい」
ミゼルに待っててもらって、カーテンを少しずらす。
そこから、結構離れた位置に意識を集中させる。
そして、一歩踏み出した。
景色が一瞬で変わり、俺は外に立っていた。
うん、窓越しに瞬間移動は出来るな。これは前にも確認している。
今度はここから、家の中に戻る。
しかし、ずらしたカーテンの隙間はここからだと見えづらい。
実際に一歩踏み出してみたが、発動しなかった。
なるべく意識を室内に集中しながらゆっくり歩く。
少し歩いた地点で、ピントが合ったような感覚があり、室内に移動していた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
ここまではただの確認だ。
次のステップに移ろう。
「手を繋いでもいい?」
「ええ、どこまでも引いてくださいませ」
「ははは」
ミゼルの笑顔が不意打ちすぎて照れる。
誤魔化すように笑いながら、ミゼルの手を取る。
柔らかくて、ほんのり温かい。
ちょっと緊張する。
「それじゃあ、このまま瞬間移動出来るか試してみるよ。いい?」
「はい、いつでも覚悟は出来ていますわ」
「おっけー。じゃあ行くよ」
手を引いたまま、意識を離れた箇所に合わせる。
そして一歩。
景色が切り替わる。
俺の右手には変わらない感触。
振り返ると、ミゼルが微笑んでいた。
成功だ。
瞬間移動は、他人を連れている状態でも発動出来るようだ。
これで、いくら囲まれていても問題なくなった。
精神的には、あまり嬉しい状態じゃないのは変わらないけど。




