196 語弊と数値
あっという間に、我が家だ。
いつものように放牧スペースの脇に降り立った。
おろし金も着地して、身体をぺったりと地面につけてミルキー達が降りやすいようにしてくれている。
村の人も慣れたもので、おろし金の姿を見ても騒ぎにならない。
手を振ってくれている人までいる。
あれは昭二さんだな。
タマが元気いっぱいに手を振り返している。
可愛い。
「わぁ……! なにあれ……!」
葵はというと、背中から降りながらも放牧スペースに建てられた城に目を奪われている。
水晶のようなもので出来た城は、日の光を浴びてキラキラと光っている。
綺麗だし女の子は好きそうな外観だ。
葵も例外じゃなかったようだ。
「これはうちに住んでる≪金剛石華≫のお城だよ。縁があって引っ越してきたんだ――あ、ただいま」
『おお、皆帰って来たか。これは昨日と今日の分だ、受け取るが良いぞ』
「うん、ありがとう」
葵に簡単な説明をしていると、タイミング良く石華が城から現れて出迎えてくれる。
収穫物のダイヤの原石のようなものを二つ受け取った。
これは、モンスターを放牧スペースに登録した恩恵だ。
モンスターに応じた素材が、収穫物という名前で入手できる。
羊のモンスターだったら毛が刈れる。
石華の場合は手渡ししてくれるから、楽で良い。
そういうつもりで連れて帰ったんじゃないけどね。
「それにしても丁度良かった。この子は葵ちゃん。今日から一週間、うちで預かることになったんだ。石華も仲良くしてやってくれ」
「よ、よろしく……!」
『ふむ、そう怯えるでない。わらわはご主人様のペットゆえ、乱暴なことはせぬぞ』
「ペッ……!?」
石華は≪ダイヤモンドクイーン≫というモンスターだ。
元々は洞窟型のダンジョンの隠し通路の先でひっそりと暮らしていたのを、色々あって一緒にくらすことになった。
≪ダイヤモンドクイーン≫の扱いとしてはNPCだったが、強引にテイムして連れてきた。
勿論、本人が望んでのことだ。
テイムしたのは事実だが引っ越しする為の手段でしかない。
ペットというのは、タマがそう言っただけだ。
他意は無い。
無いから、女性である石華をペット呼ばわりするのは良くないと思うんだ。
変な誤解の原因になってしまう。
「こらこら。俺はペットだと思ったことは無いぞ」
『では家畜かのう? 鬼畜なご主人様なのじゃ……。無論、わらわは構わんがのう』
「かちっ……!?」
「もっと人聞きが悪いから止めて!」
『ふふ、冗談じゃ。よろしく頼むぞ、葵』
石華との会話を切り上げて、俺達は村の外へと向かう。
俺とタマ、そして葵の三人だ。
ミルキーは家や畑のことをしてくれるそうだ。石華とおろし金はそのお手伝い。
昨日の畑仕事は石華がしてくれたらしい。
お礼は言ったが、ペットの務めだと笑っていた。
ペットでも家畜でも奴隷でもないんだけどなぁ。
村の出入り口は北側に一つだけだ。
村全体がぐるっと柵で囲われていて、南側は畑が広がっている。
境界を越えて、村の外へ出る。
そこには草原が広がっている。
ここは≪ストーレ草原05≫。
村や街に隣接するエリアは難易度が低く設定されているようで、お馴染のプルンが跳ねている様子が見える。
少し前にストーレの周囲で見た初心者の群れは、ここにはいないようだ。
このゲームのスタート地点は、ある程度の割合で色々な場所に割り振られるらしい。
俺とミルキーはストーレの街の近くだった。
さっき手を振ってくれていた昭二は、俺達の家があるあの村がスタート地点だと言っていた。
人口とかでうまく配分されているんじゃないかと、モグラが語ってくれた。
ある程度レベルが上がれば、行動範囲は広がっていく。
そうして各々の好みの場所を拠点にしていく。
俺達が≪農耕の村バーリル≫の家を買ったように。
「草原だー!」
「わぁ……!」
草原を見たタマが高らかに叫ぶ。
葵も、草原を見てテンションが上がっているようだ。
「天気もいいし、何だかワクワクするよね。走り出したくなると言うか」
「うん……!」
「モジャマサー! 葵ー! 見てみてー!」
声のした方を見ると、タマが短く生えた草の上を転がっていた。
ただ転がるだけじゃなく、ものすごく速い。
どういう原理なのか、ドリフトやVターンを織り交ぜている。
あ、あの動き走り屋のアニメで見た。
「もっとすごいことしてる人がいたよ」
「タマ、すごい……!」
葵が駆け出していく。
なんの、俺もまだ負けていられない。
小一時間経過した。
意外と難しいが、なんとかドリフトは会得した。
これすごく熱くなる。
火耐性が欲しくなった。
それに、普通の服だったら肘に穴が空いてたな。
丈夫な装備を作っておいて良かった。
作ってくれた≪マッスル☆タケダ≫にも感謝しないと。
「ふぅ、それじゃあ葵ちゃんのレベル上げを行います」
「わー!」
「頑張る……!」
「今レベルはいくつ?」
「……3」
3? チュートリアルで1上がってた筈だ。
まだ1レベルしか上がってない?
モグラが何度かお世話してるって聞いてたから、もう少し上がってると思ってた。
「それじゃあそこのプルンを狩ってみようか。危なくなったら回復するし手助けもするからね」
「分かった……!」
「タマは俺が良いと言うまで絶対に手を出さないように」
「らじゃー!」
ぽよぽよと呑気に跳ねるプルンの前に葵が立つ。
そして背中の剣に手を伸ばし、引き抜け――ない!
剣が長くて鞘から抜けなかった。
長さが葵の背と同じくらいだしな、そうなるだろう。
どうやって抜くのか気になってたけど、まさか抜けないとは。
「んー……!」
何度か挑戦しても結果は変わらない。
やがて諦めたのか、右手で柄を握ったまま、空いた左手で何か操作をする。
すると、鞘が消えた。
なるほど。鞘だけをストレージに仕舞ったらしい。
拘束するものが無くなった剣を、そのまま右手で持ち上げ――ない!
剣の重さを支えきれず、切っ先が地面へと突き刺さる――。
「んぎ――!?」
――と同時に、葵の口から悲鳴のような何かが飛び出した。
しっかり握っていたせいで右手が後ろに持っていかれて、肩が可動域を越えかけたようだ。
剣に肩関節を極められたのか。あれは痛い。
ダメージの赤い数字が出てたし、HPもしっかり減ったようだ。
≪応急手当≫を使用して葵のHPを回復させる。
ユニークスキルの効果でHPを100%回復させるという、名前に圧勝してる便利なスキルだ。
しかし、痛そうな状態になった割に復帰が早い。
もっと後を引きそうなのに、もう剣を握ろうとしている。
「もしかして、毎回それやってる?」
「そのうち出来るようになるかもしれないし……!」
それは肯定の意味だろう。
ここはゲームの世界だから、数値が足りてなかったらどうしようもないと思う。
でも一先ずは何も言わない。
まずは全部見てからだ。
「うーん……!」
葵は地面に斜めに刺さった剣の柄を、しっかりと両手で握った。
柄の位置を少し下げる。
そのまま切っ先を上げようとしていたようだが、それよりも先に柄が地面へと叩きつけられた。
勿論、しっかり握っていた葵の両手ごとだ。
「~~!!」
声にならない声が響く。
これは、一体どうしたらいいんだろう。




