story:6 人になりたかった人間
ティアモ。
どうしてしまったんだい?
そう問いかけても、返事はない。
何の物音もないのが、不安をあおる。
「ティアモ……一体どうしたんだい……」
――返事はない。
ねえ、ティアモ。
君は今、どんな気持ちでそこにいるの?
何か言ってくれないと――僕は分からないよ……。
「来ないでって……言ったノに……」
まだ少し、流暢ではない言葉の音が聞こえて、僕は少し安心する。
「ティアモ……何があったの……? 昨日のうちに、何が――何を知ったの?」
「私、いらナイ子なんでしょ……?」
「ティアモ――話し合おう」
「――――分かった……」
部屋から出てきたティアモは、目がひどく赤く、涙が落ちた後がとてもあった。
その涙を見て――胸が痛くなる。
君はどうしてそんなに泣いているのか、僕は知りたい。
「じゃあティアモ……何があったの?」
「ティアモ……知った。いっぱい。デモ――知りすぎた」
そう言って、立ち上がり、書庫から一つの辞書をとってきた。
それは――機械の全てが載った本だった。
僕はそれで――察しがついた。
ティアモは、本を指を指しながら、言ってくる。
「ネエ……私は、いらない子……?」
「そんなことない」
「でもアナタは――私を何度も直そうとシタ……私が壊れているカラ……私が――イレギュラーだから。ロボットらしくないから」
「違う」
「ネエ、私――何で生まれてきたの……?」
「――――。ティアモ」
僕は言う。
「君は、それでいい。君がロボットでもいいんだ」
「デモ、私は――私がキライになりそう……」
ティアモが指を動かす。
動かした先は――ロボットの定義について載っているところだった。
ロボットとは――機械。道具。
ティアモは――怖いのだろう。
道具の意味を知って。いつか捨てられると思っているのだろう。
「ティアモ」
僕はティアモに笑いかける。わざとでもない、自然と出た笑顔。
僕は質問を投げかける。
「君は――何になりたい?」
「ワタシハ――人になりたい」
「――――。うん。大丈夫。君はもう人間だ」
「?」
今までのことを忘れてしまったかのように泣きながら首をかしげるティアモ。
「ねえティアモ。誰かを笑い飛ばさなきゃ自分を許せないようなくだらない人間のこと、君はどう思う?」
「――」
ティアモは真剣に考えて。
「何か――イヤだ……」
「ねえティアモ。自分を――許してあげられる?」
「――できない」
「そう。君はもう、人間だ。僕だって、今までがあって、今があって、それでも自分を許せない」
暗い過去があり、今がある。
でもね、と前置きして。
「ティアモ。君がいてくれること。それで僕は、自分を許せるような気がするんだ」
君がいてくれることが、僕には嬉しすぎて。自分さえも許せてしまう気がする。
「デモ……やっぱりできない」
「じゃあティアモ。人間の共通言語って何だと思う?」
「? ――数字……?」
「違う。――気持ちさ。気持ちがあれば、誰とでも仲良くなれるし、誰でも傷つけることさえできる。気持ちは数字じゃ表せない」
「それを私はホシイ……」
「もう持ってる。ティアモはもう持っている」
僕が知っている。君は捨てられることを拒んだ。
君自身の意思で。
「イレギュラー……確かにそうかもしれない。君も僕も。もしかしたら人間全員。君は初め、僕を見て――泣いていた。僕は覚えている」
君が、悲しそうな顔をしていたこと。
「それをなんて言うか――君は、分かるかい?」
「――分からない……」
「それを――気持ちっていうんだと思うな」
「――。そういうコト……かぁ」
ティアモを見て、笑顔になった。
いつかの涙も消えて、嬉しそうに本を見て。
いや、自分の姿を想像して。
「それに君は――僕達よりもよっぽど人間だ」
「エ?」
「君は知ろうとしている。僕たち人間を。僕たちは――何も知ろうとしない。知らない。君はロボット。確かにそうかもしれない。だけど、人間を知らない人間よりは――知ろうとしている君の方がよっぽど人間らしい。君の方が――本物に近い」
「知ろうと――している……」
ティアモは、忘れないようにその言葉を、宝物のように繰り返していた。
「さあ! 人なら、朝に挨拶をしなければ!」
とうに忘れていた。
誰もいなかった私の近くにいる君に。
最大の親愛を込めて。
この言葉を贈ろう。
「――おはよう。ティアモ」
ティアモは――少し考えて、いや、思い出すような仕草をして。
「おはよう! ――――――――!」
――調べて、くれたのか……?
僕の名前を君は。
書庫に入った時、その本が一番下にあったのは――偶然なんかじゃなかったんだ。
君は――覚えててくれた。
そして知ってくれた。
僕の名前を。
思わず抱きしめてしまった。
君は苦しいというかもしれない。
でも――今だけは、こうさせてほしい。
君は――やっぱり人間だ。
優しい、優しい人間だ。