第四話 「わからなくても」
第四話 「わからなくても」
「山崎君、待って!」
夕日が赤く染める道を真子は息を切らして走っていた。放課後、真子に何も言わずに教室を出た山崎を追いかけてきたのである。幸い、具現化したGAは職員室で足止めを食っている。めぐみんは剣道部だ。めずらしく一人きりの真子は今日の山崎の不可解な行動を解明しようとしていた。
「待って!」
ようやくその声に山崎は振り向くと、カバンを肩にかけ、両手をポケットに入れたまま真子のほうは見ずに街路樹の横のガードレールに腰を下ろした。眼鏡に夕日が反射して、真子には山崎の表情が見えなかった。
「よかった、追いついた」
重苦しい空気を払拭したくて、真子は息を整えながら笑顔を作った。
「あの・・・なんていうか、大丈夫?」
真子にはなんと言ったらいいのかよくわからなかった。ただ、山崎の態度は、昨日と違う。
「あの、一緒に帰りたかったんだけど、先に行っちゃったから」
山崎は無表情のまま、まだ肩を少し上下させている真子を見ていた。
「なんで?」
「え、なんでって・・・」
「なんで俺なんかと帰りたいの?」
「え」
山崎のトゲのある言い方に、真子は一瞬固まった。それを見て、山崎はうつむいて眼鏡を直した。
「俺じゃなくてもいいんじゃないの?」
「え、なにそれ・・・」
「っつーかさ、わかんないよ、綾瀬!」
山崎が急に大きな声を出したので、真子は一歩後ずさりした。
「お前、何なの!?グラント先生とか、野中とか!」
山崎はイライラと頭を掻いて、真子に向き直った。
「なんであんな嬉しそうにあいつらについてくんだよ!で、なんで俺なの?なんで今は俺なの?わっかんねーよ」
「G、じゃなくて、グラント先生は小さい頃から知ってるから、なんていうか、家族みたいな・・・」
「はぁ?家族でアイツあんなエロい流し目すんの!?」
アレは彼のデフォルトなんです、などと言ってもきっと山崎は理解してくれないだろう。真子はめぐみんのほうの弁解をした。
「めぐみんは、友達だよ」
「あいつ、女みたいだけど、男だろ?わかんねーの?」
「そんなんじゃないよ!めぐみんは、親友っていうか・・・・」
山崎は、はあっと大きくため息をついて空を仰ぎ、くるりときびすを返すと、こんどは真子の真正面に立った。
「綾瀬は誰が好きなの?」
「えっ?」
「なんで俺を追いかけてきたの?」
真剣な表情で山崎は一歩、真子に近寄った。真子は正直、少し山崎を怖いと思い、また一歩、後ずさった。
好きかどうかなんて、まだわからない。
山崎のことは、いいな、と思っていた。でも、じゃあすごく好きか、と聞かれたら、真子にはまだわからない、としか言いようがなかった。もう夕日はぐんぐんと暮れていき、空と街の境界線が不自然に赤く照らされていた。
「綾瀬、追いかけてきたって事は俺のこと、好き?」
「えっ、それは・・・」
もう後ずさる場所が無くなり、真子の背中が冷たいコンクリートの壁に当たった。真子はできるだけ正直に伝えようと必死に言葉を搾り出した。
「好き・・・・かもしれない。でもまだ・・・・」
真子が続けようとした言葉は、山崎が真子の横に置いた手が握りつぶしてしまった。
「ねぇじゃぁさ、好きだっていう証拠見せてよ」
「えっ」
「俺が特別だってとこ見せてよ。できるでしょ?」
「やっ、ちょっ・・・山崎君!」
山崎の手が真子の肩にかかり、真子が両腕を突っ張らせて山崎の胸を力いっぱい押し返したとき、ばさああっ!と大きな音がして、真子の視界から一瞬で山崎が消えた。
「ぎゃー、スイマセン!大丈夫ですかー!?」
頭の上のほうから叫ぶ声がして、そのあと、なにが起きたのか把握しきれていない真子の手を取ったのは、小さなかわいい男の子。
「まこりん、こっち!!」
男の子はまん丸な目をぱちくりさせて、こっち!と一目散に駆け出した。よくわからないまま彼に手を引かれて走りつつ、後ろを振り返ると、大きな布団の下敷きになった山崎が見えた。そしてまた頭の上、マンションの上の階のから叫び声。
「ほんとスイマセン!布団が吹っ飛んだ!!」
「なんの駄洒落よ!ごっごめん、山崎君、ごめんねー!!」
数多くの男性の不幸を目の当たりにしてきた真子だったから突込みを忘れなかったのだろうか。
「さすが私のお嬢様」
上空で満足そうにGAは微笑み、そのあと、氷もさらに凍らせるような邪悪な視線をようやく布団の下から這い出そうとしている山崎に向けた。
「身の程知らずが。真の恐怖を味わうがいい」
悪魔も逃げ出す麗しい微笑みを浮かべ指をバキボキと鳴らすGAの後ろで、その視界に入らないように隠れながらバロンがつぶやいた。
「死なない程度にしとくのよー、大天使様に怒られちゃうぞー」
その声が聞こえたのか聞こえなかったのか、ふははははは、と低音で笑うGAは確実に魔王だな、とバロンは思った。
「はーはーはー、びっくりしたねぇ、まこりん、大丈夫?」
小さな男の子は土手にたどり着いたところでようやく真子の手を離し、密度の高いまつげに縁取られた目で心配そうに真子を覗き込んだ。
「怖かった?」
ぱぁっと紅潮した頬のまま微笑む様子は、まるで、そう、アレみたいだ。
「キューピッド!」
「えええー?あははははは」
ふわふわと笑う男の子に真子は既視感を覚えた。
「あれ、ごめん、会ったことあったっけ?」
「あー、ごめんー(´∀`)自己紹介まだだったね」
まるでなんでもないことのようにニコニコと笑ったこの初対面の男の子はぺこりと頭を下げた。
「愛矢でぇーす(´∀`)がぁちゃんに呼ばれたの。まこりん助けてあげてって。僕、がぁちゃん大好きだから、飛んできたんだよ(・∀・)」
「がぁちゃん?」
「そう、がぁちゃん(゜∀゜)背がこぉーんなおっきくて、髪の毛がだぁーいすきながぁちゃん(゜∀゜)」
「がっ、って、まさか、GA!?」
「そう!がぁちゃん(≧∀≦)!」
真子は笑いを押し殺すために即効で横を向いた。あのすかしたGAが、「がぁちゃん」!?
(あとで絶対からかってやる)
自分が「まこりん」と呼ばれていることをまったく棚に上げた真子が腹筋を無言で震わせていることに気づいているのかいないのか、愛矢と名乗った男の子はニコニコと話し続けている。
「がぁちゃん、今頃どうしてるかな(゜∀゜)?あのかわいそうな男の子、血祭りになってないといいけど!」
血祭り、の言葉に真子の血がさぁーっと引いた。それに気づいた愛矢はいっそう朗らかに笑った。
「まさかねー(≧∀≦)!がぁちゃん、すっごく優しいからそんなことしないよー!大丈夫大丈夫(´∀`)」
真子もあははははーと力なく笑って肩を落とした。確実に山崎は地獄を見ているはずだ。
「あ、じゃあ、あなたも」
「愛矢くんだよー(゜∀゜)」
「あ、愛矢くんも、GAと同じなの?」
「そうー(゜∀゜)でもね、僕はちょっと特別なの、えへへー(´∀`)」
愛矢はすっと立ち上がると弓矢を構える仕草をして見せた。すると、弓と矢があるべきはずのところがキラキラと輝いた。
「僕ねー、さっきまこりんが言ったみたいに、キューピッドさんなのー(゜∀゜)」
「そうなの?」
「そう(・∀・)!ハートを狙い打っちゃうんだよー、いいでしょー(´∀`)」
「じゃあ、好きな人に・・・」
そこまで言いかけたところで、真子の脳裏にさっき見た山崎の切羽詰った表情がよぎった。
「まこりん?」
真子は何もいわずに土手に三角座りをして、ひざの間に顔をうずめた。自然とため息がこぼれる。
「まこりん、怖かった?」
「うん・・・でも大丈夫」
真子の隣に愛矢も腰を下ろすと、小さなぷくぷくした手で真子のひざをぽんぽんと叩いた。
「大丈夫だよー、まこりん(´∀`)」
「・・・山崎君、どうしてあんな事」
途方にくれた顔で宙を見つめる真子に、一瞬面食らって、その後、愛矢は笑い出した。
「まこりん、わからないー?」
「だって、私とめぐみんは友達でしょう?そう説明したのに。それに好きだったら、どうしてこんな嫌われるような事するの?」
「そうだよねー(´∀`)そのとおり」
愛矢は頭をこつん、と真子の肩に乗せた。ふわふわの髪の毛が真子の頬をくすぐる。
「確かに山崎っちの行動は行き過ぎだったよねー(´ω`) まこりんびっくりだよね(・ω・) でもね、時々どうにもならなくなっちゃうのも、好きっていう気持ちなんだよー」
「・・・アタシはいやだな、そんなの。自分のコントロールがなくなっちゃうみたいで」
「だからこうやって、よいしょよいしょって、間違えて練習していくもんだと思うよー(・∀・)」
愛矢はまたえへへへへーと笑った。
「大丈夫、大丈夫(´∀`)」
「愛矢くんが私のガーディアンだったら、いっぱい練習できたのにな」
真子はそう言って瞳を閉じ、愛矢のふわふわの頭に今度は自分の頭をこつん、と軽く合わせた。
と、そこに山崎の地獄行脚の水先案内を終えたGAが戻ってきたのだが、偶然聞いてしまった真子の発言に頭に宇宙から隕石が命中したような激痛を感じた。
「そんな・・・・ご無体な、お嬢様・・・・」
あまりの衝撃にGAはだんだんと薄くなっていき、ついには消えてしまった。
「一人フェイド・アウト・・・・・・結構いろんなことできるのね、アナタ」
ふ、と薄く笑ってしまったがために、このあと、バロンも地獄を見ることになるのだった。
「あ、そうだ、愛矢くん」
「なぁに〜、まこりん(・∀・)?」
「愛矢くんは何をしに下に来たの?」
「あ、僕ねぇ、お手伝いに来たんだよ」
「G・・・がぁちゃんの?」
「うううーん、コレは特別(・∀・) 別料金が発生しまーす」
「え、そうなの?!」
「うそでーす(´∀`)」
愛矢はケラケラと笑った。
「僕はねーぇ、人間の男の子を助けるのー。この辺にいるんだよ、確か」
ぷくぷくした手が真子の頭を優しく起こすと、愛矢は自分の頭を抜いて立ち上がった。
「なんかねー、もうすぐ来るような気がする。僕ねー、そういうのわかるんだよ〜(・∀・)」
鼻をくんくんくん、とさせて辺りを神妙な顔で愛矢は見渡した。空の群青はもうずいぶん濃くなってきていた。
「あ!キター!!」
愛矢が両手で土手の上の道の一方向を指差したので、真子も立ち上がって、そこに目を凝らした。その間に、先ほどの衝撃から立ち直ったGAが、ふわ、と現れた。
「お嬢様」
「あ、GA。もう学校は終わったの?」
「ええ、とっくに。愛矢にはもうお会いになったのですね」
「うん、助けてもらったわ。ありがとう。今は愛矢くんのご主人様を待ってるの」
「ああ、それでしたら」
薄暗くなり始めた道を歩く人の輪郭がだんだんはっきりとしてきた。すると、その人影はぶんぶんぶん、と手を振った。
「おーいっ、真子ちゃーん、GAさーん!」
真子の既視感がまたぶりかえってきた。
(そうだ、コレだ!)
「愛矢が下に来た目的は、めぐみんに仕えるためです」
「ですー(´∀`)ねぇー、がぁちゃん(゜∀゜)」