179 果物と筋肉の島
島の中は木々が生い茂っている。
木と木の間隔は広い。
日差しがよく通って明るい、爽やかな空気だ。
気持ち悪いモンスターがいるようには思えない。
「森だー!」
「ハイキングコースみたいですね」
「へぇ、こんな感じなんだ」
ハイキングは行ったことないけど、こういう場所が人気らしい。
天気も良い。
日差しで葉っぱが光って見える。
ここでお弁当を食べたら美味しそうだ。
「モジャマサー、向こうに何かいるよ?」
タマが繁みの向こうを指した。
ガサガサと草が擦れる音がする。
何かが向かって来ているようだ。
「おお?」
「イチゴだー!」
「イチゴ……?」
そうして姿を表したのは、大きなイチゴだった。
タマが大きな声で叫ぶ。
ミルキーが首を傾げる。
うん、気持ちは分かる。
そのイチゴは90cm程の大きさで、立派な腕と脚が生えている。
赤いペンキで塗ったような四肢は、太い。
ただ太いだけじゃなく、よく鍛えられたように筋肉ムキムキだ。
おまけに、両脚の付け根の少し上の部分が、まるで割れた腹筋のように凸凹している。
二頭身の筋肉の化身をイチゴと呼んでいいのか、俺にも分からない。
名前は≪イチゴマッスル≫と表示されている。
どちらかと言うと筋肉寄りのようだ。
腕も脚もフルーツ部分も含めて、妙にテカテカしている。
油でも塗りたくっているかのようだ。
さっきまでの爽やかな日差しが、急に別のものに変わったような錯覚を覚える。
例えるなら、ボディビル大会でマッチョ達に降り注ぐスポットライト。
イチゴマッスルが俺達の存在に気付いた。
顔のような部分は無い。
目もないが、気付いたと思う。
「え?」
「おー!」
イチゴマッスルはゆっくりと動いた。
両腕を頭の上へと持っていく。
そのまま攻撃を仕掛けてくると思ったら、違った。
拳を握ったまま、肘から先を内側に曲げて静止した。
腕の筋肉が更に盛り上がってその、存在を激しく主張する。
これは、ボディビルとかでやる、筋肉を見せつける為のポーズだ。
≪VRボディビル≫というゲームをさせられた時に、何度か見た気がする。
イチゴマッスルは次々にポーズを変えては筋肉を見せつけてくる。
攻撃の意思は無いようだ。
モンスターに間違いはないみたいだけど。
アクティブかと言われると、攻撃をされてる訳ではないし違うと思う。
「これってどういうこと?」
「分かりません……一応ノンアクティブ、なんでしょうか」
「すごーい! まっするまっする!」
だけど、ノンアクティブだともミルキーは断言出来なかったようだ。
精神攻撃に近いからな。
ムキムキのフルーツの筋肉を見せられても、あまり嬉しくない。
タマは喜んでるけど。
「えい」
剣で切り付けてみると、あっさりと一撃で倒れた。
そんなに強くはないのか?
表示されたダメージは≪輝きの大空洞≫のモンスターよりも多い。
誤差にしか感じないけど、防御力が低いんだろう。
ミルキーがスキルで見たレベルとHPも低めだったし。
「あ、イチゴですよ」
「ほんとだ」
ドロップアイテムは≪筋肉イチゴ≫と≪果物のヘタ≫。
イチゴは、さっきのイチゴマッスルを10cm程にして手足をもいだような見た目の、イチゴだ。
しっかり腹筋も割れている。
これでも回復アイテムのようだ。
ライリーに押し付けよう。
「これが伊達の言ってた気持ち悪いモンスターか」
「確かに、あまり関わりたくないジャンルですね」
「まっする! まっする!」
ミルキーの顔色は少し悪い。
イチゴマッスルの筋肉にあてられたようだ。
タマが楽しそうなのは、マッスル☆タケダの影響だろうか。
あの人なら延々と筋肉の見せ合いをしてそうではある。
「あっ」
「どうしたタマ?」
「いっぱい来た!」
「え?」
タマの言葉に、周囲に視線を向ける。
繁みの向こうがガサガサと騒がしい。
周囲に色とりどりのマッスル達が現れる。
さっきと同じ≪イチゴマッスル≫に、≪オレンジマッスル≫や≪ブドウマッスル≫。
≪パインマッスル≫と≪キウイマッスル≫なんてのもいる。
どれも逞しい四肢と、立派な腹筋を持っている。
腕や脚の色は、各果物の皮と同じらしい。
イチゴマッスルは赤いし、オレンジはオレンジ色でブドウは紫。
どいつもこいつもテカってやがる。
囲まれてしまったようだ。
マッスル達はポーズを決めながらにじり寄ってくる。
見渡す限りマッスル、マッスル、マッスル。
一歩迫ってはポージング。
一歩進んではポージング
これは中々怖い。
筋肉の筋までしっかり作りこんであって、無駄なこだわりが筋肉の圧力と一緒に伝わってくる。
悪夢みたいな光景だ。
「ひっ――!!」
ミルキーが変な声をあげて固まった。
俺の腕をしっかりと掴んでいる。
あまりの地獄絵図に、硬直してしまったようだ。
「大丈夫?」
「――!!」
ミルキーは目を閉じたまま全力で首を振る。
言葉は出ていないが、無理! と叫んでいるような幻聴が聞こえる。
必死だ。
「タマ、おろし金、フルーツ狩りの始まりだ!」
「らじゃー! 狩るぞー!」
「キュルル!」
タマとおろし金が、包囲するマッスル達へ突っ込んでいった。
俺もミルキーにしがみつかれながらスキルを撃ちこむ。
≪焼夷弾≫を連打して焼きフルーツの出来上がりだ。
あっという間にマッスル達の殲滅が完了した。
ここのモンスターは恐ろしいことが分かった。
絵だけで見たら、トラウマ間違いなしだ。
伊達が思い出したくないと言ったのもよく分かる。
「ミルキー、終わったよ」
「あっ、ありがとうございます。すみませんでした!」
「はは、気にしなくて大丈夫だよ」
声を掛けると、我に返ったミルキーが俺の腕を解放して距離を取った。
顔を赤くして頭を下げている。
俺としては、ちょっと嬉しかったりした。
女の人と手を繋いだことすらなかったからな。
よし、今度ミルキーにお願いして手を繋がせてもらおう。
それでのんびりハイキングに行くのも楽しそうだ。
勿論、この島以外で。