哀れなバジリスク
今回は、全くオリエッタさんたちと絡まない人に視点を置いた部分があります。
「なるほど、私達を外へ出す事にこだわっていた理由は分かりました」
「こうなっちゃぁ、もう『時戻し』の効果範囲内から出る事は不可能だ。……もうちょっと早く分かってほしかったぜ」
「オリエッタさんオリエッタさん? もうちょっと慌てようぜ!?」
ため息を吐くだけのオリエッタと、煌々と空に光る魔法陣を交互に見ながら声を荒げるエドガー。オリエッタはそんな彼を「やかましい雑魚が」と、一言で黙らせた。ちなみに黙らされた方は、こめかみに青筋を浮かべて壮絶にオリエッタを睨んでいる。
「もう一つ疑問が有ります。存在を秘匿されている事はともかく、普通に考えて貴方がたを捨て駒にするなんて、少々損失が大きいと思うのですが?」
「それは――」
エドガーの顔色なんぞ一切気にしないオリエッタの問いかけにドナシファンが何か言いかけるが、その言葉は別の場所から遮られた。
遮ったのは、ラヴィだ。
「あーあ、とうとうやられちまったか。あんだけ注意したっつーのに、上はあのクソ魔女に牛耳られちまったんだな?」
「ラヴィ、彼女は魔女ではありませんよ!」
咎めるようにラヴィに言い放ったのはノエだ。が、ラヴィは挑発するような笑みを浮かべて言葉を続けた。
「ああ、そうだなぁ。英雄の末裔の血筋ってだけで聖女に祀り上げられた――馬鹿な事しかしでかさない売女だ」
「……ッ!!」
完全に頭に血が上ったらしいノエが魔法を展開しようとしたが、オリエッタが「ストップ!」と、止めにかかった。
『何だ今こっちは肉体言語で語り合いたくてたまらん』とでも言いたげにオリエッタを見たラヴィとノエだが、死ぬほど禍々しいオーラを放つ彼女に「ひっ」と、顔を青くする。
余談だが、今オリエッタは先程までと違い、脚を組んで座っていたりする……エドガーを四つん這いの体勢、つまりお馬さんにして。
「『時戻し』は殲滅魔法の中でも兎に角時間がかかる類です。この規模なら恐らくまだ四十分程かかるでしょうか。が、それよりも先に粉末になりたい方々がいらっしゃるようで……」
――『粉末になる』って何!?
ハッキリ言葉にされない分、恐ろしさがヒシヒシと全身に浸透した二人は無言で首を左右に振って大人しくなった。
「嬢ちゃん、どんだけ大物なんだアンタ……?」
一触即発するところだった二人はひたすら沈黙する事にしたため、恐る恐るだが声をかけたのはドナシファンだ。
「そんなどうでも良い事よりも、私達に分かるように説明プリーズです。ほら! エドガーなんて暇すぎて馬になる道を選びましたよ!」
オリエッタがビシッと下を指さした瞬間、エドガーは「違うわ!!」と咆えた。
「お前が変な魔法使って俺をこの体勢で固めてんじゃねーか!! さっきもたれ掛かってきた瞬間は、可愛いところがあると思ったのに!」
「盾にするには強度が足りないんですから、クッションの代わりくらい果たせって事です」
「俺ってば人として認識されていない!?」
今度はチビッ子がギャイギャイと喧嘩しだし、この中で唯一まともに話しができる大人であるドナシファンは、苦笑を浮かべざるをえなかった。
年相応なのかそうでないのか、理不尽なのか違うのか、複雑な気分で二人を鎮めた彼は、オリエッタ達が分かるように説明を始める事にした。
言うまでも無い事だろうが、オリエッタはエドガーの上から退いて芝生に座っており、エドガーはその隣に普通に座らされている。
「しつこいかもしれんが、俺等は能力がある割に機密性が高いから、組織の中じゃ無駄に地位が高く自由がきく特殊な部署だ。だから前から目の上のたん瘤という風に思われる事は多い。だがソレを上手く排除してくれる味方も当然ながら居た」
「……過去形ですか」
「どういうわけか、あまり……そう思いたく無いんだがな」
辛そうなドナシファンの表情に、オリエッタの目つきが少々険しくなるが、気付いている者は居ない。
「宮廷魔導士団が、そうだった」
「あ、もう分かりました。そこの蓑虫クソ野郎が言っていた『売女』とは、さっきの話に出て来たセリーヌ・ブランズですね」
「……そうだ」
ラヴィが一人、オッサン何話してんだ? という間抜け面になっているが、オリエッタは無視して芝生から立ち上がった。
「そういう事でしたか。じゃあ余計な疑問が消えたので、どの辺りでその魔導士団が術式展開してるのか教えてください」
「…………は?」
オリエッタが言い出した台詞に、ドナシファンだけでは無く、他三名も目を点にした。それを見て、オリエッタは「何か?」と眉根を寄せる。
「いや……セリーヌがどうしてこんな事やってるのか……とか、動機が気になったりは――」
「しません」
清々しいほどハッキリ告げたオリエッタに、彼等はもはや絶句する。
「さ、どこに居るんです。今回仕掛けて来た有象無象は?」
「『有象無象』!? 死んでもおかしくない苛酷な試験を通過した猛者達ですよ!?」
ようやく口を開いたノエの台詞を、彼女は鼻で笑い飛ばすが、
「ハッ……! 苛酷な試験と言っても大半は中級程度でしょう? しかもたった二百……二百?」
フと、引っかかったのか、少し前に記憶した敵の数を聞き返した。
「そうですよ二百ですよ!」
「つまり……軍隊の中隊規模? ……え、無理じゃないですか?」
「でしょう。何しでかそうと思ったのか知りませんがキミ一人で太刀打ちなんて――」
「『時戻し』って、旅団規模の人員でようやく発動出来るかどうかって魔法ですよ」
妙な沈黙が、辺りを包んだ。
「……ていうか貴方、知らなかったんですか?」
オリエッタが凄く呆れた視線をノエに向ける。
「と、時戻しの文献は気軽に読めないから……、ていうか逆に何でキミそんなに詳しいんですか?」
「夜中に暇だったので禁書庫? に忍び込んで色々読んでました」
「何処の国のかは知りませんが犯罪ですよ!? アレの資料があるのはどの国も王宮秘蔵図書室だけです!」
ノエは内心で、「本当にこの子何!?」と叫んでいた。
「けど……二百人で空に魔法陣作るとこまで出来ているのは事実だろ? 前例が無かっただけじゃないのか?」
エドガーの指摘に、オリエッタはもう一度空を見上げる。確かに、先程よりも魔法陣の数が増えていて、完全発動の準備が着々と進んでいるように見える。
「……その可能性も、ありますね。けど、まあ……二百人なのは確実なんですね?」
「ああ、村に入るまでは一緒に来たからな……一班、とだが……」
――あ、これ全く当てにならない♡
いい年をしてあまりにも情けない事を宣うドナシファンに、オリエッタなりの気遣いなのか「貴方には失望しました」という感情を隠すかのような温かい笑みが向けられる。
が、彼にはちゃんとわかっている。その笑みの裏側には、容赦無いきつい一言が含まれている事を。
「で、その有象無象はいったい何処に?」
「ここから南に行った森の、更に向こうの平原だ」
「ドナスさん!」
ドナシファンは存外口が軽いらしく、先程の情けない返しの事もあって「やべ……っ、つい」と、口元を押さえるが時すでに遅し。
「行きましょうエドガー」
「ん、さっさと終わらせようぜ」
「貴方見てるだけですけどね」
「うるせぇ」
今度こそ立ち去ろうとするオリエッタ、そしてエドガーに彼は再び「待て!」と声を上げた。
「もう、何ですか?」
「行っても無駄だ。犬死にするぞ」
告げたドナシファンは真剣な目をしているが、オリエッタもエドガーも今日一番の呆れた表情になった。
「今何もしなかったら犬死にするんですよ」
「何を勘違いしてんだオッサン、頭大丈夫か?」
「なっ……!!」
二人は、もうコイツ等には構うまいと心に決めて歩き出す。が、エドガーはふと思い出したように一言残した。
「アンタ等は俺等の心配よりも、もっとする事あるんじゃねーの?」
ヒュンと、見計らったようにエドガーの腕を掴んでオリエッタが跳ぶ。
魔法陣で多少明るいとはいえ、空は夜色だ。二人の姿が見えなくなるのは、本当に容易い事だった。
***
ライナー・シャテニエ(十五歳)は、大変な努力家である。実家は男爵位、つまり下級貴族で所領は片田舎にあり、両親はとても優しいのだが、優し過ぎて人が好過ぎてよく他人に騙されていた。
そんな両親の欠点を反面教師にしたらしく、彼は非常にシッカリとした性格に育った。また、人の良い面を見つけ、恨む事無く尊敬し、どんなに厳しい教えにも弱音など上げず真面目に吸収した。
何事も切磋琢磨にこなした彼は、つい三か月前に宮廷魔導士団の一員となった。騎士では無く魔術師となる道を彼が選んだ理由は、強い魔術師適正があったからというのも一つだが、騎士と比べて魔術師は給料が良い。数年働けば、悪人に騙されてとうとう借金までしてしまった両親のソレを、利子付きで綺麗に返せるからだ。とはいえ、『やはり』というか、適性値が高いだけでスンナリ入れるほど宮廷魔術師への道は優しくない。どうにかこうにか、座学(試験で三問しくじると死ぬ)と実技(一回でも判断ミスると死ぬ)試験を突破し今が有るが、途中で血反吐どころか血尿が出た事もある。
……一瞬、辛い思い出が脳裏を過った彼は、パンパンと己の両頬を叩いた。
――今日は初の大仕事だ。気を抜くな。
自分にそう言い聞かせたライナーは、回復薬をグイっと瓶から口に流し込む。
あまりの不味さに吐きかけた。ちょっと馬鹿である。
「おい、何死んでんだ? 飲んだんなら早く交代してやれよ」
隣から呆れ顔で、同期の少年が声をかける。
ライナーは「分かってるさ」と、空になった瓶を、同じ状態の物が山ほど入っている麻袋に捨てた。
「それにしても、まさか俺等の代でこんな大魔術使えるなんてな。後輩出来たらちょっと自慢出来るな」
彼に声をかけたのと同じ同期が、友好的な笑みで話しかけて来る。この同期、ちょいちょい物の言い方に棘があるが、基本的に悪い奴では無いのだ。
「止めとけ。元とはいえ人を大量虐殺した話なんか自慢にしたら、人間性を疑われるぞ」
「大丈夫大丈夫、この国まだ血塗れで人の命軽々し~く見てるから。それに後輩に嫌われても、聖女様のお気に入りになれたら良いから♪」
「他の連中もそうだが、お前も聖女様目当てなのか。この作戦、ホント聖女信仰者ばかりだな」
「お前は?」
「上司に『行ってこい』って言われただけだよ」
一通り無駄話を終えた二人は、巨大な円を描くように立っている魔術師達の元へと向かった。
総勢二千人の魔術師が何重にも円を作り、詠唱を行なう真上の空には、ほわほわと光の粒が昇って溶け、昇っては溶けを繰り返している。
ライナーと同期の少年は、その一番外側の円に居る二人の肩をポンポンと叩き交代した。
魔術に必要なのは二千だが、長時間労働になるため、実際この平原にはその倍、つまり四千の魔術師が居る。魔術が完全発動するまで呪文を唱える必要があるのだが、疲れてきたら回復、また回復したら疲れてる奴と交代。それを繰り返し、詠唱が途切れるのを防いでいた。
――さあ、借金返済のため。延いては家族の笑顔のために。
彼が息を吸い込んだ瞬間だ。
それは、もはや天災だった。
「――――……げほっ」
ライナーには、全く状況が理解出来なかった。
自分が吐血した事。
体中に何か刺さっている事。
全員が自分と同じ状態である事を。
「あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――!!」
それが、誰の叫びかも分からない。
隣にいる同期の少年か、自分か、はたまたまだ話した事も無かった先輩か。
だが、彼も似た様な雄叫びを上げそうな程に、いきなり体中に激痛が走った。
時間が経ってから、体を刺された物理的な痛みが来たのかと思ったが、彼は違う事に気が付く。魔力回路が暴走を起こした時に起こるものによく似ている。否、本当に暴走している時の痛みなのだ。
痛い 何故 熱い 何故 殺す方のはずだったのに 何故 痛い 痛い 痛い 痛い 痛いッ!!
激痛に言う事を聞かない体は空を見上げた。
その時、ライナーの瞳にはルビーのような赤が入った。
――母上……。
幸か不幸か、その色は、騙されやすい彼の母の髪と同じ色だった。
平原に居た魔術師四千人が、たった数秒で皆絶命させられたこの事件は、後世にてシュタロ三大悲劇の一つの場面として語られる。
この光景の描写は、どこで語られようとも同じだ。
背に蛇の王が描かれた赤いローブは、血に濡れ、ソレが蛇の王だと分かる者は、もう何処にも居ない。
残ったのは、見るも無残な地獄だけ。
お久しぶりです。
思ったよりも更新できなくてすみません!
そして前よりもブックマークが増えている! 嬉しいです。ご愛読くださってる皆さま、本当にありがとうございます!
次回は、オリエッタがしでかした事や、ラヴィ達がやらなきゃならない事を書けたら良いなと思ってます。




