魑魅魍魎が笑う世界
やっぱり長期連載の方向で頑張ろうと思います。亀更新になりそうですが……とほほ。
ドスン。と、オリエッタの体重よりも重量のある大剣が地面に到着するや否や地鳴りを起こす。
そんな物を軽々と肩に担ぎ、オリエッタはテオフィールの遺体を確認しに行った。感情が高ぶっていて声をあげたのがよろしく無かったのだろう。彼女が想定したよりも、ずっと軽い一撃になり真っ二つになるはずだったテオフィールの体が未だ繋がっているのだ。
まだ生きていれば同じ得物でとどめを刺すつもりだが、
「……」
――チラリと。担いでいるソレの先端を見て、オリエッタは顔をしかめた。
チリチリと、淡い光と共に大剣の形がいつ崩れてもおかしくない状態になっていたためだ。
そんな矢先、
「やったか!?」
(敵が生きてる)フラグを立てたアホが居た。
「貴方って、お馬鹿はあああああ!」
「どわぁあああああああ!?」
幅のある剣の側面でアホもといエドガーの頭を叩けば、当然ながら彼の頭蓋は砕けた。そして案の定――
「いやはや、本気で一瞬死んだかと思いましたよ……」
――二度と聞きたくなかった声が、二人の耳に入った。
「ちょっともう! エドガーが変なフラグ立てたせいですよ! 責任とってあれの息の根今すぐ止めてらっしゃい!」
「全部俺のせいにすんのは可笑しいだろ! そもそも千載一遇のチャンス逃したのお前じゃん!」
ギャーギャー喚き合うオリエッタとエドガーだが、パンパンという手を叩く音に言い合いを止める。
「全く、躾のなっていない犬のようにギャンギャン喚くんじゃありませんよ……ゴホッ」
テオフィールは吐血する。と言っても実際に深手を負い、血を吐いているのはリーンの体だが。
「もう少し平気かと思いましたが……やはりダメですね」
彼は己が使っている体の患部にゆっくりと手を持って行き確信した。
オリエッタの脳裏で、嫌な予感の警報が鳴る。そもそも今生きている時点で嫌な予感どころか嫌な展開なのだが、響く警報音はけたたましく、『もっともっと悪い事が起こるぞ』と彼女を脅かす。
そして、
「ふむ。こちらの体は少々窮屈ですが、まあ一時凌ぎには丁度良いでしょう」
予感は当たる。
声はリーンのものでは無く、エドガーからだ。
「憑依能力の魔眼……何という凡庸な」
リーンの取り乱し様を目の当たりにした時から、オリエッタの推測した彼の魔眼の能力は、その一つに絞られていた。
スウ……と。テオフィールに向ける視線が、無意識に冷気を帯びる。
そんな彼女の反応に、意外にもテオフィールは「確かに……」などと微笑を浮かべて同意した。
「三文小説にも書かれてしまうような凡庸な能力の魔眼です。しかし、使い勝手は非常に良い。――――制限時間付きのキミの能力とは違って」
内心で彼女は舌打ちした。そりゃ少し観察力が高い者なら気付いて当然だろう。
「これで、この少年の不死の体とギャンブル魔法の知識も得られる――ふっ、ふはははは! 嗚呼ゾクゾクしますね、未知を既知に変える瞬間は!」
笑うテオフィールの向かいで、オリエッタは自身の欠点を今一度思い浮かべる。『処刑人タル万物』の欠点。
一つの物を処刑拷問器具に変化させていられるのは短時間。一度変化させた武器を元に戻すと、再び同じ武器に変化させるには一定時間の間を要する。一国を滅ぼした化け物と恐れられる存在には、不自然な致命傷。
だが、
「それが今、何だと言うのでしょう?」
オリエッタは不敵に笑っていた。
そして、テオフィールにでは無く、その体の本来の持ち主に話しかけたのだ。
「いつまでその変態に弄ばせているんですか?」
いい加減にしなさいと、オリエッタは微笑む。一方で、テオフィールは彼女が何を言っているのか分からなかった。故に「何をふざけた事を……」と言おうとして、
……魔眼の能力により得られる憑依された者の知識が自分へ流れ込まない事と、口が自分の思い通りに動かなくなった事に、初めて気がついた。
「ちょっとくらい休憩したって良いだろ、別に」
その発言はテオフィールでは無く、エドガーのもの。
――何故だ。
自分の意思とは無関係な言葉を放った口に、疑問を抱く。
何故、この少年が動く? 思考する?
またギャンブル魔法がいつの間にか使われていた?
まさか……どういう使い方をすれば――
「わ……たじ、の……能力を――」
無効化できる?
エドガーが、「あ?」と首を傾げた。発言が同じ口からされているため、事情を知らないものが見たら不自然極まりない光景だ。
「そりゃお前が、――――自分の能力を信じ切ってるからだよ」
刹那、テオフィールは直感で己の意識もとい魂をエドガーから切り離し、オリエッタへ向かおうとした。
彼が憑依出来るのは、例のドワーフ製の剣で傷をつけた者だけだ。足に傷を負ったオリエッタも、当然ながら対象となる。
――なる、はずだった。
「は……?」
人の精神を支配し、その者の経験や知識を吸収し、使っている体が死ねば魂を移し替えて乗っ取る。今までそれを繰り返してきた。失敗? 有り得なかった。
しかし、オリエッタ・アンフェールというイレギュラーが、ここに登場する。
「無策のまま貴方と対峙するほど、愚かだと思わないでください」
自信に満ちた笑みをオリエッタは浮かべた瞬間、エドガーが素早く右手を服の中に突っ込んだ。
オリエッタとの会話が、次はエドガーの脳裏に流れて行く。
自分が役に立つと言い切り、彼はオリエッタに教えた。自分の魔法の秘密を。そして二人は考えた。この男の抹殺方法ついて。
『彼はやはり憑依系だと思うのですよ。でも完全に魂に取り憑いて支配するのには時間がかかるのだと思います』
「幽霊みたいだな」
「ありえません言語道断です幽霊なんて認めません」
「息継ぎ無し、しかも早口で言い切った!?」
目を剥くエドガーに、彼女はコホンと小さく咳払いする。
「というわけでエドガー、もし私が失敗したら貴方の出番です。不死身の体に奴を取り憑かせて肉体を死なせるのです!」
「お前さ、死なないってわかった途端に俺の事殺しすぎじゃね」
どうなの人として、いや精霊として?
と、渋い表情を浮かべる少年とは対照的に、オリエッタは自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「私が思うにですね、魂が離れるのは肉体が死ぬ直前のはずなのです。完全に死んじゃったら、離脱と次の憑依先を指定する思考すら働きませんからね!」
「おい、人の話聞けよ」
「というわけで、貴方の体が完全に死ぬまで、貴方は彼をその体から絶対に出さない事。簡単でしょ?」
「意味が分からん」
ズバッとエドガーが言い切れば、オリエッタは呆れたように肩を竦めた。
「貴方の魔法でパパっと捕まえとけって事ですよ。出来るでしょ? あ、もしかして相手の力の原理とか分かってなきゃ駄目ですか?」
「いや、今回は大丈夫だと思うけど」
「ではやりましょう! 当たって砕けましょう!」
「つーかお前が第一作戦しくじらなければ良いだけだよな?」
そして――、
「いい加減、くだらねぇ夢から覚めろ。この死に損ないが……!」
彼自身が体に小さな紙を貼り付けるのと同時に、銃弾が五発、目や鼻も巻き添えにして脳を撃ち抜いた。
テオフィールはすぐに自分が移ることの可能な体、土の中に潜らせていた蟲の化け物へ向かおうとする。しかし、オリエッタの時と同様――否、それよりも強固にエドガーの体へ縛り付けられた。
くそ……ッ! 次から次へとどうなって――
思考の完全停止に全身全霊で恐怖を覚える。
同時に、彼はやっとエドガーの使っていた魔法がギャンブル魔法では無いと実感した。ならば、使われていた魔法は何なのか? 思い当たったものが、一つだけあった。
固有魔法――稀に発現する特殊能力のようなものだ。
魔力には性質が存在する。『攻撃魔法を全て打ち砕く』性質、『あらゆる治癒を可能とする』性質などなど。誰一人として同じ性質を持つ者は居ないと言われているが、それを的確に判断する術は今この世界に存在しない。何故なら魔力の性質は、魂の最奥にある神秘の領域に鎮座しているからだ。それ故に性質を自覚し、発揮して魔法を行使する者など皆無に等しい。そもそも、たとえ稀有な性質を秘めていても魂の最奥地だからか、外にぶっ放した魔法には、ほとんどその性質が反映されないのだ。だから、自覚や発揮をしなくともマイナスでは無い。
しかし、稀に魂の領域から性質が飛び出していれば話は別。
『固有魔法』というとんでもないプラスになる。
エドガーの性質であり、固有魔法は『人や物事の前提を覆す』というものだった。
テオフィールの前提であり敗因は、あまりにも過信した憑依の魔眼。
復讐のためにと与えられたそれで、今まで成した所業は数知れず。
幾人もの人生を蔑ろにし、食い物にした事もあれば気紛れに助けた事もあった。
そういえば……。と、視界の隅に転がる獣人の少女へと意識が向いて…………完全にテオフィールは事切れた。
泡沫の思考の先で彼が最期に見たものは、とある国の姫君に殺されかけていた小さなリーンを助けたという……何処か優しい景色だった。
「「「ギュキャアアアアアーーーーッ!!」」」
醜く、おぞましい奇声。
土の中に潜んでいた蛇と蟲の間のような化け物達の声だ。テオフィール・フリングドルフの死と同時に土から飛び出した彼等の体は、鳴くだけ鳴いた直後に、ベチャリと地面に叩きつけられ潰れた。
「うわ……だいぶ腐ってます~。主従契約好きですねあの男。悪魔入りの死骸だったみたいですよこのキチョイの……」
ツンツンと。三十センチほどの木の枝で、オリエッタが化け物の死骸を突きだしたのは十、数分後の事だった。もう片方の手は、シッカリと鼻孔を塞ぐために使っている。
「ああ、契約者が死んだから冥界に帰ったんだな」
傷が塞がったエドガーが彼女の隣に来る。
ツンツンツンツンツンツン…………。
蟲の死骸で遊ぶという子供ゆえ(?)の残酷な所業にて不自然な沈黙を貫く二人だったが、エドガーがそれを破った。
「…………ところでさぁ」
「なんですか」
オリエッタの声には、エドガーが何を言いたいのか分かっているというオーラが滲み出ている。
そもそも二人が不自然に黙り込んだのは、
「お前、リーンの死体、始末した?」
「貴方がしたのでは、無いのですね……」
少し離れていたとはいえ、見える位置にあったはずのリーンの体が、何処にも無かったからだった。
***
暗い森の奥深く、深く、深く、深く入ると、そこには大木がある。妖精や精霊の棲み処であるその木は、人間を決して寄せ付けず、獣人やエルフにとっては格好の休憩所だ。その木の虚の中で、リーンは体を休めていた。
血まみれだったドレスと肌に、怪我はもう一ミリたりとも見当たらない。
「ふぅ…………なかなか、迫真の演技だったニャ」
貝のように閉じていた瞼をゆっくりと開いたリーンは、欠伸をしてからピクピクと獣の耳を動かす。そして、ボロボロのドレスのスカートから緑色に光る長方形の石を取り出し、口元へ持って行った。
「こちらリーン……対象は固有魔法持ちと接触。それと、テオフィールが死にましたニャ」
数秒して、
〔アー、アー……テステステスこちらマイクのテスト中~。リーンちゃん聞こえてるかしら?〕
石の中から、小鳥のような美しい声が聞こえてくると、リーンは「ニャ……」と返事をする。
〔テオ君が死ぬのは全然オーケーよ。ぶっちゃけ生きててもキモさと痛々しさしか無い人だったし〕
「そうなるよう仕組んだ張本人のくせに、えげつない事をサラリと…………」
リーンは若干引いた。
〔それよりも、貴女が生きてるという事は、認識阻害はうまくいったようね?〕
「うん……皆、私が死んだって思いこんでたニャ――――馬鹿ばっかりで助かった」
蠱惑的な笑みを浮かべ、チロリと小さな舌で唇を舐める彼女は、片手に細い杖を持っていた。
〔私の娘を馬鹿呼ばわりしないで。その発明品が凄いだけ、あの子に非は無いわ〕
リーンの顔に『自慢かよ』と言う文字が見えたのは、決して錯覚では無いだろう。
彼女の持っている棒は、五感による認識はもちろんの事、記憶や気配すら他者に誤認させられる優れ物だ。
これによって、オリエッタとエドガー、そしてテオフィールまでもが完全に欺かれたのである。
彼女が身体を弛緩させていると。
「この魔道具、いつ返しに行けば良いですニャ?」
〔もうしばらく持っててちょうだい。尾行に使えるでしょう〕
「了解」
そのまま通信を切ろうとするリーンだったが、「待って」と思い出したように通話の相手が彼女の動きを止める。
〔貴女が誰の狗なのか、改めて確認させて?〕
「……何でニャ?」
〔懐いてたご主人が死んじゃったんだもの。貴女が咬み犬……猫? になってないか、ちょっと不安なの〕
「テオフィールに恩はあるけど、……それ以上の何かは無いニャ」
果たしてそれが真実なのか。
リーンの表情は普段通りだ。ただし、いろいろな感情が混じり麻痺したのか、それとも逆に平均値で調和してしまったのか区別がつかないほど……どことなく哀しげに。
だが、リーンのその表情はたった三秒にも満たない一瞬だった。彼女は静かに息を吐き出すと、相手の質問に答えた。
「――――リーンは、ソニアの狗ニャ」
裏切り者の獣は、怪物に気に入られている。
物珍しさや見目の良さ、また気紛れなどでは無い。白いキャンバスの一面を納得いかない色で塗り潰し、見て見ぬ振りが十八番の愚かさから。
リーンちゃん、生かそうかこのまま仏さんにしとこうか、最後の最後まで悩みました。しかし此処で二人も殺しちゃって、敵の脇役キャラとはいえ登場人物数が多くなっていくと、後々書いてる側も読んでる側も混乱するかと思い、生存させることにしました。死んでいたらリーンとテオフィールのエピソードをちょろっと入れる予定でした。ちなみに彼女を苛めていたお姫様は勿論、国名だけ始めの方で出てたお姫様です。
さて、次回はエドガーとオリエッタの契約内容のお話の予定です。あくまで予定ですからまだ確定はしていません。
それでは、今回はここで失礼します。