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はじめまして

 その世界には、ブラーディナと呼ばれる大国があった。


 数百年前、多くの国で迫害され国を追われた魔女達が寄り添った小さな集落から始まったと云われている。尽きる事無い探求心と復讐心から生み出された彼女等の魔法は、当時『神をも殺す』と恐れられ、瞬く間に周囲で戦ばかり起こしている小さな国々を平らげ、魔法大国と呼ばれるようになったのである。


 そんな魔法大国ブラーディナが、突如として襲った業火の海に沈み、一夜にして灰と死の荒野に成り果てたのは、ほんの三年前の話だ。


 人の身に余る力を手にしようとして神々の怒りに触れた。

 伝説級の大悪魔を召喚し不興を買った。

 首都の研究所で攻撃魔法の実験に失敗した。


 国一つ越え。二つ越え。山、海越えて島国まで。様々な噂があちらこちらで流れた。尾ひれや背びれに留まらず、足が生えているとしか思えない噂まで。初めこそ誰もがその話を理解出来ず、唖然としたが、次第に笑い話のようになってしまった。そういった荒唐無稽な噂話の中に一つ、こんな話がある。


【フラスコ姫達の謀叛】


 ブラーディナには、見目麗しい少女達を人外を対象とした特殊暗殺部隊に育成しようという計画があったそうだ。無論、秘密裏なものである。彼女等は王女の秘術によってバケモノに変えられた。――「国を守るために」「王族の剣となり盾となるために」と。しかし幼い少女達がそれに納得するはずも無く、彼女等の逆鱗によって国は滅んだ……と、そんな噂話だ。


 この話を聞いた者は、皆同じ疑問を持つ。


 何故、『フラスコ姫』と名付けられたのか?


 その答えは、今となっては誰も知らない。




 ***




「おじさん、そのマーマレードの匂いがするカロヴィアの串焼きを一本下さい」


 多くの人が行き交う広場では、今日は市が開かれていた。

 肉、野菜、骨董品。無差別に幅広いジャンルの露店がズラリと並び、一つの店につき最低三人くらいは、何が有るのか覘いている。そんな中で、熊のようなモサッとした風体の男が営む串焼きの店だけは閑古鳥が鳴いていたのだが、フラッと現れた少女の声がその鳥を撃ち落とした。年端もいかない少女だ。


「あいよ。嬢ちゃん、一人で観光かい?」

「はい。冒険者三年目です!」

「へー、その年で大したもんだ! ほら、一番美味いのあげよう。マーマレードが良い具合の甘さだよ!」

「ありがとうございます!」


 剣の国と名高いシュタロの最東端に置かれた町、フリュング。この町に串焼きを頬張る少女もといオリエッタが入ったのは、つい昨日の事である。


 くるくると天然パーマのかかっているミルクティー色の長い髪を二つに結い、ルビーのような赤のパッチリ丸い瞳を持つ色白な彼女は、とても人目を引いていた。半分は文句無しの美少女である事、もう半分は、彼女が纏っている高そうな衣装(ローブ)だ。水色と白の二色の布が使われているローブは金細工のアクセントが美しく、複雑な幾何学模様が幾つも刺繍やリボンで描かれていた。


 つまりオリエッタは、町中を普通の顔で歩いているが、いつ人攫いに遭っても文句が言えない『貴族の娘がお忍びの意味を分かってない』状況に見られているのだ。


 そして、見られるだけで留まるほど、世の中は優しくない。


 オリエッタは気付いていた。串焼き屋から自分を付けている怪しい三つの怪しい気配に。


「んー……もきゅもきゅ」


 どうしようかと考えながら、オリエッタはマーマレード味で女性や子供に好まれる柔らかなカロヴィア肉を噛む。ちなみにカロヴィアとは、羊並にモコモコとした毛と砂糖になる角を持った小さな牛だ。


 こういった事は珍しく無い。故に対処法は大体知っているが、今日はどの対処法をする気にもなれないのだ。『ちょっと肩がダルいなぁ』などというマイペース過ぎる理由から。

 しかし、本来ならばオリエッタは、そう悠長に構えている場合では無い。何故ならつい先日、上級魔術師の域に達した彼女は、町中だと制約によって自由に魔法を使えないからだ。


 正規ギルドで登録した冒険者は、基本的にいつでも何処でも自由を約束されているものなのだが、魔術師それも上級になってくると強大な力の危険性から人の集まる場所で魔法の行使を制限される。初級、中級だった頃のように街中でも自由に魔法を使うためには、魔導協会の試験に合格し、その後登録して国際資格証を発行してもらう必要がある。

 オリエッタは今正に、資格取得のための数少ない魔導協会支部へ向かっている真っ最中なのだ。


 ――魔法じゃ無くて、アレを使えばイチコロなのですが~。むむぅ、万が一お役所様に知れて魔法使ったって思われたら厄介ですなぁ。


「きゃあぁぁああああ!!」


 数秒後、薄暗い路地から悲鳴が上がった。いつ襲われてもおかしくなかったオリエッタのものでは無い。全く別の、成人(十六歳)を過ぎているだろう女性の悲鳴だ。


「うるせぇなっ、おい誰か! 口塞ぐもん持ってこい!」

「一人でこんなとこ歩かなきゃぁ良かったのになぁ」

「安心しな。用が済んだらちゃーんとテメェん()玄関の前に捨ててやるよ。腹でっかくなってるかもしんねぇけどなっ!」


 ゲラゲラゲラゲラと。雑音扱いせざるを得ない三人の男の笑いが響く。路地をそっと覗いたオリエッタは、その光景に嫌悪感を覚えつつ、二人目が言った台詞に同意していた。

 ナイフの一本も持たずに、薄暗くて人通りなど皆無に等しい裏路地を歩く若い娘など、馬鹿としか表現しようがない。


 自業自得だ。と、そのまま立ち去ろうとした時だった。


「離しやがれクズ野郎ども!」

「なっ! いってぇ!!」

「何だクソガキ!!」


 オリエッタと然程歳の変わらない少年が、路地の奥へ駆け込み、娘を背後から羽交い締めにしていた男の足を踏んづけたのだ。


「あっ! 待てっ!」


 男の手が離れた隙を見て、若い娘が俊敏な動きで路地から脱出する。助けた少年に礼の一つもなく、ただ縦横無尽に人混みの中へと消えてしまった若い娘にオリエッタは呆れた。


「おいこらクソガキ! せっかく捕まえた上玉だったのに――って冷たッ!?」


 男達の足元が雪で埋まる。水系統の魔法の一種だ。本当は氷の魔法なのだろうが、少年は初心者級なのだろう。ただ凍らすだけでは無く、凍傷を避けて身動きをとれなくするためだけの難しい調整をしようとして失敗したに違いない。

 その証拠に少年の顔に焦りの色が浮かんでいた。


「なめてんのかガキ?」

「おいっ、もうコイツで良いだろう。女には劣るけど綺麗な顔してやがるからな」

「うっわーアニキってば穴が有ったら関係無いのかよ!」

「テメェもだろ」


 ズボリと雪の中から足を引っこ抜いた男共の表情に、少年の焦りの色がよりハッキリしたものへと変ってゆく。


 ヒュンッ。


「あ? ……ッ!! !!」


 ――が、突如として猛威を振るった閃光が彼等の目と耳を潰した。

 勿論、その被害は少年にも及ぶわけで……。

 音と光を失った世界で、汚い地面にうつぶせになった彼は現状把握もままならないうちに腕から引っ張り上げられたのである。




***




「エドガー。まだ熱が引いていないんだから、大人しく寝てなくちゃダメでしょう」


 自分と同じ黒髪の女性が優しく頭を撫でる感触に、少年は瞳を潤ませた。


「でも……まつり」

「今回はあの人が美味しい物を買ってきてくれるわ。お祭りは来年ね」


 ガチャリ、と。女性の背後の戸が開く。

 少年とよく似たラベンダーグレイの瞳の男性が、女性と少年に「ただいま」と告げた。


「ほら。綿あめなら食べられるんじゃないか?」


 女性に起こしてもらい、男性が綿あめを少量手で摘まみ少年の口へ運んでやる。

 ぼんやりした意識の中、舌に溶ける砂糖の甘さが体の熱を吸い取ってくれているように感じた。


 しかし、それは一瞬の事。少年の視界から部屋が消え、ベッドが消え、そして女性と男性――両親が消えた。

 最後に残ったのは、黒い馬に乗った瘴気と邪気を放つ鎧の騎士と、その配下の魔物達。

「うばって……やる」


 少年の住む村を護っていた森が枯らされている様に、少年は拳を握った。


「お前から、うばってやる」


 もう灯りが燈る事の無い村の隅で、少年は己の歯で切った唇から血を流した。


「俺がうばわれた物……全部――」


 骨が見えている友の肉片。

 骨しか残っていない両親。

 血液だけで、もはや誰の何か分からないもの。


 死という死が溢れた地獄で、


「次は、お前からうばってやるっ」


 たった一人だけ生かされた少年――エドガーは、復讐を誓った。




***




「……」


 ほんの一年半前の記憶を夢で見たエドガーは、あのまま気絶してどこかの建物に運び込まれた事を悟ったところだ。


「ごめんなさいね。ちょっと荒っぽいのが過ぎたみたいです」


 朗らかに微笑むのは、自分と同じ年頃の少女。

 急な展開に固まっている彼に構わず、彼女は名乗る事にする。


「まずはじめまして、私はオリエッタと申します。ちょっと貴方にお願いがあって助けたんですけどぉ……助けない方が被害が少なかったかもですね。今私が恩着せがましく何かお願いして聞いてくださいますか? 小さな正義の味方さん♪」


 首を傾げ、その頬の近くで両手を合わせて微笑むオリエッタの問いに、エドガーが抱いた第一印象は一つ。


 可愛いけど、なんつー怪しくて胡散臭い女なんだ……。

今回は、前の二連載のような失敗はしません!

出来れば10話前後で終わらせたいですね。

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