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少年と少女の交渉

 乙女ゲームの方を先に投稿できると思ったのですが、朝風呂入ってたらこっちのアイディアの方が浮かびました。


 悪漢に襲われていた女性を助けたまでは良いものの、次の標的にされてケツがピンチだったエドガーを観察し、見苦しい物を見る前に退散しようかと思ったオリエッタは気が付いた。


 自分をつけている連中の撃退に付き合ってもらうのに、ちょうど良い奴だ。と。


 条件一。初級の魔法使い。

 条件二。一緒に町中うろついても誰も奇異の目で見ない同い年くらい。

 条件三。後先考えず正義感のみで突っ走る馬鹿っぽいので簡単に頼み聞いてくれそう。


 オリエッタは、ほぼ脊髄反射でローブの内側に手を突っ込み、他所の世界ではスタングレネードと呼ばれる物をブン投げた。




***




「私はオリエッタと申します。ちょっと貴方にお願いがあって助けたんですけどぉ……助けない方が被害が少なかったかもですね。今私が恩着せがましく何かお願いして聞いてくださいますか? 小さな正義の味方さん♪」


 そして、現在に至る。

 此処は、オリエッタがフリュングで滞在している宿の一室だ。外観は三階建てのボロイ魔女の家だが、中は花やリボンの壁紙が非常に可愛らしい女性向けの宿である。


「嫌だ。テメェでどうにかしろ」


 オリエッタに『胡散臭い』という印象を受けたエドガーの断り。

 それに対し、オリエッタは笑顔のまま固まった。こんなにハッキリと、内容すら言っていないのに断られるとは思わなかったからだ。


「だいたいな、あんなの助けてもらった内に入るか! 自分でも言ってたじゃねぇか。『助けない方が被害が少なかったかも』って。全くその通りだ。俺あの時目は見えねーし、耳鳴りは酷いしで大変だったんだぞ」

「じゃあ、これだけ出すのはどうでしょう?」


 オリエッタが真剣な表情で五本の指をピシっと立てた手を見せる。


「楕円銅貨5?」

「……」

「銅貨5……銀貨5?」

「銀貨50枚」


粒銅貨一枚=1テルク (1テルク=10円)

楕円銅貨一枚=10テルク

銅貨一枚=100テルク

銀貨一枚=500テルク

金貨一枚=100000テルク


 ちなみにこの世界、まともな職に就いている人間の一月の稼ぎは銀貨20枚すなわち10万円程度だ。

 つまり銀貨50枚は、けっこう心がぐらつくお値段である。


「ううぅぅ」

「ふっふっふ~。さぁさ、どうしますか?」


 エドガーがベッドの布団を頭まですっぽり被って己の金欲と戦っている様を、オリエッタはニヤニヤ眺めていた。だが、そんな楽しい時間は、赤みのかかった木製のドアがノックされる音により一時中断となる。


「はいはーい」


 扉を開けると、そこに居たのは町を守る憲兵の二人組だった。

 憲兵さんのお世話になる心当たりが有りまくりなオリエッタの背筋を、冷たい汗が走った事は言うまでも無いだろう。


「あれ? 違うな。女の子だ」

「え?」

「ああ、ごめんね。いきなり訳が分かんなかったよね。実はおじさん達、町に不法侵入した十歳前後の男の子を探してたんだよ」


 彼等の口から告げられたのは、彼女と全く関係の無い話だった。ばれない様に安堵の息を吐く。……と、そこで『あれ?』と眉をやや動かした。


「それってもしかして、黒髪で貧相な格好の男の子ですか?」

「お嬢ちゃん、知ってるのかい?」

「裏路地で荒くれ者共のオモチャにされてました」


  憲兵達は、真っ青な顔でオリエッタから(デタラメな)裏路地の場所を聞き出してその場を後にする。そうして面倒な大人二人を見事に追い払った彼女は、シッカリと戸締りをしてからニンマリと唇で弧を描いた。


「ヘイ、そこでダンゴムシになってる殿方(笑)!」


 ビクッ! と、布団が大きく跳ねたのを確認すれば、オリエッタは腹から笑いたい気持ちを堪えるのが大変だった。


「もし私の頼みを効かないというのであれば……①憲兵さん達に尻を掘られた哀れな被害者として差し出され社会的抹殺。②超絶美少女に狼藉働いた罪を被って豚箱入り社会的抹殺。③下着ドロの容疑をかけられて社会的抹殺。……どれか好きなのを選ばせてあげます」

「最低だなお前。つーか②とか無ぇだろ、そんな谷も山も無いチビの体に誰が興味持つか」


 ゴリっと、エドガーの顎に無骨な銃口が突きつけられる。


「同じ台詞、あと一回だけ言わせてあげます」

「貴女様の望みなら何でも聞きましょう。俺はイヌです。ワンワン」


 その後オリエッタが事情を話す間、銃口は彼の顎を真下からブチ抜く気満々で添えられっ放しだった。


「つまり、お前の後つけてる連中始末する時に一緒にいろって事?」

「そうですね。あ、勿論貴方の身の安全は保証します。一瞬で終わりますから」

「じゃあそんな面倒な事しなくても……」


 夕暮れ色の濃い空をオリエッタが指差す。エドガーの目には、巨大な浮遊物が映った。

 それは一見、歯車が組み込まれた巨大なガラス細工の雪の結晶だ。

 殆どが濃縮させた魔力を詰め込んだただの硝子だが、透明度の高い天然魔水晶も含むそれは、夕陽がさしても目の眩むような反射は無く、淡く優しい光りに満ち溢れている。


「あれは、この国(シュタロ)が東西南北の国境に設置している結界の源です」

「知ってるよ、んな事」

「では、そう見せかけて実はこの町を監視するための記録魔道具だという事もご存知ですよね」

「は?」


 ニコっと笑っているオリエッタの言葉は、エドガーにとって初耳だった。


「マジ?」

「あら、ご存知ありませんでしたか。この町は意外と亜人が多いので、亜人差別が未だ根強いシュタロはクーデターを恐れているんですよ。なので街で起きた変わった出来事は、大方アレを通して騎士団や憲兵に筒抜けになってしまうのです」

「…………それさっきの光ったやつも筒抜けになってねーか?」

「大丈夫ですよぉ。アレが映っていても、私はシッカリと魔道具に映らないように移動を――」


 その時、ドアの向こうが騒がしくなった。これはもうお約束のパターンと言っても過言ではないだろう。自信に満ちた笑みのままオリエッタは固まり、エドガーは表情を引攣らせる。


「危険な魔道具を所持する少女と不法侵入の少年ッ! 早急に署まで来てもらうぞ!」

「うわーんッ!」

「ぐえっ!? おい首ッ、首しまってぅぐっ」


 バーンと蹴破るようにとが開けられ、立派な髭の憲兵さんが室内へ入るやいなや、オリエッタは荷物の入った斜め掛けカバンとエドガーの首根っこを掴み、窓から逃亡した。




***




「逃げても無駄じゃね? アレで丸見えなんだろ」


 宿からだいぶ離れた河原の土手の斜面に二人は座り込んでいた。そしてエドガーが宙に浮かぶ記録魔道具を指差すが、オリエッタは首を左右に振る。


「アレは悪化の日の晩と誕生の日の朝は、起動していないのです」

「お前やけに詳しいな。確か来たばっかの冒険者じゃなかったか?」

「いや貴方が疎いだけですから」


 あまりにも即答であったためカチンと来たエドガーだが、彼は故郷を離れた初心者である。オリエッタの言葉通り世間知らずで反論する術は無かった。


「つーか『悪化』と『生誕』って何だ?」

「貴方……今何歳ですか?」

「十」


 オリエッタは、大変な馬鹿者を見る目を彼に向けるしかなかった。


「いいですか、基本的にどの国も五日の平日と二日の休日つまり週七日制です」

「バカにしてんのか知っとるわ」

「じゃあ何で悪化の日と誕生の日が分からないんですかっ!」


 オリエッタの言い分はこうである。

 週の始まりは誕生の日。二日目は洗礼日。三日目は結婚の日。四日目は発病日。五日目は悪化の日。そして二日の休日は眠りの日と門出の日。


「お前、実はかなり遠い国から来ただろ」

「へ?」

「この辺りじゃ月火水木金土日だぞ」


 しばらく「……」と無言になったオリエッタは、次の瞬間ボッと赤くなった。それを見てエドガーの内心にからかってやりたい衝動が生まれるが、先にオリエッタが口を開いて彼に何も言わせまいとする。


「ちょ、ちょこっと知らなかっただけです! 私、昨日初めて此処来たばかりですから!」


 ブンブン手を振って言い訳し始める少女に、今更そういう事言うのかと呆れつつも、年相応の一面を見てエドガーは少し安心した。

 目の前に居る少女は同い歳くらいに見えて、その実かなり大人びた思考をしている。エドガーは、自分の基準を全て書き換えられて、バカにされた挙句に足蹴にされそうで卑屈な気持ちになりかけていたのだ。


「はうぅ、ところで今日の寝床はどうしましょうか?」


 上半身から脱力していきそうなオリエッタに対して、エドガーが「適当でいいじゃん」などとため息まじりに辺りを見回す。

 雨風がしのげればベッドが無かろうと肥溜めだろうと眠れる。というのがエドガーの考えで、寝床の水準がド底辺だ。


「アホなんですか?」

「あ゛?」

「この町の治安がそんなに良くない事は、昼間体験済みでしょう。あの続きをお望みならば止めませんがその場合、私は逃げます」


 うげっと顔を背けるエドガー。当然ながら、彼にそう言う趣味は無い。では、どうしようか? と真剣に考え始めた時だった。

 赤い小さな目が無数、十メートルほど先にある橋の下の暗闇から、自分達を窺っているのに気が付いた。


「ただのアランナの劣化種です。そんなビクビクしなくても大丈夫ですよぉ」

「何言ってんの? アランナって町中にはいない魔物だぞ」


 アランナは大きな蜘蛛型の魔物だ。劣化種だろうと何だろうと、町中では無く森の奥深くか暗い洞窟に生息しているのが普通である。更に、この魔物は初心者が狩るレベルの子犬型(コボルト)小鬼型(ゴブリン)とは違い、恐ろしい個体が存在するため、上級冒険者でも手を焼く場合があるのだ。

 それが五匹以上近くにいれば、ちょっとは慌てるべき事案だろう。


「何方かの服にくっついて来たんじゃないですか?」


 眠いのか欠伸を漏らすオリエッタの台詞に「最低でもコメルン(※スイカ)サイズの魔物が、自然にくっついて門潜れる訳ねーだろ!」というエドガーのツッコミが炸裂した。


「ああ、そうそう。門といえば、どうして不法侵入したんですか貴方?」


 一瞬前まで眠そうな声だったはずなのに、一変する。それどころか蜘蛛達よりも紅い瞳が微かに、危険な何か、或いは排除対象を見据えるように揺れている。

 エドガーは、唾を飲み込んだ後に嘘など吐けないと悟った。


「門のさ、犯罪歴調べる魔水晶あるじゃん。あれを使われたく無くて」

「犯罪歴をお持ちで?」

「――奴隷なんだよ、俺」


 思わず息を呑んだオリエッタは、エドガーをマジマジと観察した。確かに彼の服装は、ローブもズボンもシャツも、継ぎはぎだらけで薄い。靴だって木靴だ。しかし、その靴を履いているという現状。そしてその足にジャラジャラと鳴る鎖の付いた枷が無い事が、仮に本当に彼が奴隷であった場合、面倒な話に繋がる。


「元奴隷では無く、現在進行形で奴隷何ですか?」


 そっと、エドガーは右腕の袖を捲り、オリエッタに見せる。

 彼女の赤い目が映したのは、鹿の頭蓋骨を模した焼き印の痕。


 奴隷の焼き印は魔道具だ。どの国でも、奴隷が主人の下で稼いだ金で市民権を買うと綺麗に消えるようになっている。だが現実的に考えれば彼等が市民権を買える程払いの良い主人はいない。奴隷の給金は恐ろしい程の低賃金、下手をすればタダ働きである。だから彼等が逃げようとした時、焼き印は本領を発揮する。

 印を刻まれた者を焼き殺す魔法が発動するのだ。


「……これ、発動しなかったんですか?」

「俺の主人になった奴、魔法の知識くれる代わりに俺を捨てたんだよ」


 主人に捨てられた奴隷。それは、逃げ出そうとして死んだ者達より凄惨な未来が待っていると言えよう。どんな理由があっても、唯一金を与える事が許されている主人を奴隷側が変える事は出来ないのだ。つまり、一生市民権を得る事が叶わないという事だ。

 それに加えてもう一つ問題がある。


「この印、よく見たら細工がしてありますね」


 オリエッタが恐々と焼き印に触れた瞬間、「よく分かったな」とエドガーは苦笑を浮かべた。笑っている場合では無いだろうに。――と、オリエッタが小さく睨むけれど、彼はやっぱり同じ表情を浮かべている。


「奴隷契約……は無理ですから、使い魔契約ですか? 何らかの契約をしないと貴方、数日以内に死にますよ」

「知ってるさ」

「人間にこんなもの刻むなんて、悪趣味以外の何者でもありませんね」

「それもよく知ってる」


 ジッと、二人の視線が重なる。しばらくすると先に口を開いたのは、オリエッタだった。


「私はしませんよ契約魔法なんて。面倒なだけですもの」

「チッ」

「……でも、まあ」


 そっと、手の平で包むように焼き印に触れたオリエッタの手が淡く光る。その光景、そして触れられている右腕から伝わって来る感覚に、エドガーは目を見張った。


「魔法、町中じゃ使えないんじゃなかったのかよ?」

「癒し系の魔法だけは制限されていないんです。他は町の外に出るまで、体内の魔力回路をブツ切りにされててダメですけどね」

「ブツ……!? 上級魔術師も大変なんだな」


 目元をぴくぴく引き攣らせているエドガーを見て「ふふ」っと小さく笑ってから、オリエッタは手を放す。


「もう痛くありませんよね?」

「どんだけ色々お見通しなんだよ……」

「動くたびに痛みが走る仕込み(呪い)なんて、珍しくありませんから」


 クスクスとオリエッタが笑った直後、二人の顔の間を矢が通り過ぎた。


「なっ!?」


 エドガーが驚愕している間にオリエッタは俊敏に動く。まずは彼を勢いよく土手から落とし、自分から引き離した。刹那、小さな光が飛んできて、オリエッタの腹辺りに直撃する。土手にクレーターでも空ける勢いで押さえつけられたオリエッタは、猛禽類の爪で握り込んでいるかのように胴と腕を拘束されて気絶していた。


「ふぁあふ」


 浅い川に手足が浸かっているエドガーの耳に、ソプラノ声の誰かの欠伸が届く。

 音源は、銀色の月を背にして宙に浮き、緑色に光る何かを口の近くに持って来ていた。


「対象、確保しましたニャ。すぐにそちらへお届けしますニャ……ふぁ、眠い……」


 妙な語尾の音源は、成人したかその間際の十代中頃の少女だ。

 憲兵隊の新入りだろうかとほんの一瞬だけエドガーは身構えたが、少女のかっこうは憲兵の青い制服では無い。

 闇の中でもよく目立つ白色で、着物のような前合わせの衣装だが、下はドレスのようにふんわりと広がっているとても変わった衣装なのだ。


 憲兵に押しかけられて忘れそうになっていたが、『怪しい奴等につけられている』というオリエッタの状況を思い出したエドガーは、声を上げずにいられなかった。


「オリエッタを何処に連れてく気だよ!」

「……」

「無視すんな! つーかそいつ離せ! 連れてくな!」


 川から上がるエドガーは、水分を含み重たくなったローブをその辺りに捨てながら土手を登る。だが、オリエッタを肩に担いだ少女はそんなエドガーを一瞥するだけでヒュンッ! と、跳んだ。


「死にたくなかったら、今日の事は忘れるニャ」


 その声が聞こえたのは彼が背を向けていたアランナの居る橋の上。振り返ると、オリエッタを背負った少女が街灯や家の屋根を飛び越えて何処かへ向かう姿が見えた。


「忘れられるか誘拐犯!!」


 エドガーは、少女の影を見失わないよう必死に、夜の町を走った。


ありきたりな展開……。

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