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星空の魔法

 ちょっと納得いかない部分がある。だがそれが何処なのか分からない自分が腹立たしいです。


 という私の嘆きで始まりすみません。お久しぶりです。このお話を読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます。


 ロミルダが浮かべる表情は、まるで彼女の意思による物では無いように感じられた。

 神と同じ桃色の瞳は虚ろで、これでもかという程丸く、口元には不自然な笑み。


 ケタ……ケタケタ……ケタケタケタ。


 オリエッタたちの耳に届いたその嗤い声は、まるで誰かが彼女の腹と喉を無理矢理動かしているかのようだ。


「村人は、私達が殺るの。だから邪魔しないで。ふふふふふ」


 二人は、ロミルダの異常な様子を見て背中が冷やりとした。


「あの子、なんか遠く見て笑ってて怖いんですけど……」

「分かる。完全に危ない(もん)キメてるよな」


 ゴンッ!!


「ふわっ!?」

「危ねっ!」


 コソコソと二人が話し合っていれば、戦棍が飛んで来て地面に刺さった。

 咄嗟に避けなければ、オリエッタとエドガーの左足と右足は完全に潰されていた。


「キャハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! !!」


 完全に狂喜に満ちた嗤い声を上げる幼女。これにはオリエッタもエドガーも引き攣った目で見ざるを得なかった。

 だが、別に二人とも悠長にその場で固まって幼女(ロミルダ)を見ているわけでは無い。そもそも出来ない。音速と言っても差し支えの無い速度で跳躍し、戦棍を地面から引き抜いたロミルダがその勢いに任せて二人に襲いかかるから。

 ブンッという風を切り裂く音を、ほんの数ミリという至近距離で二人は聞く。オリエッタは文字通り目と鼻の先から。エドガーは脇腹スレスレで。

 己の体を軸に一回転して戦棍を振るうロミルダの動きは、踊り子(バレリーナ)のように軽やかだ。


「ひゃあッ!! 友人の一人を彷彿とさせるお子様ッ!!」

「お前の交友関係どうなってんの!? ……じゃ無かった。お前が最初に銃なんかブっ込んだから、頭のどっかがイカれたんじゃねぇのか!?」


 走って逃げる二人の表情は、混乱の色一色。


「逃すと思うぅー!?」


 対して、戦棍片手に追いかけてくるロミルダは、頬を赤らめ息を荒げて興奮気味。

 見た目は普通に鬼ごっこをして遊んでいてもおかしく無い面子だが、普通の大人が見たら乾いた笑みを浮かべざるを得ないという、非常に感想に困るカオスな絵が出来てしまった。


「ハッ! そうですあの蓑虫を盾にしましょうよ! 流石に自分の仲間に手を出すほど手遅れだとは――」


「村人庶民平民凡人老若男女! 皆殺しにしてラヴィも殺す! 私だけのものにするの! キャハッ、キャハハハハ!!」


 蓑虫状態のラヴィを指差したところで、涎を溢れさせるほど興奮が高まり動きのキレが増したロミルダの反応を見て、エドガーが即却下する。


「ダメだ! スッゲェ迷惑なヤンデレだ!」

「前半が御経みたいになってますね……にゃあッ!?」


 オリエッタが叫んだのは、再び戦棍が飛んできたからだった。だが、今度は先ほどとは少し違い、戦棍の頭だけ(・・・・・・)が飛んできた。彼女はロミルダの戦棍が普通の物と違っているのは分かっていたが、どういう代物なのか予想はしていなかった。


 幼女が持つにはあまりにも大きな戦棍。――全体のフォルムは、バットや金棒のように頭が太く持ち手にかけて細い。そして至るところに魔石が埋め込まれ、敵の肉を抉るのに特化した棘や刃が彫刻画の模様のように並んでいる。だがよく見れば、その刃は所々規則的に途切れていて戦棍に九つ切れ目がある事を物語っていた。その切れ目は……、


「鎖で伸縮自在とか! 完全に敵に回したく無いパターンじゃないですかぁ!!」


 ――そう。太い戦棍の中に三本の鎖が仕込まれており、中距離戦……下手をすれば遠距離戦にも対応していた。


「なんか武器出せねぇのか!?」

「さっき二名様を閉じ込めてたオブジェ壊されたの見たでしょう。出しても無意味です!」

「アレもドワーフ製!?」

「普通の魔法には引っかかってましたから違うはずなんですけど……ッ! エドガー右に避けて!」


 オリエッタの切羽詰まった声を聞いたのとほぼ同時に、エドガーの視界の隅に、しなる鎖の動きに合わせて飛んできた戦棍の二節目が、入り込んだ。


 ガッ!


「――ッ!?」


 肩にかけられた力が、進行方向とは全く関係ない方へ、エドガーの体を弾き飛ばす。抵抗する術など無く地面に体を打ち付けた少年は、倒れる寸前に見た一瞬の光景から、気を失うなど以ての外だと言わんばかりに顔だけ上げた。

 エドガーが見たのは、自分の肩を押した少女の片手が、怒涛の勢いで押し寄せた鉄の塊によりグシャグシャにされる光景だった。


「なっ……!?」


 ――何で?

 鈍い痛みと動揺が邪魔しなければ、エドガーはそう言うはずだった。

 不死の体なのだから、死んでも生き返るし傷の治りも早い。その事をオリエッタはよく知ってるはずなのに……と。彼は、血の滲んでいるコートに包まれた片手を庇うように倒れたオリエッタを唖然と見つめざるを得ない。


「ア゛グッ……くぅっ…………!」


 オリエッタは痛みに呻き、体を丸く縮こませていた。そのすぐ傍へ、ロミルダが元の状態に戻した戦棍を持ってやって来る。


「クツクツクツウフフフフ、貴女は危険。凄く凄く危険。私の敵。私の邪魔……」


 ロミルダは狂った笑みを崩さず戦棍を振り上げた。そのまま腕を振り下ろせば丁度、戦棍の頭がオリエッタの体に当たる位置で。


「アハ、フハハハハハハ! そういう事だからバイバイ♡」

「止め……ッ!」


 エドガーの「止めろ」という叫びは最後まで続かず、再び丘の土を抉る轟音と粉塵が舞い上がった。


 束の間の沈黙。


 まるでスローモーションのように、オリエッタの体と戦棍が接触した瞬間を見たエドガーは、放心状態になった。だが、沈黙に続いたのは……、


「――は?」


 ――何が起きたのか分かっておらず、キョトンとした表情のロミルダの声だった。


「魔法は確実に無効化出来ないって、……分かっていましたから」


 ゆらりと。オリエッタが支え(・・)を使って立ち上がる。そして、次第に辺りを覆う粉塵が少しずつおさまっていった時、今度はオリエッタが戦棍を持ち、ロミルダが倒れていた。

 完全な形勢逆転。


「うそ……立てない…………な、何、したの?」


 地面にへばりつくように倒れてたロミルダは顔も上げず――否、上げられずに問いかける。

 そんな無様な幼女に、オリエッタはニコリと微笑んだ。


「何故、貴女如きに一々説明してやる必要があるんですか?」


 パコーン! と。戦棍で叩いたロミルダの頭の音は軽かった。

 補足しておくが、決してロミルダが『何も頭に詰まってないアホの子』という意味では無い。

 オリエッタは戦棍が自分の体に触れる寸前、魔法でソレ(戦棍)とロミルダと適当な手元の草の重さを入れ替えたのだ。


 戦棍(の重さ)→(in)ロミルダ

 ロミルダ(の重さ)→(in)草

 草(の重さ)→(in)戦棍


 そしてロミルダを叩く際に、戦棍(草の重さ)と自身の服(※コート・ワンピース等々)の重さを入れ替えたのだ。

 やった彼女は涼しい顔をしているが『一歩タイミングを間違えればミンチ確定だったので、出来れば使う機会など来ないでほしかった』と、内心で心臓をドキドキさせていたりする。


「ッ……」


 ヤンデレ幼女を気絶させて一息ついたところで、腕の痛みが鮮明になったのか、オリエッタの表情が歪む。それを見てエドガーは、やっと放心状態から解放されて彼女に駆け寄った。


「大丈夫……じゃ無いよな」


 エドガーが手の届く位置に来るや戦棍を捨て、安心しきった表情でもたれかかってきたオリエッタに、彼は何とも言い難い表情になる。

 本当なら、どうして先程ロミルダの攻撃から自分を助けたのか聞きたかったが、その問いは彼等の背後から聞こえて来た物音により、口の中で掻き消された。


「次から次へと……」


 オリエッタの漏らした声は、露骨に忌々しいという内心を主張している。

 無理も無い。二人の耳に入った物音は人の足音で、とても聞き覚えのあるものだったのだから。


「……お前は休んでな」


 ボソリと耳元で囁かれたセリフに、オリエッタは目を見開き何か言いかけたが、一音すら出せずにエドガーに発言権を許してしまった。


「アンタ等、何でそこまで自分達だけでやる事にこだわるんだよ? 共闘って発想は無いのか?」


 背後の足音が止まる。


「ここまで負かして矜持やら何やら踏み躙っておきながら『仲良く一緒に解決しましょう』と? キミは、とんでもなく図太い神経をしているようですね」

「坊主、大人をおちょくるのも大概にしとけや?」


 足音の正体――銀髪と傷男の顔はエドガーには見えない。しかし、その声からかなりお怒りだと言う事は容易に想像出来た。


「でも、そろそろ真剣に村の事考えねーと……アンタ等みたいな普通の人間は死ぬだろ? 此処で不毛な争いしてる場合じゃ無いよな」


 銀髪も傷男も一旦黙り込んだ。

 五秒、十秒……と流れる静けさに、エドガーは埒が明かないなと煩わしく思ったが、数十秒置いたところで銀髪の方が口を開いた。


「俺達の任務は、基本どこの記録にも残ってはならないんです。それは人の記憶も然り。だから、大規模な作戦に……俺達は本来関わってはならない」

「おい、ノエ……」

「しょうがないでしょう、ドナスさん。ハッキリ言わないと分からないらしいですから」


 傷男は銀髪をノエと呼び、ノエは傷男をドナスと呼ぶ。


「ドナス……先ほどの話に出て来た騎士の愛称と同じですね。なるほど、自身の昔話でもあるから詳しく語れたわけですか」

「いやオリエッタさん、んな事よりもコイツ等が今おかしな事ほざいたのを気にしようぜ?」


 エドガーが気にしたのは、『大きな作戦に関わってはならない』と銀髪がわざわざ告げた事だ。

 組織の闇。影の部隊など、珍しくもなんとも無い。組織が大きければ大きい程……、それが『国』ともなれば、‘‘必要悪’’というものは存在して当然の事。だが、大きな作戦――わざわざ強調して言うのだから戦争規模の物だろう――に彼らが関われないという言い方はおかしい。記録に残せないだけで、どの国でも暗殺者や諜報部員といった表沙汰に出来無い者達に休息など無い。戦争中のみにあらず、そのお膳立て(戦争前)から、ずっと。


「あれ?」


 ふと、エドガーはある矛盾点に気が付いた。

 初代国王と、建国に貢献した六人の英雄達に縁のある武器や装飾品である聖遺物。

 ソレ等がひっそりと祀られている という聖域。

 聖遺物を扱うに相応しい英雄の末裔達。


 何故、全て秘匿扱いにされているのか、と。

 ドナス――ドナシファンは微妙だったが、ラヴィの実力は相当の物だと素人のエドガーにも分かった。そしておそらく、英雄の末裔にはロミルダも含まれているのだろうと。

 ラヴィとロミルダ、ついでにドナシファンだけでも十分だが、そこにエドガーの知らない残り四人が加わったとしよう。彼等以上に自国の力を誇示し、他国による侵略を抑える抑止力に相応しい戦力は無い。他国にも自国の民にも隠すというのはおかしくないだろうか。

 強大な力であるため周囲から過剰に危険視され、同盟でも組まれて襲われる懸念があるのか……ともエドガーが思い始めた時だった。


 蝋燭の灯りを消すかのように、濃紺と化した空一面に星が瞬いた。夕暮れすらまだ訪れていないというのに。


 比喩では無い。一瞬にして夜が来たのだ。

 星空に変った景色にエドガーは目を剥く。


「何が起こったんだ?」

「幻覚系の広域魔法? ……いや、それとは魔力の質が別のような……?」

「‘‘外の方々’’が殲滅魔法(・・・・)の術式を完成させたんでしょう」


 疑問をポロリと漏らしたエドガーとオリエッタの問いに応えたのは、自嘲的な笑みを浮かべているノエだった。

 思わず「「……は?」」と、不穏極まりないワードに二人の声がハモったのは言うまでも無いだろう。


「言ったでしょう。『大規模な作戦に、俺達は本来関わってはならない』と」

「言ったけど…………え、つまり、まさか……大規模な作戦中なわけ? 今……」


 唖然とした様子でエドガーが問えば、肯定と言わんばかりに彼等は無言で空を見つめた。


「国の最強の騎士――聖剣の故郷を消すんですよ? 俺達だけでは荷が勝ちすぎるに決まってる」

「外は宮廷魔導士団、およそ二百人が包囲してる。俺達の役目は、こうなるまでラヴィの馬鹿野郎を魔法の領域外に出さねぇ事だ。……ほら、始まりやがった」


 星の一つが移動し、村の中心地の上空でパチンと弾けた。するとそこに、陣が一つ出来上がる。


「あの星が全部ああなって……後は分かるだろ。なぁ、上級魔術師の嬢ちゃん?」


 話を振られたオリエッタは乾いた笑みを浮かべている。


「…………『時戻し』ですよね。アハハハハハハ」


 その名の通り、時を戻す魔法。術式の完成と同時に空に浮かんだ星の数だけ、指定した範囲の時を戻すのだ。星一つなら一年、二つなら二年と、とても単純に。さて、その星が数百以上あるだろう場合に何が起こるか、言うまでも無くなった辺りで本題に移りたい。


 この魔法、手っ取り早くアンデッドが大量出没した場所を、何も考えず更地にしても良い時はとても役立つ。何故なら、アンデッドになる者が生まれてすらいない時点までその地の状態を戻せるからだ。

 だが、何か考える必要がある時――生き物が居る場合は使わないでほしい魔法だ。時間が戻る時に生じる空間の亀裂により、控えめに言って千切り大根になる(・・・・・・・・)から。


「マジかよ……此処にはコイツ等(国側の味方)が居るのに――」


 そこまで言いかけて、エドガーはノエの台詞の真意を理解した。

 大規模な作戦に関わってはならない。

 それはつまり、関わる時は死ぬ時だという意味。

 ノエとドナスは、本当は自分達を魔法の範囲外へ逃がしたかったのだと。


 タイトルでそのまま『時間を戻す魔法』が分かるものにするのはネタバレが過ぎると思いまして、かなりぼかしました。

 ドナスさんは色々あって偉そうな口調が消えたという設定です。

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