205 火 悪夢と根性
気付けば見知らぬ場所にいた。
床はレンガが敷き詰められていて、筋トレに使われる道具が見渡す限りに設置してある。
カラフルなフルーツ達が、踊るように筋トレに励んでいる。
どいつもこいつも筋肉ムキムキだ。
『はぁ!』
一体のオレンジ色の何かがこっちへ走って来る。
そして二連続の前転から側転、勢いを加速させてバク転バク転バク宙。
器用に捻りを入れて、俺の目の前に着地した。
なんだこのアグレッシブなのは。
『やぁ、ボクの名前は≪ムッキーマッスル≫! 君を夢の世界へ案内(物理)するよ!』
一々ポーズをキメながら自己紹介をしてきた。
喋るとウザさが増すな。
ムッキーは良く見ると、マッスル具合が今まで見たどのフルーツよりもすごい。
他のマッスル達はフルーツ部分は腹筋しかムキムキじゃなかった。
だけどムッキーは、もはやフルーツの形をしていない。
どこもかしこもムキムキで、立派な逆三角形。
筋肉をフルーツみたいに塗りました、って感じだ。
腕や脚も一回り太く見える。
『それじゃあ夢の世界へレッツゴー!』
硬く握られた拳が、俺の眼前へ迫る。
「はっ!?」
「あ、起きたモジャ?」
「何か恐ろしい事があったような…………夢?」
「モジャマサ、どうしたの?」
とてつもない悪夢を見た気がする。
はっきりとは思い出せない。
もやもやするが、多分思い出せない方が良い。
「いや、なんでもないよ。朝ごはんにするか?」
「わーい! タマお腹空いた!」
「よし、それじゃあ行こう」
心配そうなタマの頭を撫でてやる。
元気になったタマを連れて、一階へ。
「あれ?」
「ミルキーいないね」
テーブルの上に朝食が用意してあるが、ミルキーの姿は無かった。
どこかへ出かけてるんだろうか。
念の為確認してみると、ミルキーからメッセージが届いていた。
葵と一緒に畑にいるらしい。
もう畑にいるのか。
早いな。
もしかして、昨日の続きをしてるんだろうか。
「タマ、ミルキーは葵と一緒に畑だってさ。ご飯食べたら俺達も行こう」
「はーい!」
「いただきます」
「いっただっきまーす!」
ミルキーの用意してくれた朝食を食べる。
スープもパンも美味しい。
デザートは、昨日タマが収穫したフルーツだ。
これも島で拾ったものよりほっそりしている。
味は同じくらい美味しい。
食べ終えて、畑へと移動する。
家にいるはずのおろし金の姿も見えなかったから、多分畑にいるんだろう。
「おはようみんな」
「おはよー!」
「おはようございます」
「キュルル」
『おお、ご主人様、タマ。おはよう』
畑に着くと、ミルキーがいた。
おろし金に石華まで揃っていた。
人型の二人は畑の縁に腰かけている。
葵は、樹の下で≪オレンジ細マッチョ≫を相手に剣を振っている。
こんなに朝早くから特訓なんて、やる気がすごい。
「あれ、剣普通に使えてる?」
「ステータスを振って、ノービススキルを全部≪使用不能≫にしたら扱えるようになったらしいですよ。ステータス低下を防ぐために≪魔導機械士≫のスキルはまだ取得してないそうです」
「なるほど」
昨日までの葵は、ステータスが足りなくて剣がまともに扱えなかった。
持ち上げるのが精一杯で、振ることすら出来ない状態だった。
俺の支援魔法でステータスを底上げして無理矢理使っていた。
どうやら普通に扱えるだけのステータスを自力で用意出来たようだ。
葵は職業スキルを一個生贄にすることでステータスが50%上昇する。
それでノービススキルは最大9個取得出来る。
50×9で、+450%か。
普通に考えたらかなりでかい。
あの剣と相性の良さそうな職業であることを考えると、十分足りるだろう。
この筋肉フルーツの収穫は一種のクエストのようで、勝っても負けても経験値が入る。
勝敗で経験値の量が変わるかは分からない。
だけど、葵のレベルは昨日一日だけで結構上がっていた。
「うっ……」
「あー、惜しい」
『あの辺りまでは行くのだがのう。あやつめ、相当な技術を持っておるようじゃ』
葵の剣がオレンジ細マッチョに当たる寸前でカウンターをもらい、倒された。
運ばれてきたところで≪応急手当≫を掛ける。
金剛の口ぶりからすると、葵はかなり上達しているようだ。
「昨日の今日ですごいな」
「はい。葵ちゃん、とても頑張ってますよ」
『うむ、根性のある娘じゃな』
「もう一回……!」
そう話してる内に葵が突撃していく。
ほんとにすごいな。
今はまだ朝の6時半。
一体何時から始めてたんだろうか。
「そういえば、俺が来るまで回復はどうしてたの?」
「買い溜めしてたポーションで回復してました」
「今度からは俺も最初から付き合うから、もし寝てたら起こしてもらってもいいかな?」
「いえ、寝ててもらってて大丈夫ですよ。まだ葵ちゃんのHPもそんなに多くないので、あまり消費しませんし」
「俺も保護者だからね。葵ちゃんが頑張ってるのに寝てられないよ」
「そうですか、分かりました。これからは起こしますね!」
「うん、お願い。とりあえず、応援しながら今日の畑仕事しちゃうか」
「はーい!」
『わらわも手伝おうかの』
「キュルル!」
「私も」
「ミルキーは葵に付き添っててあげて。何時からやってるか分からないけど、そろそろ休憩挟んだ方がいいんじゃない?」
「そうですね、そうします」
葵の動きは良くなっている。
剣捌きも、俺より様になっている気すらする。
しかし、オレンジ細マッチョの壁はまだ厚いようだ。
というか技術であいつを越えるのって、結構ハードル高くないか?
 




