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勇者死すべし  作者: 九木圭人
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第四話

 昼間は賑やかなアーフェンも、日が沈むと大部分が静かになる。

 特にドヤ街のある地区からファイアル寺院の裏を抜けるルートは、つまり俺が今通ってきたルートは昼間の喧騒がうその様に静まり返り、月明かりと寺院で夜の祈祷の為に焚かれる篝火以外に明かりがない。

 この闇であれば仮に人がいたところで俺を発見することなどできないだろう。

 ましてや、支給された濃紺の装束と炭を塗った各装備に身を包んでいるとなれば。


 とは言え、それで警戒を怠っていい理由にはならない。

 細心の注意を払い、昼の内に下見した通りのルートをギルドに向かって進む。


 あの隠し部屋での作戦を思い出す。今回の俺の目的はギルドへ侵入し、勇者一行の行動予定を把握する事だ。

 仲間を増やし、常にその仲間と行動している勇者を仕留めるのにはまず連中の行動を把握していないといけない。

 「奴さん、何もなければ町の中にいるだろうが、長時間拘束されるクエストでも受注していたら厄介だからな」

 とはロブの言葉だ。


 冒険者ギルドと言ってはいるが、実際にはクエストと呼ばれる一般市民からの多様な依頼を冒険者に紹介する仲介業者を兼ねている。ほとんど便利屋、もしくは少しきな臭い部分を見れば傭兵斡旋業とも言える。

 冒険者はここを通して依頼を受けて口を糊している以上、勇者の予定を把握するには最適な場所だ。

 皮肉なものだ。ニートを轢き殺して職を失った俺がそのニートの今の仕事を探っているのだ。


 「……っと、危ねえ」

 最後の角を曲がろうとした瞬間、ギルドの前に衛兵が現れた。

 飛び出したら間違いなく見つかっていただろう。


 「どうするかな」

 流石に衛兵の目の前で不法侵入する訳にはいかない。

 かと言っていついなくなるかわからない相手を待ち続けられるほど悠長にしていられる時間もない。そうしている間に別の衛兵が後ろから来て……という可能性が無い訳ではないからだ。

 夜間に見つかりにくい装束に身を包み、顔の下半分を鉄仮面で覆い、更に頭を装束と同色の頭巾で隠しているため、顔を見ただけでは誰だかわからなくなっているが、その姿を見られた時点で怪しい奴だという事は一瞬でわかってしまう。


 辺りを見渡し、向こうの通りに目をやると酔っ払いの一団が騒いでいる。

 「あれを使うか」

 足元から適当な石を拾う。

 彼らには申し訳ないが、少し犠牲になってもらおう。


 角から飛び出し、衛兵により近い民家の前に積まれた干し草の山に身を隠す。

 投擲に関してもスキルの恩恵がある。距離は十分。後は衛兵が余所を向いていてくれるかどうかだ。

 暫く息を殺し、衛兵が夜市の方を向いた瞬間、酔っ払いどもに届くように大きく角度をつけて石を投げた。

 「いてっ!?なんだよっ!!」

 「あ?何だよてめえよぉ!?」

 酔っ払い特有の加減の利かない大声ですぐさま怒鳴り合い、掴み合いが始まった。

 当然、衛兵が気付かない筈もない。

 「何をしとるか貴様ら!」

 大騒ぎをしている酔っ払いの方に衛兵が駆け寄っていく。

 繁華街では酔っ払い同士の喧嘩など珍しくもない。投石など誰も疑わないだろう。

 第一やられた本人たちが気付いていない。


 衛兵が背中を向けているうちにギルドに向かって走る。目指すは壁際に積まれた防火用の樽だ。

 昼間と夕暮れ時に下見した通り、ここに積み上げられている樽を使えば二階のテラスまでよじ登れる。

 衛兵は今酔っ払いの仲裁で忙しい。隠密スキルのある俺が背後で横切ろうと、大きな音を出さなければ気付かないだろう。


 首尾よく樽の山を登頂しテラスに入り込んだ俺は、支給されたベルトと一体型の小型バックパックからキーピックを取り出す。

 暗殺者である以上、目標が施錠していることなど想定済みだ。

 俺に与えられた開錠スキルならば、現実世界のシリンダー錠でも簡単なものなら一分以内に開ける事が出来るだろう。

 ましてや、この世界で市販されている錠前など現実世界で言えば精々中世ヨーロッパ程度のものだ。正直手錠を掛けられたままでも開錠できる。

 今回はそれを十秒ほどで実証した。


 扉の軋む音に注意して部屋の中へ飛び込む。夜なので当然ではあるが、中は真っ暗だ。

 目が暗闇に慣れるまでその場にとどまり辺りの様子を窺う。どうやら室内に人の気配はないようだ。

 目が徐々に慣れてくると、ここが誰かの寝室として使われている部屋であることが分かった。そして、その誰かが入ってくるかもしれないという事が、扉の向こうから聞こえてくる。


 「それじゃあ、戸締りと火の用心は頼むぞ」

 「はい。おやすみなさい」

 既にギルドの営業は終了している筈の下から男の声と、それに答える女の声がして、階段が音を立てる。

 極端に言えばドシッ、ドシッという重い足音が少しずつ近づいてくる。

 恐らくここのギルド長だ。下の明かりは消えていたはずだが、まだ起きていたのか。

 ともあれ、このままではこの部屋で鉢合わせになる可能性がある。かと言っていま飛び出せば、それが廊下になるだけだ。


 さて、どうするか。

 足音は既に階段を登り切り、廊下を進んでくる。

 「仕方ない」

 俺はベッドの下側に潜り込んだ。

 廊下の足音はさらに近づいてきて、今扉を――通過した。


 「……ん?」

 そのまま音は遠ざかっていき、更に奥の扉が開く音がした。

 十秒待機したが、扉が閉まる音以外何も聞こえない。

 ベッドの下から這い出して、辺りをもう一度よく見る。


 「……」

 これぐらいの大きなギルドの長の部屋としては随分狭くて殺風景だ。

 そして部屋に唯一の小さな洋服箪笥をあけて、ようやく納得した。

 女物のお仕着せが何着か、しっかりと畳まれて納められていた。ギルド長に女装癖があったとしても、任務の前にロブから聞いていた体格からするとサイズがいささか小さい。


 つまり、下でまだ起きている女の部屋だ。

 ロブから聞いた話では、ギルドには住み込みで下働きをしている若い娘が一人いるとの事だった。

 俺はそっと箪笥を閉じ、足音を殺して部屋から飛び出す。ギルド長の部屋と思われる奥の扉からは、既に大きないびきが聞こえて来ていた。

 最大限の注意を払って階段を降りていくと、暗い一階の中で一か所だけぼんやりと明るくなっているのが、壁越しに見えた。


 階段は普段冒険者たちが(たむろ)しているロビーではなく、ギルドの業務を行う事務室とでもいうべき部屋の一番奥に通じており、ぼんやりした灯りが事務室の片隅にある机に置かれた卓上用ランタンであることはすぐわかった。


 「あいつか……」

 階段前に置かれた書棚の陰に隠れながら明りの方を窺う。

 日中勇者と親しげに話していた銀の腕輪の娘が机に向かい何か書き物をしている。

 いや、書き物というよりは調べものだろうか、手元にある本のような物をしきりに繰っては何かを探すようにページの隅々まで読み込んでいる。

 その作業に集中している限りこちらに気付くことは無いだろうが、それでも堂々と動き回れるわけではない。


 少し強引な方法だが、彼女に眠ってもらう事にする。

 懐から、油で固めた紙筒と磁器の小皿を取出し、紙筒の中身を皿の上に広げる。

 回転寿司のような大きさの小皿の上に、白い粉をこんもりと載せ、バックパックから小さい水袋を出し、水を数滴白い粉の頂上に垂らして水と粉とをよく混ぜる。

 うっすらと白い煙がドロドロになった粉から立ち上ってくる。もう少しだ。

 水をさらに数滴加えてから顔を逸らして大きく息を吸い、止める。

 白い噴火といってもいいぐらい勢いよく噴き出し始めた小皿を娘の机の近くに滑らせ、再度身を隠し、再度数秒待つ。

 煙は隠れた書棚から目だけ出して窺っていた俺からでもわかるほど盛大に上がり、机に突っ伏した娘を覆う程に広がっている。

 そのままさらに二十秒数えて再度覗くと、既に燃料を燃やし尽くしたのか、徐々に勢いが衰えてきた煙の向こうで、娘は先程と全く同じ姿勢のまま突っ伏していた。


 「よし」

 あのいかつい髭面からは想像できないが、ロブは薬剤師としてやっていけるのではないかと思うぐらい薬物に関する知識が豊富だ。

 この部屋中のダニを殺すような煙も、たちどころに人間を昏睡状態に陥らせる睡眠薬の一種で、吸い込んだ者は薬が効いている数時間は大地震が起きても目を覚まさないという。

 書棚から出て、既に燃え尽きた小皿を回収すると、突っ伏した娘の静かな寝息が聞こえてきた。


 ふと机の上に目をやると、どうやら書き物というのも調べものというのも、どちらも正解だったようだ。

 彼女が繰っていたのは辞書だった。そしてその辞書の横に広げられているのは誰かからの手紙。

 決して上手い字でもないが、それでも彼女が書き始めていたその返事よりは十分上手い。

 辞書を引きながら一文字ずつ書いたのだろうそれは、幼稚園児のそれと比較しても見劣りする程下手糞だった。


 そのたどたどしい数単語を見て、俺は彼女の境遇がフラッシュバックした。


 「あのギルドにいる銀の腕輪の娘を見たか?」

 取引の後の打ち合わせで、ロブが俺に尋ねた。

 机の上に広げられた町の見取り図と、勇者一行と他何人かの人相書きから、件の娘の物を取り出して俺の方に押しやる。

 「ああ。見たよ。奴と随分親しげだった」

 転生者は魅了の魔法(チャーム)が使える。なんて言い方がこの業界というか組織にはあると以前フーリアが――若干からかい気味に教えてくれた。

 現実世界でうだつの上がらない者でも、こちらに来ると妙に女に苦労しなくなるという事だった。

 これに関しては「転生勇者は転生時にこちらの常人を上回るスキルを与えられ、その上で前世の記憶を引き継いでいるのだから、よほど性格に難がない限り嫌われることは無い」というフーリアの分析に賛成した。

 要するに、“出来る男にちやほやされて嫌がる女はそうそういない”という事だ――つまり現実世界と大差ない。


 だから俺はロブに聞かれた時、彼女もその類だろうと思った。突然現れた若き優秀な冒険者にちやほやされてぞっこんなのだと。


 「あの娘は元奴隷だ。奴に買われた」


 その答えはあまりにも衝撃的で、俺はしばらく何も言えなかった。

 絶句と言うのはまさしくこういう事を言うのだろう。

(つづく)


異世界転生もので奴隷ヒロインって今日日珍しくもないんだろうけど、可愛かったら奴隷商人よりむしろ女衒→女郎屋ルートだよね(ゲス顔)

そんな訳で、また明日。


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