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目を覚ました俺は、朝の日課を消化していく。
朝食、歯磨き、洗顔。
今日は一日外出するつもりはないし、着替えはいいや。
「準備万端。今日は目一杯楽しむぞ」
いやー、テンション上がってくる。
鼻歌混じりにヘルメット型のVRギアにソフトをセット。
そしてそれを、装着!
再びベッドに倒れ込んで、後は電源を入れるだけだ。
時間は……10時過ぎか。
充分だな。
じっくり時間を掛けて選ぶことが出来そうだ。
「起動」
VRギアの電源を入れると、意識が遠くなっていく。
気付けば、見渡す限り黒い空間に立っていた。
真っ暗というわけではなく、自分の身体はしっかり見える。
目の前に半透明のウインドウが現れた。
名前を入力してください、と書いてある。
これは特に悩む必要もない。
いつも使っている名前があるからな。
ゼノガルド、っと。
『カスタムパートナーオンラインへようこそ。私はサポート担当のイノウエと申します』
入力を終えたところで何かが現れた。
眼鏡を掛けた、キリッとした感じの美女だ。
ファンタジーちっくな受付嬢、みたいな恰好をしている。
どうやらサポートAI的な存在らしい。
『それではこれから、キャラメイクへ進みます。分からないことがあれば、お聞きください』
「おお」
イノウエが手を翳すと、俺の目の前に大きな鏡が現れた。
そこには冴えない男が映っている。
俺だ。
それと同時に、俺の視界には色々な項目の載ったリストも現れた。
なるほど、これを弄ってキャラを作るんだな。
俺はどっちかと言うと、ヘルプは読まない派だ。
弄ってみれば大体分かるしな。
このゲームのキャラメイクも、そう難しいシステムではなさそうだ。
うん、触ってみた感じ自由度はかなり高いようだが、複雑ではない。
これならそんなに時間も掛からない。
作りたいキャラが決まってなければそれなりに掛かるだろうが、名前と同じく大体決まってるからな。
これも昔からの愛用の外見だ。
性別は男。
背は160くらいで、細め。
髪の毛は茶色で、長め。
更に前髪を右目側だけ伸ばして目を隠す。
顔は、デフォルトから弄って少し可愛い感じにする。
よし、出来た。
女の子の方が好きだが、流石にVRゲームで女キャラは抵抗がある。
と言う訳で、次に好きなショタっぽい感じにするのが昔からの伝統だ。
それにしても、中々満足感のあるキャラメイクだった。
アバターを弄る度に姿見に映る姿が変わるのは勿論だが、それに合わせて俺自身が変わるのが面白かった。
ついつい意味もないのに巨漢にしたり、女の子にしたりしてしまった。
流石は皆が待ち望んだ伝説のVRゲーム。
キャラメイクですら恐ろしく楽しい。
本編に対する期待がどんどん高まって行くな。
『キャラクターメイキングを終了しますか?』
「はい」
『それでは、次へ参ります』
「うおっ!?」
イノウエの問いかけに答えると、鏡が消えた。
そして、俺達をぐるっと囲うように、大量の何かが現れた。
『プレイヤーの皆様にはこの中から一つだけ、ご自身の相棒を決めていただきます。それは剣等の武器から、猫や犬といった動物まで、幅広い種類が網羅されています』
イノウエが周囲に積まれたものを指しながら、ゆっくりと説明してくれる。
来た、来た来た来た!
これがこのゲームの目玉、相棒システムだ!
『その中でも、ゼノガルド様と比較的相性の良い候補をご用意しております。また、私達がいるこの中心部に近いほど相性が良くなっておりますので、どうぞ参考にして下さい』
「なるほど、分かった」
『それでは、決まりましたらお声かけください』
イノウエが浅く頭を下げる。
よし、相棒だ、相棒を選ぶぞ。
このゲームは、タイトルが示す通りパートナーをカスタム出来るゲームだ。
さっき説明があったようにこの山から相棒を選んで、それを成長させていく。
まるでゴミ集積場のように積まれた候補から分かるように、種類は凄まじく多い。
これは俺と比較的相性が良いものだけでこれらしいから、その豊富さがうかがえる。
この中から一つだけ選ぶのは大変そうだ。
今は10時20分。
あと一時間半くらいはある。
ゲームの開始は正午だが、キャラメイクと相棒選びだけは今朝の8時から解放されている。
だから俺も、二時間早くログインしたわけだ。
「さーて、どんなのがあるのかな」
ぐるっと見渡してみるが、ごちゃごちゃしててよく分からない。
βテスト経験者の報告では、ガラクタみたいなのも沢山あった。
俺の候補は何があるだろうか。
とりあえず目についた場所へと近付いてみる。
運動靴に木の盾、これは団扇か。
木の枝にアイスの棒?
この辺はゴミにしか見えないな。
明らかに武器や防具、といった感じのものはほとんどない。
半分朽ちた木の盾くらいだ。
これは、思ったよりもろくなものがない。
「……一時間くらいじゃ決まらないかもしれないな」
「――っ!? 誰か、誰かいるの?」
「えっ?」
一人呟くと、どこからか声が聞こえてきた気がする。
振り向いてみても、イノウエは中心部に立ったままだ。
「お願い! 私を選んで!」
それでも気のせいではないらしく、続けて声が聞こえてくる。
周囲を探してみると、少し奥に入ったところで音の発生源を見つけた。
つまみ上げてみる。
小さくて丸くて、平べったい。
どこから来てるか分からない光を受けて、金色に光っている。
「これは……コイン?」
「貴方、相棒を探してるんでしょ? お願い、私を選んで!」
「喋るコインかぁ、中々変わったものもあるんだな」
「今はそんなこといいから、さっさと私を選びなさいよ。きっと役に立つわよ!」
このコイン、中々強気だ。
声は可愛い女の子なんだけど、これって何なんだろう。
それに、何か焦ってるような感じがする。
「必死そうだけど、何か理由があるの?」
「それは――」
『ゼノガルド様』
「ひっ!?」
「うわっ!」
コインが何かを言おうとした時に、背後から呼びかけられた。
びっくりして変な声を出してしまった。
それはこのコインも同じだったようだ。
振り向くと、イノウエが至近距離にいた。
ホラーかよ!
「どうしたんですか?」
『そちらは、バグで紛れ込んでしまった可能性が高く、選択しても想定した機能を満たす可能性は低いものです。なので、こちらで回収致します』
バグ?
どういうことだ?
「これを相棒にしても役に立たないってこと?」
『そうです。ですので、回収致します』
「なるほど……」
掌の上のコインを見てみる。
さっきまでの威勢はどこへやら、一言も喋らず大人しくなっている。
それどころか、小さく震えているようだ。
「これは、相棒として絶対に認められないということですか?」
『いいえ。システム上は問題ありません。しかし、相棒としての機能が発揮されず、お客様のゲームプレイに多大な影響を及ぼす可能性がございます。なので、こちらで回収致します』
このゲームのデータは、リセット出来る。
しかし、一度選んだ相棒はリセット出来ない。
データを消しても、成長が初期化された相棒は据え置きだ。
もし、選んだ相棒が相棒としての機能を持たなければ、俺はこのゲームで相当なハンデを負うことになる訳だ。
「分かった。相棒、こいつにするよ」
「えっ!?」
イノウエにそう宣言すると、俺の掌の上から驚きの声が上がった。
「何驚いてるんだよ」
「だ、だって、私、何の役にも立たないかもしれないのに……」
「いいんだよそんなこと。ゲームなんだから、楽しく行こうぜ」
「あ、ありがとう!」
『……畏まりました』
俺達の様子を見ていたイノウエが反応し、周囲のガラクタが消えた。
これで、後戻りは出来ない。
イノウエが俺の方をジッと見つめて来ている気がする。
顔の造りは美人なんだけど、なんだか怖い。
無表情だからだろうか。
これならまだマネキンの方がマシだ。
『それではサービス開始時刻までは、こちらの空間での待機となります。しばらくお待ちください』
 




