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走り回る一般プレイヤーを横目に、エリアを真っ直ぐに横断していく。
現実世界ではこれから深夜に差し掛かっていくのに、意外とプレイヤーがいる。
むしろ昼間より増えてないか?
今はシュシュを送り届けるのが目的だ。
どれだけ過密状態になろうと、俺達には関係ない。
一つ心配なのは、βNPCであるシュシュが狙われないかということだが、誰も目的はモンスターみたいで、俺達の姿が見えるなり踵を返すプレイヤーばかりだった。
これは都合が良い。
シュシュと共に、どんどん進む。
ルインも、上空から俺達を見守ってくれているから安心だ。
もう一つ西のエリアへ突入した。
ここは、弾丸鷹が徘徊してるエリアだな。
唯一のアクティブモンスターだが俺達には特に脅威ではないし、気負わず進もう。
モンスターは基本無視して、時折襲ってくる弾丸鷹だけ始末する。
ルインが上空で待機してくれてるお陰で、俺達が襲撃を受けることはない。
ルインが空中戦を繰り広げると太陽の光が反射してキラキラするから、分かりやすい。
ルイン自体は小さくてほとんど見えないけどな。
昼間はそんなにプレイヤーはいなかったが、今は少し増えている。
けどおかしいな、難易度的にはもっとうじゃっと居てもおかしくないんだけど。
まあ、アクティブモンスターを嫌ってるのかもな。
「ゼノー、ちょっと聞きたいんだけど」
このエリアに入って少しした頃、ルインが俺達の前に降りてきた。
「どうした?」
「頭の上のアイコンが紫色の人って、何なのかしら?」
「ああ、それはβNPCの中でも、PKをしたことのあるキャラが紫になってるんだよ。俺達の場合は赤になるんだけど、βNPCは青から紫になるんだ」
「なるほどね――えっ!?」
ルインは俺の回答を聞いて納得、したような感じから突然驚いた声を上げた。
さっきまでのどこか呑気な空気が吹き飛んでしまっている。
「急にどうしたんだ?」
「その紫のアイコンの奴らが四人程、こっちに向かってるわ!」
「は!?」
ルインは身体を使ってとある方向を示す。
そっちを見ると、確かに何人かがこっちへ走って来ていた。
俺からはまだ確認出来ない距離だが、ルインが言うなら間違いなく紫アイコンなんだろう。
「シュシュ、ルイン、とりあえず進路を変えるぞ」
「わかったわ」
「うん」
ここのエリアから西、そして南に行けば村に着く。
だからここは真っ直ぐ突っ切る必要があるが、多少ずれても問題はない。
左に直角に曲がって小走りで距離を取る。
「あれ、そのまま真っ直ぐ行くみたいね」
「そうだな」
「良かったー」
紫アイコンのPK、βPKの目的は別に俺達ではなかったようだ。
ちょっとホッとした。
ルインと俺の実力なら問題はないだろうけど、どうしてもリスクはある。
避けられるなら、避けるのが一番だ。
結局、四人組はそのまま通り過ぎて行った。
あれはなんだったんだろうか。
再びルインを上空に配置して、進む。
更に西のエリアへ。
風景もモンスターもあまり変わらない。
長閑な草原が広がっている。
地面をむき出しにしただけの道はエリアの真ん中程で左に折れていて、その先には柵のようなものが見える。
あれが村だな。
目的地が近くなったからか、足取りも口も軽くなる。
土を踏みしめながら、なんとなく口を開く。
「あと少しだな。変わり映えしないけど、順調に来れて良かった」
「ありがとうゼノさん! 私一人だったらきっとここまで来れなかったと思う。実際、昨日は追いかけられてそれどころじゃなかったし……」
「どういたしまして。ま、俺も放ってはおけなかったし」
シュシュもβNPCだ。
俺達一般プレイヤーからすれば、ボーナスキャラでしかない。
街中で見掛けたβNPCに比べて弱そうなシュシュは、フィールドに出ていたら絶好のカモだろう。
でも、話していて思った。
ルインもそうだ。
とても、ただのNPCだと、ボーナスキャラだとは思えない。
こんなに感情豊かなのに、アイテムや経験値欲しさで攻撃するなんて、俺には出来ない。
きっと、NPCはこの世界で生きている。
それなら、このゲームを遊んでいる間は共に生きるべき――いや、共に生きたいと、そう思った。
こんな重たいというか変な話、二人には言えないけどな。
勿論、二人に特別な感情を抱いてる訳ではない。
βNPCというものに対しての、認識の話だ。
他の人達がどうするとしても、俺はβNPCを人として扱おう。
ある種の縛りやこだわりを持ってプレイすることも、ゲームの楽しみ方の一つだからな。
最後のエリアも特に問題なく通行出来た。
村はもう、目の前だ。
シュシュは駆け出しそうになってるし、ルインも空から降ってきた。
「ゼノさん、村だよ村!」
「ああ、村だな」
「ゼノー! 村よ!」
「そうだな。二人とも、興奮しすぎじゃないか?」
「目的地に着いたんだから、これくらいいいじゃない! ねー!」
「ねー!」
ルインがシュシュに振り、シュシュも笑顔で応えた。
仲が良さそうで良いけど、油断し過ぎじゃあないのか。
ここはまだフィールドなんだけどなぁ。
「あっ、誰か出てくるわ」
「お?」
村の中から、六人程のパーティーが出てきた。
全員アイコンが青い。
βNPCか。
「むっ!?」
「っ!?」
俺が相手のアイコンを認識したと同時、相手もこちらを認識したようだ。
数人が武器に手を掛け、数人が何かしらの構えをとろうとした。
ルインも負けじと戦闘態勢だ。
というかもう突っ込もうとしてやがる。
「待てお前ら!」
「ルイン待った!」
先頭にいる奴と俺の声が同時に響いた。
どちらも止まってくれたようだ。
良かった。
パーティーの先頭に立つのは、そこそこ背の高い、小太りの男。
青っぽい着物のような服に、日本の鎧のようなものを装備している。
片方の眼は眼帯を付けていて、名前は≪伊達正宗≫。
歴史か何かで習ったような気がする。
時折ゲームやアニメで題材にされたりするから、歴史上の人物の中では割と馴染のある名前だ。
「お前、そっちのはβNPCだな?」
「そうだけど、何か?」
「オレ達を見て、襲い掛かって来ないのか?」
「別に。そんなことする理由が無い」
「……なるほどな。ようこそ、バーリルへ」
「え、あ……はあ」
俺との問答に満足したのか、伊達は俺達を避けるように歩き出した。
他のメンバーも後に続く。
「伊達さん、いいんですか?」
「誰彼構わず戦ってどうする気だお前は。βNPCを庇うような御人好し、放っておいても無害だ。とっとと行くぞ」
「は、はい!」
どことなく和風な伊達を筆頭に、彼らは颯爽と去って行った。
「あれ、なんだったのかしら」
「さあな。けど、強そうだったから戦闘にならなくて良かったよ」
「あら、あたしはあんなのに負けないわよ!」
「はいはい、分かった分かった」
興奮するルインをたしなめながら、簡易的な門を潜る。
遂に村へと到着した。




