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オリエッタ・アンフェール

本当は昨日の夜に書けてましたが、睡魔に負けて投稿敵わずでした。


 懐かしい。

 少女の頭がこの世界で初めて動いた時、どういうわけか、そんな感覚の中で意識が浮上した。

 ポコポコと耳の近くがくすぐったくて、薄く開いた瞼の向こうが酷くボヤけていた事を、彼女は生涯忘れないだろう。


 あれ? これ、どういう状況だろう。私、水の中に居る?


 ピーッ


「がっ……――――!? !?」


 耳障りな甲高い音の直後、少女を包んでいた温かな液体が無くなった。


 あっ……、ダメ! 嫌っ、死んじゃう! 苦しい、空気に潰される!


 これでもかというほど開いた目に熱を感じると、丸く縮こまっていた体の頭のてっぺんから足元まで、緑色の光の線が通り抜けて行く。すると少女を苦しめていた重圧が抜けて行き、パニック状態が収まった。

 ペタリと素肌が透明なガラス質に付くと、大きな呼吸を繰り返して少女は生きている事を実感する。どうやら自分は、今までプカプカ浮かんでいたようだとなんとなく把握した頃、耳にまた『ピー』っという音が否応無しに入り込んでくる。


【最終テスト終了。個体番号001番――名称オリエッタ。ロック解除。起動開始】


 その直後にガコンと、少女ーー否、オリエッタを包んでいたガラス質の透明な丸っぽい容器の一部が開いた。

 そして、力が入らない体を見ず知らずの白衣の女に抱きかかえられる。


「まあ可愛い!」

「ルビーみたいに綺麗な赤い目ね」

「長生きしてくれるといいなぁ」

「早速、陛下に御報告を!」

「楽しみだわぁ。どんな能力を使えるのかしら?」


 集まって来た人や人の頭に獣の耳がついた生き物達は皆、オリエッタを抱えている女と同じ白衣を着ていた。唐突に囲まれて目を皿のように丸くしているオリエッタに、彼女を抱えている女がクスリと微笑む。


「皆、あまり詰め寄っては駄目よ。オリエッタが吃驚しているわ。エフィはすぐに魔力鑑定機の準備を。アリシアはタオルと着替えを準備してちょうだい。他の皆はいつも通りの作業に戻ってね。私はその間にこの子をお風呂に入れちゃうから」


 周囲にテキパキと指示を出したのは、オリエッタを抱きかかえた女だ。オリエッタは彼女の髪が短いので最初は男だと思ったが、声や雰囲気からすぐに違うと判断する。


「もう分かっているでしょうけれど、あなたの名はオリエッタよ。少し窮屈な生活になるでしょうけれど、今日からよろしくね」


 妙に知恵があり、自分が異端である事は分かれども、この世界について何も分からないオリエッタ。彼女は、コクコクと頷くしかなかった。




***




 フリュングの中央部には、小さな山がある。数十年前はフリュングの象徴と呼ぶべき城がその頂上にそびえ立っていた。しかし、今となっては巨大なチェスボードのような大理石の床を『城跡』と称し残すのみ。

 そこに、若い紳士が一人立っていた。後ろで一つに纏めた金髪が、微かに砂の匂いの混じった風で揺れる。


 ふと、蒼銀の大きな月を見上げていた紳士は背後を振り返った。生き物の気配を感じたからだ。案の定、そこにはミルクティー色の髪を二つに結っている少女を担ぐ猫の獣人がポツンと佇んでいた。


「お届けモノですニャ」

「リーン、ご苦労様です」


 眠そうな目の色が、月明かりに反射してエメラルドグリーンの輝きを放つ。安直だがその色から付けられたらしい名を持つ少女に、紳士はフワリと整った顔立ちに穏やかな笑みを浮かべた。


「どうにか一人目ですね……」


 紳士はリーンの元へ歩み寄り、その場に横たえられたオリエッタの頬をスルリと撫た。


「え? まだ……居ますのニャ?」

「ええ、彼女を含め六人……おや、始めに言っていませんでした?」

「『断罪姫(トリビュナル)』――オリエッタ・アンフェールの捕獲。……依頼の紙にはそれだけでしたニャ」


 根が真面目なのか、やってる事が犯罪行為なのはさて置いて、仕事の内容を把握していなかった事にリーンはしゅんと耳を垂れさせる。


「落ち込む必要はありませんよ。むしろキミは、今回己を誇るべきです。六人の姫の中で、最も常軌を逸した怪物を生け捕りにしたのですから」


 ちょうど紳士がリーンの頭を撫でようと手を乗せた瞬間、


「どぉりゃあああぁぁああああああ――――!!」


 二人の前、オリエッタが横たえられている場所の一歩前を、喧しい子供が猛スピードで半円を描き通過していった。オリエッタの前に来た瞬間が孤の頂点となるようにし、そこを通過する一瞬でオリエッタを掻っ攫うという暴挙を冒して。


「ふむ。……いつの間にか床全体に薄く氷が張られていますね。わたしに気づかれず魔法を使うとは、なかなか」


 大理石の床をコツコツと杖で叩く紳士は至って冷静だが、リーンはオロオロしていた。オリエッタを抱えて城跡のスケートリンクから勢いのまま飛んでいき、城跡の周囲、或いは山の斜面を覆う木々の中へ消えた子供ことエドガーをどうすべきか分からなくて。


「呑気に、分析してて……良いんですニャ?」

「追うのはキミの仕事でしょう。それくらい自分で判断しなさい」

「あ、はい」


 紳士の言葉はもっともだが、つい今しがたまでとは打って変わった極寒のような雰囲気に内心で戸惑うリーン。跳躍して森の中へ飛び込む際、人間よりもはるかに優れた獣耳が「使えない」という小さな声を拾った時、彼女は悔しげに下唇を噛み締めた。




***




「貴方…………私を殺す気ですか?」

「助けたのに汚物を見る目!?」


 片手でモミの木に引っかかっているエドガーは、片方の腕に抱いているオリエッタの第一声に目を見張った。木に引っかかった際の衝撃で意識を取り戻したオリエッタは呆れてため息を吐く。


「決死覚悟の特攻作戦じゃ無いんですよ? 救出作戦において退路を確保せず敵に突撃するとか馬鹿でしょう?」

「だって確保してる暇無かったし……」

「抱えるくらいならその場で一発叩き起こしてくれれば、瞬殺出来ました」


 エドガーの腕が疲れないよう治癒魔法をかけてやりながら、オリエッタは簡潔に説明した。


 其の一。獣人は通常、全五感が人間の十倍も優れているため、追跡されたらただの人間の子供が逃げ切るなど絶望的。

 其の二。城跡は町中とは別とみなされるため、資格の無い上級魔術師も魔法が使える。

 其の三。お前臭い、風呂に入れ。


「お分りいただけました?」


ニコッと上品な笑みを浮かべるオリエッタ。


「『其の三』! 俺に対するただの苦情じゃねーかッ、腕離すぞ!」

「フッ、それ困るの貴方だけですからー! 私、別にこの高さ余裕で着地できますからね!」


 エドガーはハッ! とした。

 そうだった。このチビ、さっき俺の襟首掴んで窓から飛び出したり屋根上ピョンピョン跳ねてた! ……と。


「離したいならどうぞお好きに。モタモタ此処を一人で降りられるなら」

「ぅぐっ」

「もし件の獣人娘がキレてたらヤバイですよ~。私はまた生け捕りでしょうけど、貴方は絶対に八つ裂きにされますよぉ。文字通りの意味で」

「ぐ……っ」


 無駄なハイスペックさに何も返せないエドガーに、勝ち誇った雰囲気を隠す事ない彼女は「でも」と、彼の肩口に額をくっつけて顔を隠す。


「……………………助けてくれて、ありがとう」


 ズキュンッ……!


 エドガーは首をかしげる。胸部から変な音がしたけれど、此処ってそんな音する場所だったっけ? などと。

 まだ無自覚だが、孫に甘い爺様の如くチョロい少年である。


「さて、では降りますよ」

「お……おぅ」


 スタッと。オリエッタがエドガーを抱える形で先に地面に足をつけた時だった。闇の中から迫った見覚えのある光を、紅い瞳が捉えたのは。


「何度も同じ手食らうもんですかッ」


 ガン! と、硬い音が脳を駆け抜けるやいなやエドガーはコンマ〇.一秒前の珍事に口を開けて固まる。魔術要素など皆無。知性も皆無。ただの力任せ。つまり何があったかと言えば、回し蹴りという暴挙をもってしてオリエッタは光を跳ね返したのだ。ちなみに、その際スカートが翻りエドガーの目にしっかりと甘めで乙女らしい下着が映ったが、今言えば確実に命は無いと判断し、全神経を駆使して‘‘自分は何も見ていない’’という顔や雰囲気を彼は作った。


 一方、オリエッタにより跳ね返された光は再び闇の中へと消えて行く。次いで「ニャッ!」という悲鳴が上がった直後の事だ。


 パチパチパチパチパチ……。


 ゆっくりゆっくりと、木の葉や枝に覆われた土の地面を踏みしめ近づく足音に、拍手を乗せた紳士が姿を現した。


「流石ですね。『怪物の母御(エキドナ)』――ソニア・イルシオンが『失敗作』と酷評し、処分しようとした理由がやはり分りません」


 オリエッタは微かに眉を動かし、紳士を観察する。

 通常の人間より夜目の利く彼女の目には、仕立ての良い紺のコートとシルクハット。金の髪と、シルクハットの影から覗く紫眼の中の青白い紋章が映った。


 ……って紋章!? 魔眼!


 ギュオッ!


「ッ!!」

「うわっ!?」


 オリエッタが紳士のソレに気付いた瞬間、光が彼女とエドガーを一纏めに拘束する。


「リーン、良いタイミングでしたよ」

「お役に……立てたようで何より、ですニャ」


 光の拘束具の勢いに負け、横たわる形になったオリエッタとエドガー。

 エドガーは「くっそ!」と拘束具を忌々しく睨んでいるが、そんな二人を尻目に今度こそリーンの頭を撫でた紳士の横顔を見て、オリエッタはある人物の情報を思い出した。


「誰かと思えば」


 ふふふ、と。小さく笑うオリエッタに紳士とリーンは勿論の事、エドガーも不審な目を向ける。


北の糞ったれな小国(アリムサール王国)の姫に手ぇ出して叩き出された脳ミソ下半身……あ、失敬。『医師伯(サー=メディクス)』――テオフィール・フリングドルフでしたか」


 紳士改めテオフィールは無表情になり、リーンはオリエッタを睨む。そしてエドガーは「お前、この状況でよく相手の汚点を言えるよな」と、乾いた笑みを浮かべていた。


「黙ってニャ、『断罪姫(トリビュナル)』。お前だって――」

「リーン、そこから先はわたしが言うべきです」


 一歩前に出たテオフィールは、この時貼り付けたような笑みだった。所作も表情も非常に紳士らしい。だが、次の行動は紳士とは程遠い……外道であった。

 杖の上部がスッと抜け、白銀の刀身がオリエッタの腿を地面に縫い留めたのである。

 彼が持っていた杖は、いわゆる仕込み杖だったのだ。


「……っく、ゥ」


 それは、そのままグリッと刃を回転させられたオリエッタの苦痛に満ちた声だった。


「ガキが。貴女に比べれば、わたしなど可愛いものですよ」


 刺されるだけなら耐えられたが、回転させられた挙句に腿を裂くように下へ進む刃に、とうとうオリエッタは甲高い呻き声を上げた。


「ははは! なかなかイイ声じゃありませんか。家畜と比べればですが」

「テメェッ! いい加減にしろ‼︎」

「おや? キミはこんな怪物に発情出来る変わり種ですか?」


 想定外の返しに思わず「はっ……!? 何でそんな話になるんだよッ」と突っ込んだエドガーを、オリエッタが苦痛に歪んだままの表情で見ようとする。


「つーかコイツが怪物? 馬鹿も休み休み言え! コイツは、ちょっと魔術が出来ていきがってるだけの、腹の底に暗黒物質溜まらせてるただのチビだ!」


 ――全部済んだら挽き肉にしてやる。


 心の中で静かに誓うオリエッタ。しかしそれを聞いたテオフィールの急な笑い声によって、その誓いはすぐ胸の奥底に潜り込む。


「ハハハハハハハハハッ! 無知とは実に恐ろしい物だ! アリムサールの馬鹿女といい勝負ですよキミぃ!」


 青筋を浮かべているエドガーを兎に角笑い飛ばしながら、テオフィールはオリエッタの顔へ刃先を向けて告げた。


「この小娘は、最悪の錬金術師の遺産。かつてブラーディナ王国の闇の頂点に君臨していた六人の人口精霊(ホムンクルス)の一人。『断罪姫(トリビュナル)』のオリエッタ・アンフェール。かの魔法大国を滅ぼした『フラスコ姫』の一人ですよ」


おかしなところや気になった箇所ございましたらご指摘下さると嬉しいです。『ごめんなさい。ワザとそうしているんです』という箇所でなければ、出来る限りお答えや修正をいたします。

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