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少女が嘆きて婆が笑う


 日が昇ろうかという頃。

 まだ夢現(ゆめうつつ)のエドガーは、シーツの中で寝返りを打った。

 ツンと、足の指先がすっかり冷たくなっている。

 その事に先に気がついたのは脳では無く体だ。ふわふわと曖昧な感覚の中で、彼は猫が丸まるように指先をシーツの中へ隠す。


 眠い眠いまだ寝る。

 起きるもんか寝る。とにかく寝る。


 少しずつ目覚めを迎えようとする自分に、何が何でも起きないと暗示をかけていると、シーツの中でモゾリと動かした手が程よい温もりに触れた。


 ――あ、湯たんぽだ。よし、寝やすくなった。


 グーグーグー……と三秒経って……、


「湯たんぽ!?」


 エドガーは勢いよく体を起こした。昨晩、ベッドに湯たんぽなど持ち込んだ記憶が無い事に気がついて。


 そして、お約束といえばお約束の展開に至る。


「なっ……」


 思わず言葉を失ったエドガーは、シーツもろともベッドから転げ落ちる。

 彼の見たもの……それは当然湯たんぽでは無い。この部屋に泊まるもう一人の存在――オリエッタだった。しかも全裸。


 彼は、本来彼女が寝ているはずのベッドへと顔を向けた。そしてまた「んなっ!?」と変な声が出る。

 昨晩、オリエッタは余分な布を張る事で仕切りを作り、自分とエドガーが使うスペースを分けた。

 『勝手に入ってきたら、領域侵犯で銃撃しますからね』という冷ややかな声を、エドガーは鮮明に憶えている。

 しかし、防壁であり境界線の役割を果たしていたその布は今……、グシャリと床に落ちているじゃあないですか。


 ――拙い。

 その一言が、エドガーの脳裏にくっきり浮かぶ。

 彼自身には何の落ち度も無い。自分が寝ているべき場所から動いていないのだもの。だが、それで裸を見た事実が変わるのかと聞かれたらNOだ。


 考えろ! どうする俺!? つーか何でこいつ裸なんだよスッポンポンなんだよ! 変態か!!

 ハッ! そうだ良いこと思いついた。こっそり朝の散歩に行った事にしよう。その間にオリエッタが俺のベッドに潜り込んだって事にすれば良いんだ!

 そうと決まれば今すぐ着替えて外に――


「今、人の事を『変態』だとか思いましたね?」

「ひぎゃあぁああああああ!!」


 オリエッタさん、まさかの起床。

 何で分かった!? と口にする前にエドガーは顔面を掴まれ、両足が床から離れる。


「さて、どう料理してくれましょう?」


 ミシミシと頭蓋が悲鳴をあげる音に、彼の口がどうにか「理不尽」という単語を絞り出す。


「何が理不尽ですか。人の領土にズカズカ入ってき……と、いて……?」


 セリフの後半になって、ようやく彼女は気付いたらしい。

 エドガーが彼女の寝床に潜り込んだのでは無く、自分がやらかしちまったのだと。


「エドガー」

「あがががが……なに?」


 なぜか力のこもった指先のおかげでコメカミからバキンという音が鳴ったが、エドガーは怒っている訳では無さそうなオリエッタの声に、これ以上ひどい事にはならなそうな予感を感じた。


「私の裸、何秒くらい見ました?」

「へ!?」


 敢えて補足しておくが、今エドガーはオリエッタの手によって視界が真っ暗な状態だ。故にオリエッタがアイアンクローかましだしてからは言わずもがなカウントされない。つまり、自分が起きるまでの間に何秒見たのかをオリエッタは尋ねている。


「さ……三秒?」


 言わずもがな嘘である。実際は十五秒くらい見ていた。


「……三秒ですか」


 しばしの沈黙。


「では、今回は私に非があるようなので、三秒ルールでノーカンにしましょうか」

「え?」

「悪い事をしましたね。肉体的にも視覚的にも」

「はい?」


 エドガーの顔からオリエッタの手が離れた時には、既に彼女の体はエドガーが床に落としたシーツで包まれ、隠されていた。


「あ、あのさ……」


 若干、というかかなり狼狽えた様子で声をかけるエドガーにオリエッタはキョトンとした表情を向ける。


「何か?」

「いや、何かって……お前、本当にオリエッタ ? 珍しく優しくね?」

「どういう意味ですか? 貴方の中で、私は理不尽の塊だったのですか?」

「いや、理不尽っつーか暴君?」


 その失言に、エドガーの頭が上顎から全て吹っ飛んだ。






 数分後。


「やっぱ紛う事無き理不尽の暴君じゃねーかッ、何がフラスコ()だ! 姫要素何処だよ!?」


 復活したエドガーが着替え終わったオリエッタに抗議の声を上げる。


「人が下手に出れば付け上がり腐ってッ! ていうかお姫様に夢なんて見てんじゃないですよ!! そりゃ世の中、蝶よ花よな天然アホアホ姫も多く居ますけど、けっこう兎の皮を被った狸が居るんですよ! 降嫁しても社交界の女帝とか! チート改革で政敵を斬首刑に追い込み、自国の膿を綺麗に排除する人とか! 嫁ぎ先である他国の全てを掌握するようなのとか――とにかく腹の中コールタールの海ですよ!」

「…………お……おぅ」


 オリエッタの気迫に押されてほぼ言葉を失っているエドガー。

 一方で、気迫で押してた方は色々吐き出してちょっとスッキリしたのか、大きく息を吐いてから「――それよりも」と話を変え始めた。


「貴方、この村に来てまだ死んでませんよね?」

「さっきテメェに殺されたばっかりだよ」


 即座に返ってきたエドガーの言い分に「そうではなく」と、彼女は真剣な表情を見せる。


「忘れた訳じゃ無いでしょう? この村に来たホントの理由。貴方のギルドカードの発行がかかってるんですよ?」


 エドガーは、昨日この村に来る直前の出来事を振り返った。






 遡る事、約十八時間前。


「おんやぁ~? エッタじゃねぇか」


 シュベルクの隣に位置する町。

 その町の中心である噴水広場まで来たオリエッタとエドガーに、紺色のローブを纏った老婆が声をかけた。

 首・耳・腕・指に悪趣味な数の宝石類を付けているが、声はしゃがれており、尖った大きな鼻には(いぼ)。目はギョロリ丸く焦点が合っていない。

 そんないかにもジブ○やディ○ニーに出てきそうな魔女を見て、オリエッタが「うわっ」と一歩引く。


「出ましたね糞婆」

「くぉら゛、『婆』は合ってるけど『糞』とは何だ。言い直しな」

「じゃあ『ドけち婆』で」

「ぶちのめすぞ小娘」


 このままじゃ話しが一向に進まない。

 そう判断するや老婆に対して辛辣なオリエッタの肩にエドガーがポンと手を置いた。


「この(ばあ)ちゃん誰?」

「神出鬼没の金に汚い婆です。いつも自分の仕事を人に押し付けやがります。しかも自分は何もやっていないのに分け前の八割も持って行きます」

「婆は皆金に汚ねぇもんさね! ゲラゲラゲラゲラ!!」

「全世界のお婆さんに土下座しろ強欲婆!」


 だが、めっちゃ笑っていた婆は、オリエッタの怒鳴り声など何のその。


「所でエッタ、その将来美味い男になりそうな餓鬼は何だい?」


 すぐにエドガーの方へと興味を示す。


「男作るにゃまだまだ育っちゃいねぇだろ。特に胸が一生育たねぇだろ」

「分かりました。戦争ですね。そんなに戦争がしたいんですね!!」


 青筋を浮かべ、今にも『処刑人タル万物』を発動しそうなオリエッタをエドガーは止めた。そりゃもう必死に。


「離しなさいエドガー!! 今日という今日こそ世界の悪を滅ぼすのです!!」

「お前ちょっと抑えろよ! 能力は身元割れるかもだから秘密にしといた方が良いんだろ!?」

「やれやれ……その餓鬼の事、あの辺に居る憲兵に喋っちまおうかねぇ?」


 呆れていたのかと思えば、ニヤニヤと。数メートル離れた場所にいる二人組の憲兵を指さして婆が言い放った言葉に、二人は動きをピタリと止める。


「何で……っ」

「あー……そうでした。この婆、風精王(シルフィード)と契約してるので風に乗った情報を馬鹿みたいに入手出来るんでした。ああぁぁ、って事は私の正体もばれた~。丁度良い(先代風精王が死んだ)時期に(国家滅亡)を起こしたので今まで平和でしたのに~……」


 頭を抱えてしゃがみ込んだオリエッタに、婆は再びゲラゲラと笑った。


「お前さんの正体なんぞ最初出会った時から知っとったわ馬鹿め! お前さんの仲間に酒飲むと口軽くなる阿呆が()るでなぁ! ゲラゲラゲラゲラヒヒーン!!」


 笑い過ぎて馬みたいになっている婆に「未成年なのに飲酒したその馬鹿は何処ですか?」と、オリエッタは尋ねかけて止めた。理由は単純明快、――ぼったくられるからだ。


「それよりも、その餓鬼また不法侵入したんだろ?」


 二人は黙り込む事しか出来なかった。肯定である。

 フリュング(前の町)同様、この町も外壁が囲っており、門には町に入る者の犯罪歴を調べるための魔水晶が置いてある。で、エドガーは、オリエッタとの夫婦契約によって奴隷の刻印に施されていた死の呪いは解けた。だが、肝心の奴隷刻印が消えていないのだから、エドガーは現在、脱走奴隷扱いなのである。

 たとえ主人に捨てられたのだと本当の事を話しても……


(※これは想像です。実際に起こった事ではありません)


憲兵①『そりゃあ可哀想にねぇ。じゃあオイちゃん達が新しいご主人を見つけてあげよう』


エド『は? いや、店に戻すんじゃ無くて、役所で手続きしてほしいんだけど』


憲兵②『坊主、ちゃんとした奴が『捨てられた』ってこと証明してくれなきゃ役所は働かねぇぞ』


オリ『あの~、正規の冒険者ギルドと魔導協会所属の(上級魔術師)が証明してるんですけど?』


憲兵③『おおお、スゲーな嬢ちゃん! 確かに上級魔術師なら文句無ぇ。成人してたら(・・・・・・)だが』


オリ『成人とか関係無いですよね。子ども舐めんな』


憲兵①『いや~! ひっさびさに豪遊出来るぜ!』


エド『聞けよ』


憲兵②『安心しろ坊主。良い店知ってるんだよ。脂ぎったオーク似の客が多いんだがな』


憲兵③『買われた後もアフターケアがしっかりしてる店で、奴隷は皆大事にされてるそうだ』


エド・オリ『『何それ全然嬉しくない』』


 (想像、終わり)


 このように、とんでもない憲兵さん達の酒代にされる未来しかない。

 ドンヨリとした空気を二人が背負った時、婆がニヒルな笑みを浮かべ、ギルドの紋章が入った赤い蝋封の包みを見せた。


「お前さんがこの仕事を引き受けてくれるっつーなら、儂が一肌脱いでやっても構わんぞい?」

「で、でも今回は私がちょちょっと魔法で魔水晶を弄ったので、憲兵さん達が追いかけて来る事なんて――」


 バタバタバタバタッ!


「おい! 魔水晶が誰かに細工されてたってよ!」

「何!?」

「精霊様のお告げがあったんだ! 不届き者を探せ! 紅い目で高そうな外套の小娘が怪しいらしい!!」


 バタバタバタバタッ!


 駆けて来る憲兵に嫌な予感がして噴水の陰に隠れたオリエッタは、彼等が去るなり婆に掴みかかった。


「…………おのれ婆!」

「ゲラゲラゲラゲラゲラ!! 選択肢なんざ(はな)から用意しねーよバーカッ!!」

「婆ちゃん、あんたロクな死に方しねーぞ……」


 ひたすら婆を揺さぶるとオリエッタは石畳の地面に膝をつき、婆は大爆笑し、それを見てエドガーは呆れるしかない。


「ンなこたぁ百も承知さね。それより餓鬼、もしこの依頼を成功させたら、お前さんを冒険者ギルドが買ってやるよ」

「え? ギルドの下働きって事か」

「いや、そこは儂の人脈(恐喝力)で普通に冒険者登録しちゃる」


 『一肌脱ぐ』とは言っていたが、いきなり過ぎる旨い話にエドガーの眉がピクリと動く。


「奴隷でもカードを発行すりゃどんな街も出入り可能さね、依頼を受けるのに必要だからな。お前さん、ちーと値の張る奴隷だろうがエッタと一緒に依頼受けてりゃあ、数年でギルドが買った分の金は返せるし市民権だって買えるだろうよ」

「……奴隷は『物』扱いだろ? 物にギルドカード発行したなんて話は聞いた事が無い」

「魔獣に発行しても良いんだ。言葉の通じる『物』に発行しても問題無ぇさ」


 しかし、エドガーには腑に落ちない点がもう一つある。


「婆ちゃんのメリット少なくね? オリエッタにその依頼引き受けさせるためだけなんだろ? 俺を釣るのは」

「フッ……決まってんだろうが。――――この糞生意気な小娘を全力で泣かすためだッ!!」

「乗ったァ!! 行くぞオリエッタ!!」


 カッ!! という効果音が似合う表情で言い切った婆から依頼書を()ぎ取ったエドガーが駆けだす。すると、


「イヤアアアアア!! 頭痛が! 契約の頭痛が私を逆らえなくするぅうううう!!」


 オリエッタも、着いて行かざるを得なくなった。

 ちなみに、町から出てすぐ依頼書を見たオリエッタは、婆と意気投合した事も含めてエドガーを血祭りにあげた。


 内容 : 『死の村』の調査及び対処 

 賞金 : 90000 テルク

 クエストレベル : 断定不能。推定、災厄級(カタストロフ)の恐れ有り。

 注意 : 三日以上居ると九割死にます。早めに終らせてね♡


「どうして災厄級(一番危険)の可能性のあるクエストが、金貨一枚を切ってるんですかぁぁああああああ!!」


 お久しぶりです。

 存在感の強い婆が現れ、前回出たクソ野郎ことラヴィが全く出ないという展開になり、期待していた方ごめんなさい。

 今回のお話は、『実は二人は、図書館のある町に行く前の休憩地としてこの村に寄ったんじゃ無いんですよ』という事をお伝えしたく書きました。

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