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油断した結果



 城内の一角に設けられた門を閉じられた庭。

 そこがオリエッタと、彼女が友人と称する五人の人口精霊達の住まいだった。その庭には四季というものが無く、あらゆる花が咲き乱れる。

 しかし、オリエッタは花より空を見るのが好きだった。囲いが無く、何処までも続く蒼に焦がれていた。


「エッタちゃんは、此処から出たいの?」


 若葉色の髪の友人にある時尋ねられたオリエッタは、キョトンとした表情で逆に問い返した事がある 。


「リアちゃんは、出たいと思った事が無いのですか?」

「んー……、ずっと此処に居たいとは思わないけど、すぐに出たいとも思わないなぁ。水準高めの衣食住が保障されてるし」

「なるほど~」


 それでも……。オリエッタは空を見上げる事を止めなかった。


 人口精霊達は皆、前世の記憶が有る。魔法は無く、その代わりに科学が発展した世界の記憶だ。だがそれは、決まって幸せとは縁遠いものだった。

 だからオリエッタは決心が付かなかったのだ。越えようと思えば、楽々飛び越えられる壁に囲まれた庭園の外に、幸せがあるとは思えなくて。




***




 オリエッタは牢屋の中で目覚めた。

 昨夜、余計とは思わないが自分の正体をばらしたテオフィールにそのまま拉致されたのだ。近くにエドガーが居ないか探してみる。が、違う牢屋に入れられているのか見当たらない。

 立ち上がろうとすると、太腿が痛んだ。服の裾を持ち上げて確認すると、一応は手当てされた事を意味する包帯に、ジワリと赤いシミが滲んでいる。


 トコトコトコトコ……キイィ……。


「ッ!」

「ニャッ!?」


 足音、そして鉄格子の戸が開く音にオリエッタは素早く反応した。

 太腿の痛みなど何のその。目にも留まらぬ速さで跳び、牢屋に入ってきた者の脳天目掛けて踵落としを繰り出したのだ。


 これが普通の人間であれば確実に頭蓋を割られ、カビ臭い石畳にめり込まされていた事だろう。だが、相手が悪かった。俊敏さにかけて獣人の中でもトップクラスの猫族であるリーンだったからだ。紙一重で避けられ、心臓をバクバク鳴らしている生きたリーンを確認したオリエッタは思わず唾を吐きたくなったが、品が無いので睨むに留めた。


 牢戸が開いて誰か入って来た瞬間に脱出作戦、失敗です。


「い……いい今のは、いくら何でも酷いニャ」

「当たってないんだから良いじゃありませんか…………ッ!?」


 傷口の痛みが再び襲いかかり、オリエッタはぺたんと座り込む。その様を見て、リーンは呆れた表情を浮かべざるを得なかった。


「無理しないでニャ。……ご主人様は、貴女を隷属させる気だから……使い物にならなくなったら、困るニャ」

「ああ~、やけに私の事詳しいし生け捕りに拘るので薄々感づいてましたけど、やっぱりですかぁ」


 小さな頭痛の種を植えられたオリエッタは、黒い天井を仰ぎながらエドガーの事を訪ねた。返ってきたのは、生きてはいるがあまり良い扱いを受けていないという応え。


「たぶん……数時間くらいしたら、バラされて何かの材料にされる……かもニャ?」

「貴方のご主人、噂に違わずクズですね」

「…………」

「ジッと見つめて、どうしたんですか?」


 リーンが見つめてくる事を、オリエッタは訝しんだ。主人をクズ呼ばわりされて怒っているのかとも一瞬思ったが、それにしては落ち着いているというか、妙にぼんやりした空気を纏っている。ファーストコンタクトこそ過激であったが、普段のペースはどうも遅いと気付かされたオリエッタは、やりづらさを覚えた。どうにも友人の一人とキャラが被るものだから、今なら簡単に息の根を止められるはずなのに躊躇わざるを得ない。


「怒るかと……思ってたから」

「は? ……怒る?」

「大事な旅の仲間じゃ、……ないのかニャ?」


 何処からそんな話がわいて来たのかオリエッタは不思議に思ったが、きっとエドガーが危険を顧みず助けに来た事からそう思われたのだろうと推測する。


「彼はたぶんこの世の地獄を見まくり&味わいまくりの至れり尽くせりだったはずですから、ブッ殺される一歩手前くらいで助ければ問題ないでしょう」


 リーンには、今が正に『ブッ殺される一歩手前』に思えるのだが、容赦という枷が外れてマジギレされるのは避けたいので黙っている事にした。


「ところで、どうしてあの男は私を隷属させようとしてるんです?」

「…………」


 一瞬無反応になったリーンの表情から、『そういえば何でかな?』という人の話をよく聞いていない子オーラが見受けられる。

 あ、こりゃダメだ。とオリエッタは話を変えようと思ったが、「……単純に強いからじゃないのかニャ?」という応えがリーンから返って来た。


「え、そういうタイプですか? 最強目指して最終的に世界征服が目標なんですか?」

「…………そう言われると、違うニャ」


 コテンと首を傾げているリーンに、オリエッタはため息を吐くしかなかった。


「せめて方向性が分かればねぇ。隷属はお断りですけど協力ぐらいはしますのに」

「ご主人様、……神様創りたがってるニャ」

「かみィ?」


 何それ美味しいの? とでも言わんばかりの間抜け面になったオリエッタを見て、リーンは「神」ともう一度告げた。


「……目には目を、歯には歯を。神に復讐するには神を――前に、そんな事言ってた」


 オリエッタは呆れた。声も出ないほどに呆れてしばらく間を置いて、


「はぁあ~~~~」


 盛大に、またため息を吐いた。




***




「別にわたし、子供を殺して愉しむ趣味は無いんですよ」

「散々、魔獣に囓らせてから言う台詞じゃ……無ェな」


 清々しい朝の香りが優しい風に運ばれてくる。

 穏やかなテラスのテーブルにて、サンドウィッチ、スクランブルエッグにカリカリベーコン。そしてサラダとデザート。それら全てを食し、優雅に食後のコーヒーを飲むテオフィールは、まさしく貴族の紳士と言えよう。

 そのすぐ側で、血塗れのエドガーが手足を拘束されて転がっていなければ。


「可愛くなかったですか? わたしは目に入れても痛くないほど可愛がっていますが」


 屋敷の中から、飢えに従順で貪欲な目が八つ光っている。

 人の手を生やす蛇。

 土竜の体に豚の顔、しかし耳はツンと長い兎のそれ。

 殊の外エドガーの気を引いたのは、獅子のような鬣を持つ牛と狼の頭がある、一つの体に二つの頭を持つものだ。


 自然には決して出来上がらない――肉食草食関係なく混ぜられた三匹の魔獣の中でも異形の者達。だが、どの魔獣にも共通している事がある。鋭い牙と爪を持ち、エドガーを獲物として認識している事だ。


「実は何も見えてねぇだろお前?」


 傷口めがけてポットの熱いコーヒーがかけられた。


「ツッ……!! ~~ッ」


 声を発せずに悶えるエドガーをテオフィールは冷たく見据える。彼の特殊な目は、エドガーのボロい衣服から覗く肌。正確には一つ一つの細胞は勿論のこと、魔力回路の状態まで全て見透かしていた。

 その結果、彼がエドガーに対して思った事が二つ。


 ――さぞ、平凡な世界では生きにくかっただろう。そして何と妬ましい。


 沸々と、嫌な感情が煮え滾る。それはどうしようもない――世界の理不尽さに対するものだ。しかし、その矛先はエドガーへと向けられる。だって、本当ならば何処にもぶつけるべきで無いものだから。今ぶつけて、壊してしまっても構わないものが、彼だけだから。


「がっ!?ぅぐぁッ!!」


 鼻を潰され、腹を踏まれ、激痛が何度も何度も彼の脳を駆けてゆく。

 その一方、エドガーの苦しむ表情を網膜に焼き付けるテオフィールの思考は支離滅裂なものへ変わっていった。


 何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故ッ!!


 テオフィールには受け入れ難い現実がある。

 それは大抵の人であれば当然起こり得るだろう出来事だ。

 だが、彼の目の前には今その現実を覆す異常が起こっている。

 何故、それがこの少年に常時与えられているのか。

 何故、自分にとって大切な人には必要な時与えられなかったのか。


 世界とは理不尽である。

 偶然とは悲劇である。


 だからテオフィールは欲した。

 傲慢で愚の骨頂たる権限を。


「ほどほどにしませんか」


 鈴の音のような少女の声に、エドガーの首をへし折らんと上げたテオフィールの足が止まる。


 何処だ? 何処から声は聞こえて来ている?


 前後左右上。全てくまなく見渡すが、ミルクティー色も赤色も見えない。

 しかし、彼は一つだけ見ていない場所があると気付く。

 真下――白い大理石にテラスの床しかない筈の場所 。澄んだ音と共に、そこが水面の如く波紋を描けば、血達磨になって転がる少年の頭から少しだけ上の床から少女が這い出て来た。


「何だその移動術ッ!」


 ズダンッ!


 言葉が崩れ、明らかに動揺したテオフィール目掛けて出て来たオリエッタの銃が火を噴く。よって、武器は全て奪ったと記憶していた彼の脳裏を駆けたのが、疑問では無く痛みであるのは必然だろう。

 オリエッタは、すかさず肩から血を飛び散らせたテオフィールの腹に蹴りを入れる。すると後ろへ尻餅をつくように無駄に高かった身長を低くした彼の額へ、銃口を突き付けた。


「……っ、リーンが……裏切りました、か」

「いいえ。自力で来ました」


 本日二度目の銃声が鳴った。


「まだご存命で!?」


 冷たい気配はどこへやら。クルリと焦った表情を浮かべ駆け寄ってくるオリエッタ。

 そんな彼女を普通の顔で眺められる事に、エドガーは疑問を持つ。たった今、人を殺した少女だというのにどうして自分は嫌悪も恐怖も抱かないのだろう? たくさんの死は見た事があれど、何の負の感情も抱かない――否、むしろ安心している自分が居る。……そこまで肝が据わった性格だったろうか? と。


「すぐに傷を治しますね」


 エドガーの手足を縛っていた荒縄を解くべく、光で作られた小さなナイフがオリエッタの手に握られている。


「……魔法、使えないんじゃ……?」

「此処はフリュングの外だそうです」


 無駄な所作無く彼の拘束を解くと、今度はナイフを消して淡い色の魔法陣を手の平に浮かべるオリエッタ。だがその瞬間、生き物の黒い影がミルクティー色の頭を覆った。


「ッ!?」

「くそっ!」


 ドンッと、オリエッタは飛ばされ転がされる。

 誰が? 一人しかいない。動かせない筈の体に鞭を打ったエドガーしか。


「ぁ……はぇ……?」


 首。腕。腹。脹脛。その四カ所に牙を立てられただけでは済まず、体中に毒の含まれた爪がエドガーに食い込む様をオリエッタは唖然と見ていたが、


 グシャグシャニチャッブツン


 唖然としすぎて機能しなかった脳が生々しい音を鮮明に処理し、無慈悲に紅が舞った途端の事だ。


 ――死んだ。

 その三文字が、腑抜けた彼女を呼び戻した。


「エドガーぁああ!!」


 的は小さいが距離の関係で一番急所を狙い易かった蛇の頭を撃ち抜くと、残りの二匹が飢えの中に警戒心を見せて跳ぶように後退する。

 再びオリエッタが駆け寄ると、そこに有ったのは心臓も呼吸も止まり、瞳孔の開ききった屍だ。




「やっぱり。野蛮な獣は使えない、ニャ……ふあぁ」




 眠たそうな声。ピコピコと髪と同じ焦げ茶色の猫耳を動かしながら、此処へオリエッタ達を拉致して来たもう一人の存在が姿を現す。

 しかし、彼女のその有様は今までとまるで違った。主人を失ったから、では説明がつかない変化だ。


 昨夜も今朝も変わっていなかった白い前合わせの衣装が、淡いブルーとサーモンピンクの質の良いドレスに変わっており、完全に貴族の娘に見えるようになっている事。

 緑色の美しかった瞳が無くなり、昨夜テオフィールの両目にあった紫に青白い紋章を刻む魔眼が両目に嵌っている事。


「――まぁ、目当ての方は生きてるし……晩御飯に木の根っこくらいあげても良いかもにゃ」


 頭が二つある魔獣の狼の方を撫で、リーンは妖艶に頬を緩めた。



 あれ? オリエッタの過去エピソード要らなかったかも!?

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