第五話「めぐみ、ってゆーんだほんとはね」
第五話 「めぐみ、ってゆーんだほんとはね」
めぐみん(十七歳、♂)の朝は早い。剣道部の朝練に行くためだ。色素の薄い茶色の髪をさらっとなびかせて、学生服に袖を通す。下の階から、少し急かすような母の声がする。
「朝ごはんできたわよー」
「ハーイ、今行きます」
めぐみんのおうちは実は結構厳しい。厳格な父は息子が品行方正であることを当然のように期待している。自分で女のような名前をつけたくせに、自分の年のわりにキメの細かい肌や繊細な長いまつげを棚に上げて、男らしくしろ、と口癖のように言う。
めぐみんは、自分は自分なのに、とため息をつく。
めぐみんの母は絵に描いたような内助の功で、厳格な父を毎日立てている。でも、父が厳しいことを言うときには、あとで内緒で、
「めぐみはめぐみのままでいいのよ。お父さんもお母さんもめぐみが大好きよ」
と頭を撫でてくれる。だからめぐみんは父に下手に反抗的な態度をとったことはない。母を悲しませる理由が思いつかないからだ。父が期待するとおり、成績も優秀、剣道も全国レベルを保っている。
「おっはよーめぐみん(゜∀゜)」
「あ、あいやーの!」
「あいやーの」というのがめぐみんが愛矢につけたあだ名だ。昨日のやけに叙情的な土手での対面ですっかりお互いに一目ボレした二人は、朝っぱらからひしっ!と抱き合った。
「やっぱりかわいのぅ、あいやーの!」
「僕、今日からずっと一緒だよ!」
「わぁ、真子ちゃんとGAさんみたいだ!」
下からは相変わらず母がめぐみんを呼んでいる。めぐみんはいそいそとカバンの中身を点検した。
「じゃあじゃあ、あいやーのはついて来てね。うちの両親には見えないんでしょ?」
「えへへー、見えるやり方もあるんだよ」
愛矢がにやりと笑うと、ぼんっと白い煙が立って、愛矢の姿が消えた。
「アレ?俺にも見えなくなっちゃったよ?あいやーの?」
「めぐみん、ココ、ココ!」
小さな声が床の上でしたので、めぐみんが視線を落とすと、そこには小さな、いや、もともと結構小さかったのだが、もっとさらに小さなマスコットサイズ、いわゆるぷち何とかみたいな三頭身にデフォルメされた愛矢が手を振っていた。めぐみんは素っ頓狂な声を出して、両手で恐る恐るぷち愛矢をすくい上げた。
「えへへー、かわいいでしょ?僕、お人形さんになれるのー」
ふわふわの髪の毛やくりくりの目はそのままに、ぷにぷにしたほっぺたはうっすらと桜色で、おなかかはぷりんと丸く張り出しており、背中には小さな小さな白い羽に覆われた翼が生えていた。めぐみんはその愛矢を見て、ふるふると震えだした。
「かっかわいいいいっ!」
ぷにぷにの愛矢をぎゅっと抱いて頬ずりをする、十七歳高校生男子。その絵面は活字で見るとどーなのか、といったところだったが、幸い、めぐみんは女の子と見間違える可憐な美少年だ。そのめぐみんの反応にまんざらでもないように愛矢はえっへん、と胸を張った。
「僕、めぐみんのポケットに入って、ずっと一緒にいられるんだよ」
「すっげー、俺感激!真子ちゃんに早く見せたいっ!」
そこまで一息で一気に言って、めぐみんは思い出したように一拍置いた。
「・・・真子ちゃんにー」
えへへへへへ、と思わずめぐみんの口元が緩む。
「めぐみっ!朝練遅刻してもいいのっ!?」
「あ、ハイ、今行きますっ」
めぐみんは胸ポケットにそっとあいやーのを忍ばせて、ずだだだだだ、と階段を下りた。
*****
「じゃあ、めぐみんは、真子りんが好きなんだね(・∀・)?」
「うん、大好き!」
時間通りに滑り込んだ朝練で、びしっ、びしっと素振りを繰り返しながら、愛矢とめぐみんは会話を続けていた。
「大好きって、そういう風に大好き(・∀・)?」
「うん、大好き。そういう風にも」
そういって、面の外に湯気が立ったんではないかと思えるくらい、かあああああっと赤くなった。
「そうなんだ。ちょっと意外(´∀`)」
「え、どうして?」
「だってぇ・・・・」
がぁちゃんに半殺しにされてないから、と愛矢は言おうとして、やめておいた。なにか、がぁちゃん的に考えがあってのことなのだろう。
「だってぇ、めぐみん、真子りんの前でも普通だからー(´∀`)」
「そおかなぁ?結構、挙動不審だと思うけど・・・でも、俺、真子ちゃんの友達だからね」
急にめぐみんの表情が大人っぽくなった。
「真子ちゃんにとって、俺が友達でいることのほうが重要なのがわかるんだ。俺が真子ちゃんのことを好きなことよりね。俺、真子ちゃんが幸せなほうがいいんだ」
「めぐみん・・・・」
めぐみんは急に大人っぽくて男っぽくて、凛々しい剣道着姿と風を切る竹刀の相乗効果もあり、めぐみんの気持ちは涙もろい愛矢の涙腺を緩ませるのに十分だった。
「めぐみん、偉い!待ってて、僕がすぐ恋の矢を打ってあげるから(ノд≦。)!」
「あ、それはダメ。俺は真子ちゃんを無理やり振り向かせたりしたくないんだ」
出鼻をくじかれた愛矢は、ほえ?とめぐみんを見上げた。
「だって、それでいいの(・ω・)?」
「いいの。俺、十分真子ちゃんの近くにいるもん。そりゃ、俺のことそういう風に好きになってくれたら嬉しいけど・・・・でも、今はこれでいいんだ」
健気なめぐみんの想いは愛矢の目から滝のように涙をあふれさせた。
「めぐみんいじらしいっ(ノд≦。) 大丈夫だよ、きっと報われるよ、いつか!」
「あはははー、だよねー!そうだよねー!」
めぐみんは三百回目の素振りを終え、作法に従って竹刀を納めると、道場に一礼して一歩下がった。
朝の教室に到着するなり、めぐみんは踵を返して、真子の教室に向かった。まるでかって知ったる自分の部屋のように教室を横切ると、真子を見つけた。めぐみんの想い人は今朝も気高く咲く芍薬のようだ。優雅に流れる豊かな黒髪。今朝は忙しかったのだろうか、眠そうに形のいい唇をあくびで歪ませて、エキゾチックな肌の色を引き立たせる金色の瞳の端にうっすらと涙を浮かばせている。見とれそうになって止まりかけた足を無理やり進ませて、いつもと同じように声をかける。
「真子ちゃん、オハヨウ!」
その声に気がついて、退屈そうだった表情にぱっと生気がさし、めぐみん!と、ふわっと彼に微笑みかける。
うわー、とめぐみんはまた、ひるみそうになった。こんな瞬間がだんだん増えてきていて、実は困っている。はじける若さ、育ち盛りの男性ホルモンはめぐみんの外見的な男らしさにはまったく興味がないくせに、情緒的に男としての本能を目覚めさせようとする。だからめぐみんは、そういう時は抵抗しない。
「真子ちゃん、今日もかわいいねぇ」
「うふっ、めぐみんもきゃわいいよっ」
幸い、真子とめぐみんの信頼関係は、ほんの少しめぐみんの男性ホルモンが猛ったくらいでどうにかなるものではない。その上、真子は超絶鈍感でめぐみんも時に笑い出してしまうくらいなのだ。大げさに照れた振りをする真子を少しまぶしそうに見つめたあと、めぐみんは本題に入った。
「今日は見せたいものがあるんだよー」
「えーなになに?」
愛矢とめぐみんの「じゃーん」がきれいにハモったところで、めぐみんの胸ポケットからぷち愛矢が顔を出した。
「うわ、愛矢くん!?」
「そーのとおーりー(´∀`)」
「ね、すごいでしょ?!」
「かーわいいー!」
やはり真子もたまらずぷち愛矢を抱きしめ、頬ずりをした。そうだろうそうだろう、とめぐみんは満足そうに頷いていた。
「アレ、今日はGAさんは?」
「あ、もう職員室だと思う。なんか、GAが先生になってから結構私、自由なの」
「そーんな言い方したら、がぁちゃんまた泣いちゃうよ?」
前回の真子による(実質上の)GAイラネ発言は痛く彼の心を傷つけたらしく、そのあとGAは情緒不安定で大変だったのだ。真子の袖を掴み、子犬のような目で、
『お嬢様は、もう私のことがお嫌いですか?』
と訊ねたり、何かにつけて昔話を蒸し返しては、
『あの頃のお嬢様はかわいかった・・・・』
と、よよよ、と泣き崩れる始末。なにがあったのかは真子は知らないが、前回の山崎事件のあとバロンが去ったのもあり(実際にはGAに地獄を見せられて追い返された)、もう変に虚勢を張る必要がなくなったせいもあるのかもしれない。弱いGAなんて見たことがなかったので、最初は真子も面食らったのだが。
「いいんじゃない?そんなことは知らない女生徒にも女教師にも大人気よ」
と、ふん、と腕を組んだ。実際、具現化したGAは、女生徒にも女教師たちにいつも囲まれており、真子なんか近づけないような状態なのだ。確かにそれは真子が望んだ状態ではあったのだが、ほんの少しだけ、面白くないことでもある。
そのとき、教室の入り口の辺りが騒がしくなった。
「どうしたの?大丈夫??」
「オイオイ、委員長、なにやったんだよー」
「いや、ちょっと階段から・・・」
声の主に気がついて、真子の体が一瞬でこわばった。昨日の話を知らないめぐみんは「?」となり、昨日の現場に居合わせた愛矢は、「大丈夫」というように真子と視線を合わせた。真子はとっさにその騒ぎに背を向けるように窓の外を見た。
「・・・あの、おはよう、綾瀬」
案の定声をかけてきたその主に、今までののほほんとした空気は一気に凍りつき、ギギギギギ、と真子は首を不自然に声の方向に向けた。やはりそこには山崎が立っていた。しかし顔には無数の傷があり、なんと腕には包帯を巻いている。
「ど、どうしたの!?」
「あ、いや、これは・・・・・・たぶん、バチだよ」
弱弱しく山崎が笑って、愛矢は「当然だな!」と鼻からふん、と息を出した。
「・・・・・・あとでちょっと話をしたいけど、いいかな。もし、一人でくるのがいやなら、誰か連れてきてもいいし」
「・・・・うん、わかった」
山崎が自分の席に戻った後、めぐみんは心配そうに真子に声をかけた。
「・・・・大丈夫?」
「・・・・うん」
なにが、あったの?と、めぐみんは聞けなかった。だって、真子はめぐみんに一緒に来て、とは言わなかったから。
それが「友達の距離」なんだな、とめぐみんの胸の奥が少しだけ痛んだ。
昔からドラマが始まるのは、学校裏庭か、屋上と相場が決まっている。この場合、真子も例に漏れず屋上に向かっていた。やはりめぐみんに一緒に来て、とは言わなかった。GAにも、このことは知らせなかった(すでに知っているかも知れないが)。真子は自分の力で解決したかった。自分の言葉で、今の気持ちを山崎に伝えるべきだと思った。ただ、万が一のことだけを考えて、めぐみんに愛矢を借りた。ポケットでおとなしくしててね、とそっとしまって、階段を駆け上る。
息を切らして屋上にたどり着くと、山崎はすでに来ていた、相変わらずの痛々しい包帯姿だ。
「あの・・・なんていうか、大丈夫?」
デジャヴ。昨日と同じ幕開けだ。山崎は少し情けないように笑った。
「大丈夫、って言ったら嘘になるな。まだ、いろいろ痛い」
いろいろね、と山崎は繰り返して、そして、また会話がとまった。空だけはなんのよどみもなく、青く青く澄んでいた。あまりにも無垢な居心地の悪い静寂のあと、山崎が口を開いた。
「・・・ごめんな、綾瀬。俺、あんなことするつもりじゃなかったんだ・・・って言い訳になっちゃうけど」
真子は特に相槌も打たずに聞いていた。最後まで、山崎の言うことを聞くつもりだった。
「綾瀬のことを知っていくうちに、なんていうか、もっと俺だけを見てほしくなって・・・」
風が二人の間を通り抜けて、ひらひらと真子のリボンで遊んだ。
「気がついたら、お前がほかのヤツと話したりするとすっげー苦しくってさ。綾瀬はみんなに優しくて、あ、でも、だからお前のこといいなって思ってたはずなのに」
山崎は、風が乱した素直な髪を指でさっさっと直した。視線は相変わらず真子に向けられていないので、きっと、自分の大人気ない行動を本当に恥じているのだろうと思った。
「それに、はっきり好きって言ってもらえなかったから・・・・」
「ご、ごめん・・・」
思わず真子が発した言葉に顔を上げると、山崎はまた自嘲気味に笑った。
「そこで謝られちゃうと、ほんっと俺終わった感じ」
「あ、ご、ごめん、そうじゃなくて・・・」
「いいよ、大丈夫。お前のせいじゃないよ」
山崎はまだ苦笑いを続けていた。
「綾瀬が走って消えた後にさ、布団から這い出したら足を滑らせて階段から落ちて。その俺の上になぜか袋いっぱいの毬栗を抱えた横綱みたいなおばさんが落ちてきてさ・・・・あんなにはっきりとぐえっって言ったの、俺初めてかもしれない・・・・」
あああああ、ご愁傷様です・・・・。真子はその不幸の原因を知っているがために山崎に少し同情した。
「そのあと救急車に運ばれたんだけど、救急隊員が初心者らしくて、血液検査用の血を抜きすぎて・・・階段から落ちたのとはまた違う理由で病院送りに・・・」
重なるときには重なる、なんて言ったりするが、山崎の場合は本当に相手が悪かったとしか。しかし山崎クラス委員長の地獄行脚はまだ続いていた。
「病院に着いたら着いたで、カルテを間違えられて、あっという間に麻酔をかけられて、目が覚めたらまったく知らない人が周りにいて、みんな泣いてるんだよ。なんとか説明して別人だってわかってもらったんだけど、そしたら医者が、大丈夫、ちょっと開いただけだからって・・・・輸血してもらってよかったねって・・・・」
話していくにつれてどんどん山崎の声が小さくなり、血の気が引いていった。真子も今まで見てきた中でも最悪レベルの不幸っぷりに愕然としていた。ポケットの中で愛矢が小刻みに震えている。それは、涙を堪えるために震えているのか。はたまた、笑いをかみ殺すために腹筋が痙攣しているのか。
「で、こんなことしてるうちに、俺ほんとーに悪い事したなって。綾瀬に嫌われてもしょうがないよ」
アナタのほうがよっぽど聖人君子だわっと真子はそっと涙をぬぐった。だいたい、こんなことになったのは、自分がしっかりしていないからなのだ。私がもっとしっかりしなきゃ。それが山崎くんをはじめ、これから自分に関わる人たちを守ることになる。そして、GAのことも。
「山崎くん、私ね」
真子はぎゅっと拳に力をこめた。
「私、山崎くんのこと、ステキだな、と思ってたの。それは本当。毎日、仲良くできてすごく楽しかった」
「・・・それは、嬉しいな」
屋上で会ってからずっと自嘲気味だった笑顔がほんのり赤くなった。
「だから、好きになると思ってた。このままこんな日が続いたらきっと好きになるんだろうって。でも、まだ私には準備ができてなかったんだと思う。・・・・なんていうか、私には、まだほかにも大切な人たちが多すぎて」
GA、めぐみん、パピィ、ママ。真子が大切な人たちとの時間を天秤にかけることなく、恋愛をすることはできるのだろうか?真子にはまだその答えが出ていない。答えを出せる相手にもまだめぐり合っていないのかもしれない。山崎は、まっすぐ真子が自分のほうを見ていることを感じて、こんな場面なのに、少し、嬉しくなった。今は、彼女の瞳に自分だけが映っている。
「うん、わかった」
山崎も斜め下を見ていた視線をまっすぐ真子と合わせた。ああ、俺はこの子が好きだ。
「俺、ちょっとあせりすぎて失敗したね。あーあ」
こんなに早く結論を出す必要はなかったのに。真子と一緒にいた毎日は、山崎にもそれだけで十分だったはずなのに。若さはいつも結論を急ぎたがる。そして欲しいものが手からすり抜ける経験をたくさんして、徐々に待つことを覚えていくのだ、と、年寄りの説教めいた教訓は彼らの耳には届かないけれど。
「綾瀬、怖い思いさせて、ほんとにごめん。それでこんなこというのどうかと思うかもしれないけど・・・」
「なに?」
「俺さ、まだお前のこと好きでいてもいい?」
「え・・・」
「またふりだしからで構わない。綾瀬がほかの男を好きになっても仕方ないよ。でも、俺は、俺の気持ちは、変わりそうにないんだ」
「それは・・・」
「ただの友達だと思ってくれて構わない。ただ、俺はお前のこと、やっぱり好きだ。それだけ」
コレは(・∀・)!?開き直ったか山崎!めぐみんに再び強力ライバル出現〜?!と、真子のポケットの中で愛矢は身悶えた。山崎は青く突き抜けた空みたいにさっぱりした顔で、最初に真子をときめかせたはにかんだ笑みを浮かべた。
「なーんてな!あははは、いいよ、忘れて。あっ、俺、病院行かなくちゃ。お前も救急車には気をつけろよ!」
そういうと、山崎は怪我人にあるまじきさわやかさで軽快に屋上から去っていった。一人きりになると、真子はへなへなと座り込んだ。と、同時に愛矢がポケットから顔を出した。
「真子りん、よくがんばったね!」
「ありがと・・・・でも、なんか何も解決してない気が・・・」
「えー?いいじゃん、忘れてっていったよ、あの怪我人。忘れちゃえ(・∀・)」
かわいい顔して結構無責任なことをさらっと言う。そしてえへーっ(´∀`)と天使の微笑を浮かべるのだ。どうもGA関連の天使は、どっちかというと始末が悪い。そして愛矢はにこにことめぐみん呼んで遊ぼうよ、と言う。
「あ、そうか、お昼食べないと・・・」
「お嬢様!」
屋上に先生コスのGAがやってきた。
「探しました!めずらしく一人になったので、お嬢様とお昼をご一緒しようと思って飛んできたんですよ」
ああ、会いたかった、私のお嬢様!とGAはひしっと真子を抱きしめた。毎日の学校通いで、真子に無関心を装っているストレスから、最近のGAの愛情表現は過剰気味だ。
「ああっ、こらGA!お前、俺の弟子の癖に生意気な!俺のプリンセスから離れろっ」
大声を出しながら屋上に転がり込んできたのは父の大輔だった。め、めんどくさい人が増えた、と真子はこめかみの辺りを痙攣させた。
「いくら旦那様でもコレは譲れません!あなたのご命令で私は教師になり、そのおかげでお嬢様とすごす時間が圧倒的に減ってしまったんです!」
「なにを言うか!最近みんなしてサムライシャフトに顔も出さないくせに!パピィはさみしいぞー真子ー」
大輔は涙をも流さんという勢いで真子にGAごと抱きついた。
「ちょ、ちょっと!パピィ!」
「真子ー!」
「お嬢様ー!」
普通サイズに戻った愛矢がぽかんと見つめる中、もう一人参戦者が屋上に姿を見せた。
「真ー子ーちゃーん、お昼はー・・・あー!?」
めぐみんだ。めぐみんは右に大輔、左にGAをぶら下げた真子をみて一瞬固まったが、すぐにいつものように朗らかに笑った。
「なになにー?!真子ちゃん抱っこゲーム?俺も、俺もー!」
めぐみんがわーい、と真子の正面から両腕を広げて駆け寄ると、GAと大輔の目が冷たくキラーンッと光り、二人の足がめぐみんの無防備なお腹を直撃した。
「ぐほぉっ!」
「若造め、百年早いわ」
「申し訳ありませんが、血縁限定です」
めぐみんはもんどりうって冷たい屋上のコンクリートに倒れこむと、「恐るべき、過保護の壁・・・」とつぶやいて、生気を失っていく瞳からツーッと涙を流した。大丈夫!?とめぐみんに駆け寄る愛矢。大輔とGAは、「お前も血縁じゃないからどけ」「いえ、私は魂でつながってますから」と地味に陣地争いを展開していた。
「いいかげんにしろー!」
真子がようやくぶちきれると、男性陣(主に大輔とGA)はささっと真子から離れ、「怒った、真子が怒った。お前のせいだ」「なにをおっしゃいます旦那様」と相変わらず地味な攻防戦を続けている。
「めぐみん、大丈夫?」
「真子ちゃん・・・・達者で・・・」
涙を流しながら震える手を差し出すと、真子はめぐみんの弱弱しい手をぎゅっと握って、
「死んじゃダメ!」
と感情たっぷりにめぐみんに訴えた。
「めぐみんが死んじゃったら、私・・・」
え?とめぐみんは真子の言葉に反応した。もちろんさっきまではふざけていたのだが、自分の手を握る真子の柔らかい手と、その言葉の続きが聞きたくて、めぐみんは死にそうなふりを続行していた。しかし、真子が言葉を続ける前に、めぐみんの胸に愛矢が飛び込んできた。
「めぐみーん!僕、めぐみんのこと大好き、死んじゃらめぇぇぇぇ!」
「ぐえっ」
ちょうど蹴りを受けてしまったところに愛矢が飛び込んできたのでめぐみんは少しうめき声をもらした。なんとなくそんな気がしていたが、やっぱりそうだった。
「あいやーの、大丈夫、大丈夫だから・・・」
「ほんと?!真子りん、めぐみん大丈夫だって!!」
よかったー!と真子は安堵の微笑をもらし、それからどうしようもない大人約二名(大輔とGA)をきっ、と睨み付けた。びくぅっと大輔とGAは体を震わせて、それから場を取り繕うように白々しく言った。
「お、おー、めぐみん、無事か。それはよかった」
「本当に。でも普段から鍛えてらっしゃるから、このくらいなら大丈夫と私は信じておりました」
GAはにっこり笑って、お手伝いします、とめぐみんを抱き起こすと、コレ幸いとばかりにめぐみんの髪を直し始めた。ようやく優しくなったGAに、めぐみんはホッとした。
「痛かったですぅー」
「はいはい、申し訳ありませんでした。もう泣かないで」
念入りにめぐみんの髪に指を通すGAをみて、真子もいつもの風景にホッとした。
「そういえばパピィ」
「なんだいハニー」
「何しに来たの?」
「父が娘の顔を見にきたらいけないのか!?」
「そんなこと言ってないじゃない!ほんとに顔だけ見に来たの?」
「あ、そうだ」
大輔はポリポリとほっぺたを掻きながら、ほんとについでのように言った。
「ジャズミンが帰ってくる。さっき電話があった」
「え、ママが?」
「奥様が?」
その頃、上空にて。
「愛矢はしょうがねぇなあ・・・・助けるかわりに邪魔してどうすんだよ・・・」
浅黒い肌に伸ばしたあごひげをさすると、声の主はニヤリ、と白い歯を見せた。
「しょうがねぇ、俺が手本を見せてやるか」