死を呼ぶ村の客達
思ったより文字数少なくてビックリです。
シュベルク村の隣町で、婆は正に酒屋の店主と一戦交える手前だった。
「ンだと婆! もういっぺん言ってみろ!!」
「テメェのとこの酒はどれもこれもクッソ不味いんじゃい! ぼったくってんじゃねーぞハゲタコ!!」
だが、ただ口汚く相手を罵っているわけでは無い。その間、彼女は契約している精霊からの情報を受け取っていた。
内容はオリエッタ達の依頼が今どうなっているかだ。
風精王が運んで来る無数の情報。
そのうちの一つに、婆の耳がピクリと動いた。
「カーッ!!」
「うおっ!? 何だどうした婆!?」
元々怒り狂ってはいたが、冗談でも何でもなく口から火を吐き出して天を仰いだ婆に、周囲の野次馬は勿論の事、直近に居た威勢の良い酒屋の親父もドン引く。
「うるせぇ!! ガキがトロくせぇ仕事して儂の酒代が消えるかどうかの瀬戸際なんだよッ、アーッ!! もうどいつもこいつも勝手ばっかり……エッター!! 今すぐ村を燃やしちまえぇぇええ!!」
物騒極まりない婆の発言に、その場に居た全員が『この婆さん、もうダメだ』と心を一つにした。
***
オリエッタは、すこぶる不機嫌な顔で村向こうの町へと視線を向けた。
「今、糞婆が無茶苦茶な要求してきた気がします」
「突然どうした?」
疲れた顔を見せるエドガーに対し「いえ別に」と、オリエッタは一瞥してその場に体育座りした。場所は相変わらず丘の上である。
「うーん……。もうパッと燃やしてパッと帰ろうと思っていたのに……これ、下手したらあのロクで無しと一戦交えちゃうパターンですよねぇ」
「そんなに面倒なのか?」
「私は元々、平和主義者なんです」
どの口がほざいてるんだろう。
と、思った事をそのまま言うほどエドガーは馬鹿では無かった。
「私達と同じなら良いんですけど、もし違った場合がねぇ……」
「なあ、さっきの……婆と同じって事は、精霊と契約してるって事か?」
彼の問いに、オリエッタは「それ以外に何があるんです?」と投げやりな返しをした。
「精霊との契約ってそんな簡単に出来んの?」
「心が綺麗な人なら簡単に出来ると言われてますね」
「…………心が……綺麗?」
エドガーの顔が、とてつもなく引き攣った事は言うまでもないだろう。オリエッタも遠い目をしている。
「あの糞婆やロクで無しと契約してるとこ見ると、精霊と私達の言う『心が綺麗』の意味は大分違うようです」
二人同時に大きなため息を吐いた時だった。
「もし、そこのお二方。こんな所に居ては危険ですよ。病気を貰います」
背後から、二人分の軽い足音と共に若い男が声をかけてきた。
振り返り確認すると、成人前後の銀髪なイケメンと、額から顎まで大きな傷のある渋い中年男性が立っていた。
「ああ、お気になさらず。ギルドから派遣された者ですので」
オリエッタは慣れた様子だったが、逆に声をかけた銀髪とその少し後ろに控えていた傷男は目を見開く。当然ながら、エドガーは余計な事を言わずに成り行きを見ているだけだ。
「冒険者ギルドも人手不足らしいな。嬢ちゃん、坊主。ギルドには俺等が『危ないと判断して帰した』とちゃんと言っといてやるから、早く村から離れな。ここは――」
「村人のほとんどが死者になっている……でしょう?」
二人は何も言わない。
オリエッタが言った通りだから。
シュベルク村の生存者は、片手で数えられる程度。ほとんどはアンデッドと化していた。
アンデッド――一般的に幽霊やゾンビがそれに該当するが、この世界の彼等は、体がゾンビのように生々しく悍ましい状態にならなければ、幽霊のように透けたり浮いたりもしない。見た感じ、ほんのり血色が悪くなるくらいで、生きている人間と見分けがつかない。
しかし、その心臓は完全に止まっており、声は生きていた頃に比べ小さくなる。また既に死んでいる事から寿命が無い。
故に、自分の意思とは無関係にアンデッドと成ってしまった者は、すぐに自分がそうなったと気付く事が出来ない。何年も何年も経って気付く。だが大抵の場合、彼等は長く活動出来ない。
生きている者達が、ソレを許さない。アンデッドは、その体に無意識に『呪い』を蓄積し、周囲に死病をふりまく性質があるからだ。更に、あまりにも強い『呪い』を溜めてしまった者は、夢遊病患者のように夜な夜な出歩き、獣や魚を生きたまま食い散らかし、その食べ滓が危険な魔獣を呼び寄せる。つまり、百害あって一利無しだ。
「貴方方の御厚意は感謝いたします。ですが、彼等がアンデッドだと見抜いた瞬間から色々覚悟出来てますので、お仕事は続行させていただきます」
銀髪と傷男は顔を見合わせた。
「しゃあねぇ、ハッキリ言うか」
「ですね」
二人のやりとりに、オリエッタとエドガーは嫌な予感を覚える。
「ギルドに依頼したシュベルク村の件は取り消しだ。これは国が引き受けるモンだから帰んな」
傷男の発言に、とうとうエドガーが口を開いた。
「国って、アンタ等もしかして騎士団の人間か?」
「そうかもしれねぇし、違うかもしれねぇ。お前さん等には関係無い事だ、ほれ、さっさと行きな」
そう言った傷男が、二人の頭に手を置こうとした時だった。
「納得いきません」
オリエッタが、自分の頭数センチ手前まで来た傷男の手をパシンと払う。
「おい、嬢ちゃん……」
「お嬢さん、これは本当に危険な事なんです。本当なら――」
「厄災級なのに少ない金額の依頼だったんですよ。嫌いなタイプがわんさか居る村にわざわざ来たんですよ。しかもけしかけたのが糞が百個ついても足らない婆なんですよ。馬鹿貴族の尻拭いのためにそれを中断? 割に合いません!」
オリエッタの発言に、銀髪と傷男の表情が険しくなり、エドガーは怪訝に眉を顰めた。
「『馬鹿貴族の尻ぬぐい』?」
「この人達、どこにでもある宮廷の掃除係の方々です。たぶん王族かそれに近しい貴族が馬鹿やらかしてアンデッド化させた村を処分しに来たんですよ」
刹那、オリエッタとエドガーの頭上に魔法陣が浮かび、ドンッ!! と――光の柱が二人を焼き切らんと貫いた。
「おい……」
粉塵が視界を悪くさせる中、傷男が咎めるような口調で銀髪に声をかける。
「俺達の事知った一般人は消さないと」
「アホかお前は! どうしてあの嬢ちゃんが俺達の正体を見破れたのか、ちゃんと聞いとかなきゃならんかっただろうが! 何より俺がまき込まれるとこだったし!」
銀髪が「あ……」と口を開けた瞬間だった。
「簡単な話ですよぉ~」
クスクスと。たった今、死は免れない速度で放たれた攻撃魔法の餌食になったはずの、少女の声が響き渡った。
「私も、そういう立場になるべく教育されましたから。同類は勘で分かるんです♡」
抉れた丘の中心に、大きな牛の置物があった。
つい先程までは無かったソレの背が、二人が固唾を呑む間も無く、バンッ! と開く。
「これも、魔力が通せない仕様に出来て良かったです」
「良いから早く出てくんね? この中に一秒も長く居たくない」
傷男と銀髪は、中から出て来るオリエッタとエドガーを見て呆気に取られざるを得ない。
「えー、声が外に届くよう忠実に再現してませんから、怖くなかったはずですけど」
「実物がどんなのかは知らねぇけど、最悪な拷問具って事だけは分かんだよ!」
と、エドガーが喚いていれば、銃弾が数発、頭と胴を撃ち抜いた。
「あ」
倒れるエドガーを見てから、オリエッタは撃った奴の居る方を見る。
ボーっとしている場合では無いと、銀髪よりも先に我に返ったらしい傷男が、大ぶりな銃を構えていた。
「何のつもりですか?」
「そいつの方が隙だらけだったからな。先手必勝って奴だ。安心しな、嬢ちゃんもすぐ同じ場所に送ってやる」
「知り合いぶっ殺されて激昂した私が、瞬殺するとは考えないので?」
傷男は鼻で笑う。
「そんな感情的には見えなくてな。うちのヤンチャ娘とは大違いだぜ。たいした嬢ちゃんだ」
数日前に実際にやった事です。とは、なんとなく言い辛かった。
「お褒めに預かり光栄です。でも、激昂してもしなくても、やる事は変わらないんですよね」
ファラリスの雄牛にそっとオリエッタが触れた瞬間、それは光る粒子を伴い四散した。
何が起こったのか理解する間も無く傷男と銀髪は視界を闇に覆われ、そして――――……。
「では、お訊かせくださいな。助かるかどうかは貴方方次第です。貴方方と、あのラヴィとかいう男と、このシュベルク村の関係性とかについて……正直にお話しください」
天使のような微笑みを浮かべるオリエッタの前に、二人の姿は無い。代わりに、二人が居たはずの場所には、巨大な正六面体のオブジェが出来上がっていた。
次はちょっと昔話ですね。




