story:5 過去を見て君を見ていた
――。
朝が来た。
今日は夢を見なかった。
あの夢はつい昨日。
続きを描こうとした。
だからなのだろうか。
いざ見なくなってしまうと、なんだか少し物悲しい気持ちがこみ上げる。
ティアモも、夢を見ているのだろうか。
どんな夢を見ているのだろうか。
――そこに僕はいるのだろうか。
ティアモはどこだろう?
同じ部屋にいたはずだ。
もしかして――。
そうかもしれないと僕は体が勝手に動いていた。
書庫へと向かう。
――やっぱり。
そこにティアモはいた。
本と向き合っていて、目をつむっている少女がいた。
可愛らしくよだれも垂らして。
昔を思い出してしまう。
まだこの手が、何か握れているときに握りしめていたはずのものが、いつの間にか離れていたことに気付いた日を思い出してしまって。
少し目じりが熱くなる。
ダメだな、僕は。
ティアモの前では、過去しか考えていない。
ティアモは未来に向かっているというのに。
さあ、ティアモを起こしてやらなければ。
「ティアモ。朝だよ」
肩を持って揺らしてやる。髪が揺れる。綺麗に、鮮明に。
この部屋から見えるはずのない太陽が差しているかのように、白い髪が揺れる。
起こしながら公表するのもあれなのだが、ティアモは――ある一人の女性をモチーフにしている。
理由は、僕の人生に大きく関わっているからだ。
その人がいなければ僕は――ここにいなかったかもしれない。
今その人がいたなら――ティアモはいなかったかもしれない。そんな複雑な関係。
そして何より――その人のおかげで、僕はティアモを知った。
小さなころの夢、手を握ってくれている人の顔は――分からなかった。
そうしてその人と出会って――僕は、ティアモの顔を知った。
その顔は――その人にとても似ていた。
だが、ティアモはこれでいい。これがティアモだ。その人に似ていても。
この愛らしさが、この愛らしさは――ティアモのものだ。
さあ、そろそろ起きてもいいと思うが……。
「ティアモ……?」
――それに気付くのが、遅かった。
隠れた目から、涙が流れて。
その目がゆっくりと開いて。
こちらを一瞥して――その目は恐怖に染まった。
「ティ、アモ……?」
僕が言葉を重ねるごとに、ティアモの恐怖が色濃く、強くなって。
ティアモが――言った。
「イや……――来ないデ……」
「――――――」
僕には分からなかった。何が起こったのか。
何を言われたのか。
「来ないで……」
そう言ったっきり、ティアモは寝室へと向かって、鍵の閉まる音がした。
書庫には――ただ、ティアモの発した流暢な言葉の余韻だけが、残っていた。
何やら不穏な空気……。