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希望=遅刻魔

サブタイトルのネーミングが壊滅している……やばいです。


 およそ十分前。まだオリエッタが牢に居た頃。


「ところで此処、どこですか?」

「フリュングと、ヴィラルテン(※隣町)の間……あ」

「教えてくれてありがとうございます」


 オリエッタは、上級魔術師らしく魔法で敵を蹴散らし牢から出た。




***




 魔眼は魂に宿る物で、目に浮かぶ紋章は指紋と同様、決して誰かと同じ物が存在することは無い。その事から、オリエッタは二つの仮説を立てる事が出来た。

 一つは、テオフィールの魔眼の能力が契約を結んだ他者の体に魂を移すものだった。もう一つは、逆にリーンの方が魔眼の所有者で能力の詳細はさて置き、契約している者に魔力回路を通して一時的に貸し与える事が可能だった。

 ちなみに二人が何らかの契約魔術で繋がっていた事はもう決定的に明らかだ。


 しかし、もうどっちだっていい。オリエッタにとって一番の問題は、自分の目の前で自分が親しくしていた人を殺されたという事実なのだから。


 音も無ければ時間も無かった。一瞬目を離した訳でも瞬きをした訳でも無い。だが、リーンの前方に居たはずのオリエッタの姿は、背後に回っていた。


 ――魔術反応は無し。純粋な身体能力のみ……正にバケモノ……。


 鉄の音が響く。

 オリエッタがいつの間にか手にした柄の長い鎚で殴り、リーンがふわふわと広がるドレスの裾から引き抜いた剣で、ソレを防いだのだ。


「聞いてた通り」


 チロリと舌なめずりしたリーン。ほぼ同時に、鎚の口に罅が入ったのをオリエッタは目聡く見つけてしまった。離脱……という手段は右真横と左斜め後ろから、残っていた魔獣が跳びかかって来ている事によって封殺……


「邪魔ですゴミ共!!」


 ――されてはいなかった。オリエッタが初級魔術師であるならばいざ知らず、上級ともなれば手や指で方角・範囲指定せず周囲の魔獣を粗方爆散させる魔法くらい知っている。

 そうして難無く魔獣二匹を始末するかたわら、もうあまり長持ちしない鎚を消してオリエッタは後ろへ下がった。思わずリーンの剣をマジマジ見ざるを得ない。オリエッタの武器は特殊で、例えミスリルを使っている武器であっても壊れないはずなのだ。もしいとも容易く壊れるとするならば、


「ドワーフが作った物、ですね。今じゃ西の大陸の一国でしか手に入らない物を……よくもまぁ買えましたね」

「買ったんじゃ無い。適当に有ったの……貰った」

「ふーん……ああ、アリムサールの王族に近付いた時ですか。あの国、昔はドワーフの集落が転々とあったはずですからね」


 オリエッタは気丈に振舞おうとしているが、内心で大量に冷や汗をかいている。

 それも仕方がないだろう。数少ない弱点の中でもトップスリーに入る嫌な物を持って来られたのだから。


 ドワーフによる特殊製法の武器。それはオリエッタのアドバンテージを一つ潰すだけでは飽き足らない。彼等の製作した武器には意思があり、使い手に危機が迫れば勝手に魔法を繰り出して来たり、使用者の体を操ってその者の技量以上の事をさせるのだ。要は、その武器の達人でもある魔術師が味方に付いているのと同じ事。

 オリエッタは天敵を一人ではなく二人、普段の半分しか実力を発揮出来ないと言うのに、相手にしなければならないのだ。


 それに加えて単純に武器自体の質が最高ランクだ。仮に特殊能力が付与されていなかったとしても、魔法による対応だけで頑張るなら刃こぼれさせる事すら少々難しい。


「いったい、何処で私の弱点を知ったのですか?」


 オリエッタが疑問をそのまま口にする。当然ながら、自分の弱点を吹聴して歩き回る馬鹿は居ない。そしてオリエッタは、自分の弱点を知っていたがそれを体感する経験は無く、またその事を知る者は国による徹底的な禁句の魔術によって外部に漏らせなかった。その上、オリエッタ達が国を滅ぼす前に全員挙って虐殺されている。つまり、オリエッタが何かヘマをして外部の誰かに弱点を勘付かせる事も無ければ、誰かの口から外部に漏れる事もあり得ないのだ。


 ――残ってる五人(お友達)のうちの誰かの裏切り……は、一番無いですしね。


 様々な可能性を頭の隅で思索中のオリエッタだが、


 ヒュンッ!


「――っと、答えてはくれないんですね!」


 今は戦闘中だという事を忘れてはいけない。

 獣人の身体能力を以ってすれば『動きにくい』の代名詞のようなドレスも羽根同然らしい。弾丸のように跳躍してきたリーンによって振り下ろされた剣を左に避ける。すると、剣が当たった床の絨毯から、黒い稲妻がオリエッタの手首まで伸び、巻き付いた。


「ひゃっ!」


 稲妻の巻き付いた手首に、信じられないような重力がかかったと感じたオリエッタは、そこから絨毯の上に崩れ落ちる。そうなると、コップの水が容量を超えて溢れ出るかの如く、重力が体中へと浸透した。


「無様だにゃ……」


 どうにか顔を上げようとした時、鋭い殺気を感じたオリエッタは無意識と言ってもいい速度で重たい体を横へ転がせる。

 彼女の勘は当たっていたらしく、ちょうど頭があった場所を剣が勢いよく貫いた。


 その剣はリーンがドレスから出したものとは別、二本目の彼女の得物だ。目の前に細い柱を作るそれが、光の加減によっては色が赤から紫までの七色に見えて、不覚にも美しいと思ってしまった事がオリエッタは腹立たしい。

 とかなんとか思っていれば、重力が更に増した。


「まさか、能力を封じただけでここまでなんて…………拍子抜けニャ」


 『能力』――魔法も魔眼も錬金術も存在するこの世界において、その響きに特異性は感じられない。しかし、それがこの世界にたった六人しかいない人口精霊達に向けられれば別だ。魔法も魔眼も錬金術も、使用するにあたり必ず魔力や対価が要求される。

 だが、彼女達の能力は些細な条件や制限こそあれど要求される外部からのエネルギーが無い、永久機関と言って差し支えの無い物だ。


「カウン・シャルフリヒター……」


 名付けたのが誰だったかはオリエッタすらもう思い出せないが、リーンが口ずさんだのはオリエッタの能力名だ。

 『処刑人タル万物カウン・シャルフリヒター』。それは、オリエッタの肌が触れているありとあらゆる万物を彼女が処刑器具・拷問器具とみなす武器に変えられる能力だった。


「本当、に……どこまで……私の事を知っているん、でしょうね……?」


 重力のせいで呼吸すらままならなくなってきたオリエッタの台詞は、変な場所で区切れる。


「教えてやる義理、無いニャ」


 グサリ、と。稲妻が巻き付いている方の手の甲に美しい方の剣が刺さり血が流れ出す。その瞬間、オリエッタを中心にして絨毯が閃光を放った。三重の円環が多くのルーンを刻み、使用者の魔力だけでは無く空気中からも吸収する魔力で魔術式を編纂していくそれは、


「従属魔法の……契約陣」


 オリエッタの目に入ったのはたったの一部だが、それが何なのか分かると顔色が青くなる。契約魔術は、かけられる方がかける方より魔術師としてのレベルが高ければ抵抗できるというのが常識だ。オリエッタとリーンならば、魔術師としてのレベルははっきりと分からないけれども、獣人という種族が人間や人口精霊よりも魔法適正が低いため、オリエッタの方が本来抵抗できる。だが、今は拙かった。体が弱っていると、契約魔術の常識は簡単に打ち破られるのだ。


「あと少し。少し……これで……これでやっと、わたしは――」

「その声……っ」

「……あれ? 今、なんて言ったかニャ?」


 オリエッタは「え?」と、何とも言えない表情でリーンを見た。

 今、確かにリーンの口から――否、喉から、少女から出た物とは思えない男の声が出たのだ。だが、その直後に自分が口ずさんだ言葉を忘れているリーンの混乱している表情は、演技によるものでは無い。

 それどころか、リーンは左右それぞれに持っている二本の剣から手を放し、その手は頭を抱え始めたのである。


「な……何これ?」


 混乱が焦りとなる。


「こんなの、知らない。……誰ニャ? 何ニャ?」


 そして焦りは――、


「嫌だ、怖いっ、怖いっ、嫌だこの光景っ! 見せないでっ!! イヤアァァアアアアア――――!!」


 恐怖となった。

 叫ぶリーンの精神状態が不安定なのは火を見るより明らかだ。となれば、契約魔法の術式の完成が遅れる事もまた必然。

 好機だと、オリエッタは自分の持つ知識の戸棚を次々に開ける。手首の稲妻をどうにか消すための方法を見つけるべく。


 今、私の身動きを封じている重力の原因は絶対にコレ。雷魔法……? いえ、彼女は拘束魔法に長けていたからそっちでしょうか?


 たかが十歳の少女の知識と馬鹿にしてはいけない。オリエッタの魔術知識は、その最高峰に君臨していた国の王族付き教育者(プロ中のプロ)仕込みだ。しかも、彼女達にその教師を付けた者が「七歳で大人いらないくらい叩き込め」という鬼スパルタを推奨したため、魔術関連だけでなく語学や数学その他諸々の知識も一部を除きだいたい豊富である。


 分かりました。やっぱり雷魔法です。呪文は『雲の蛇さん焼き殺されて真っ逆さま』……? 古い感じの呪文ですね。でもこれなら初歩的に解けます!


 そして、上級魔術師に達する際も大いに役立ったその知識が、今また彼女を助ける。

 呼吸がしづらいとか、声が出しづらいとか、あと一瞬の事だからと、自分の体に『頑張れ』と言い聞かせて。


「『雲の蛇さん海に落ち、水蒸気になりまた空へ』!」


 古い呪文はお話、もしくは詞の一文のようなものが多く、たいがい良い事か悪い事のどちらかを言っている。そういった呪文は、良い事には悪い事、悪い事には良い事が続くよう唱え返せば無効化出来るのだ。


「やった消え――あぐっ!?」


 手首の黒い稲妻が消え、剣はまだ刺さっているが上半身を微かに動かしたオリエッタは、再び絨毯に叩きつけられた。

 再び、今までよりも増して重力がかかった故に。


「な……何で? ……っ!」


 肺が潰れそうで、大きな赤い瞳が涙で溢れかえる。


「リーンの魔法の影響じゃ無いからに決まっているでしょう」


 再び、もう聞こえるはずの無い男の声が頭上からかけられた。先ほど、確かに眉間を打ち抜き殺したはずのテオフィールの声だ。


「わたしの二つ名を知っているでしょう? キミが、その可愛らしい口で言った事なんですから」


 『医師伯(サー=メディクス)』。それは、彼がまだ犯罪者となる前に、大陸中の人間を救ったと言っても過言では無い偉大な功績から付けられた二つ名だ。


 十数年前、ある病が大陸全体を阿鼻叫喚の地獄へと変えた。潜伏期間は無く、感染した者はまず酷い熱と嘔吐に襲わる。五日後には体中に謎の五芒星のできものが形成され、その翌日には体が溶け出し、最終的にはできものだけ寝台に残し空気中に蒸発するのである。耳にするだけでも気分が悪くなるその病を、人々は『星形病』と呼んだ。死者の数は、半年せずにおよそ三千二百五〇万人。大陸の実に四分の一に当たる。


 だが、そこでピタリと病は止まった。根絶されたかのように――否、根絶されたのだ。テオフィール・フリングドルフの開発した新薬によって。

 テオフィールがその薬を開発出来たのは、残留思念を読み取る稀有な魔法の才と毒魔法の才によるものだ。触れた生き物の状態を読み取り、即座に分析し、患者に必要な毒――薬を精製するという緻密・精密・細緻のトンデモ三重奏である。しかし彼は、それをたったの一週間でやってのけた。「やり始めればたった一週間で薬作れるくせに、それまで何やってた!!」という非難が飛び交う事を避けるため、新薬完成までの期間は公表しなかったけれども。


 さて、此処でそろそろテオフィールがオリエッタに何をしたのか開示したい。

 簡単な話だ。城跡でオリエッタに触れた時、彼女の状態を読み取り、即座に分析した。どんな過去があり、何に弱いのか。そして彼女に必要な毒を精製し、怪我の治療の際に体内に入れたのである。

 つまり、今オリエッタが感じているのは魔法による重力では無い。黒い稲妻の魔法が引き金になるような毒で、体のありとあらゆる場所が圧迫されているのだ。


「安心してください。殺しはしません。……が、はぁ。リーンはやはり駄目な子です。ペースアップしましょうか」


 グリィ!! と、昨夜の腿と同じようにオリエッタの手の甲に刺さっている剣を回転させるテオフィール。しかしその直後、


「えっ!? 私、いつの間にまた剣……変ニャ……私の体、私の言う事聞いてニャ!」


 余裕に満ちたテオフィールの声から、また混乱状態のリーンの物に戻る。だが、オリエッタはそれを気にしていられる状態では無かった。

 契約の魔法陣が、赤色に染まってきたからだ。魔法陣の変色は、完成までの最終段階に入った事を意味する。


「い、や……」


 このままでは契約に縛られ、従属(或いは隷属)させられる。何をさせられるかなど考えたく無いが、ロクでも無い事は確かだろう。

 絶望のあまり、とうとう震えたような声をオリエッタは発した。




「このロリコン野郎!! お前にやるくらいなら俺が貰うわ!!」




 またしても、聞こえるはずの無い声が、オリエッタの鼓膜に入る。声変りをとうに終えた男性の声では無い。まだまだ高い少年の声だ。


「えど、がー……?」


 あまりにも信じられない光景で、オリエッタは思考が停止しかける。そして容赦なくリーンをブン殴り、手の剣を抜いてオリエッタを抱き上げたエドガーは、自分の指を噛んでオリエッタの唇にその血を垂らした。


「んっ……!?」

「オリエッタ! お前アイツとの契約と、俺との契約、どっちを選ぶ!?」

「へ!? えっと……いえそれより死んでませんでしたか貴方!? あれ? もう重くない……?」

「どっち選ぶかすぐ決めろッ!」


 あまりの剣幕で「はひぃ!?」という奇声を上げるオリエッタは混乱の極みに立ちながら、


「じゃ、じゃあエドガーで!!」


 脳がうまく物事を処理出来ず言ってしまったのだった。


 魔法陣が赤から青へと変わり一層まばゆく光ったのは、その一秒後。


 流石に二話一緒はきつかったです。

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