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勇者死すべし  作者: 九木圭人
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第二話

 「そろそろだ。準備はいいか?」

 俺は荷馬車の御者台に腰掛けていた。

 隣で手綱を握る灰色の外套を纏った女が低く抑揚のない声で呟いた。


 俺は異世界に転生した。

 今はフーリアと名乗った――「勿論本名ではないけど」とは本人の弁――この女と共に行商人とそれに雇われた人足という事になっている。


 「ああ、問題ない。設定、行動予定、すべて叩き込んだ」

 自分のこめかみに人差し指をやって答える。

 「自分の経歴は?」

 「俺はシン。これより東のトヘラミラ王国の生まれ、出稼ぎにきたモーリックの港で行商人フーリアに人足として雇われ以降同行する。この街には雇い主の商談のために訪れた……他には?」

 「合格だ」

 彼女はそう言うと道の先に人影を認め灰色のフードを脱いだ。

 色白の肌が日に晒され、風が薄く青みがかった銀色の癖のあるショートヘアを揺らす。

 冷たい美人。それがフーリアの第一印象だった。


 転生した俺を最初に迎えたのが彼女だった。と言うか、正確に言えば彼女の家の中に転生した。

 「ほう、貴方が……。待っていた」

 ベッドと一人がけのテーブルだけの殺風景な彼女の部屋。そこに現れた今着ているボロのチュニック一枚だけの見知らぬ男にも彼女は何ら驚く素振りは無く平然と迎え入れた。

 彼女によれば、彼女はこの世界の人間だが俺のような対転生者用暗殺者を見るのは初めてではなく、彼女の部屋に現れることも知っていたと言う。


 「これからしばらく一緒に仕事をすることになる。よろしく」

 そう言って差し出された手にも温かみは無く、恐らくは同い年か、一つ二つ年上と思われるが、何とも異質な生物に出会ったような気分になった。

 そしてその異質な生物は今、現れた人影がこちらに気付いたのを確認して俺を促して御者台から降りた。


 「衛兵だ。焦るなよ。予定通り」

 続いて降りた俺に目を向こうにやったままそう呟く。

 「ああ。分かってるさ」

 俺も目をやらずに答えた。

 この世界の多くの都市には、現実世界――この呼び方が正しいかは分からないが――で言う国境警備や税関の役割を持つ衛兵隊が置かれている。

 この先の町、目的地であるアーフェンもこの通り例外ではなく、町に通じる道には町の入り口の近くに見張り櫓が建てられていて、町に近づく者に対し検問を行っている。

 

 「どうも、お役目お疲れ様です。行商の者です」

 先程までの淡々としたものではなく、努めて慇懃なフーリアの声。

 衛兵の方も警戒していないようで笑いながら二言三言交わすと、彼女の差し出した通行許可証に目をやった。

 「ふん……、このシンというのは?」

 言いながら衛兵がちらりとこちらを見た。

 「はい。手前がシンです」

 「ああ、貴方ね。わかりました」

 雇い主の身元が確認できれば人足の検問は随分簡単だ。トヘラミラもモーリックも言う必要がなくすぐに積み荷のチェックに入った。


 衛兵の目が幌のかかった荷台に注がれる。

 「積荷は全てミージクからの毛織物とマンネアの薬草となっているが、この荷台だけで全て?」

 質問にフーリアが一瞬俺に目配せした。指示通り幌を取り外す。

 俺が荷台を晒すのを確認してフーリアが答える。

 「はい。これで全てです。毛織物は全てミージク製で連合組合の定めた寸法で20巻き。マンネアは同じく連合組合既定の麻袋で10袋です」

 こちらの商慣習で意外だったのは、自由連合加盟国は度量衡(どりょうこう)に関して共通の単位を使っているという事だ。

 現実世界では国際経済が発達した今でも未だにメートル法とヤード・ポンド法が混在しているというのに。

 フーリアの答えに納得したのか、衛兵は体をよじると後方の櫓に向かって手を振って合図する。

 「お待たせしました。ようこそアーフェンへ」

 「ありがとうございます。良い一日を」

 衛兵に見送られながら、俺は幌を直して馬を引いてフーリアの後を追う。最初の関門はクリアしたようだ。


 「上手くいったな」

 「ああ、堂々としていれば疑われないさ」

 門の前でフーリアに追い付くと、周囲に聞こえないよう小声で話しかけた。

 アーフェンは交易で栄えた、この辺ではそれなりに大きな町だ。門の近くには同じような行商人や旅人達がうろついていて、その更に奥にある広場では市が開かれている。

 「しかし……この荷馬車もボロとは言え安くないんだろ?ミージクの毛織物とマンネアなんかで赤字にならないのか?」

 ミージクは貧しい国だ。毛織物産業は細々と続けられているが、その出来は正直高値で売れるようなものではない。

 マンネアは傷薬の材料としてどの町でも需要はあるものの、栽培が簡単で流通量の多い植物で、これで十分な利益が出せるのは専門の薬種問屋ぐらいだ。

 だから、一頭立ての小さい荷馬車でも足が出る恐れがある。

 この世界に転生した時、開錠術や隠密行動等の暗殺に必要なスキルに加えこちらでの基本的な読み書きと地理、歴史、及び経済に関しての知識は事前に与えられたが、その時の情報からすれば決してこのボロボロの小さい荷馬車は安くない。むしろ状態の割に高い。


 「安心しろ」

 しかしフーリアはそう言って気にしていない様だ。

 彼女は最初にあった男の思想。即ち転生者が大きな力を持つことを防ぎ、世界の均衡を維持するという理念の下に結成された組織に所属しているというが、余程予算が潤沢にあるのだろうか。


 「あれはミージク製だが、売る時にはラーベラント製になるんだよ」

 ラーベラント公国はミージク西方に位置する国で、古い歴史を持つ職人の国として知られている。

 その製品、特に独特な意匠を施した毛織物の評判は非常に良く、ミージク製の倍の値段がつくこともざらだ。

 つまりミージク製の毛織物とは全くの別物なのだが、どうしたらそれがラーベラント製として売られるのか、なんとなく想像はついた。


 「まさか……」

 「ミージクにはラーベラントの織物を上手く真似る職人が少なくない。中にはラーベラント毛織物組合の紋章まで再現する強者がいるぐらいだ。貴方の世界で言う“偽ブランド品”だったかな?」

 案の定。堅気の商売ではない。


 「詳しくは宿に着いたらわかるさ。今は下見だ。奴らのギルドをしっかりと叩きこめ」

 そう言って話を切り上げると、足早に大通りを進む。

 この大通りを突きあたりまで行けば、そこにあるのが冒険者ギルド。件の勇者が拠点としている施設だ。


 ごくんと生唾が喉を下っていく。

 通行人の一人一人が気になって、辺りに油断なく目を配る。自分が何か企んでいる時と言うのは、周りにそれが読まれているような気分になる。

 スキルとして暗殺者の能力を与えられてはいるが、それは所詮スキル、つまりは技術面での話だ。

 この世界で言うスキルとは言ってしまえば後付けされた才能だ。例えば剣のスキルを極めた者であれば、初めて剣を握った瞬間から長年修行した剣豪のような剣技を振るうが、それはメンタルその他の点で長年修行した剣豪とイコールではない。


 「落ち着け、今のお前は人足だ。誰もお前なんか見ちゃいない」

 フーリアが俺にだけ聞こえるように小声で、しかしはっきりとした口調で指摘する。

 そうだ。誰にもばれていない。

 深呼吸を一つする。もう一度改めてすれ違う人々の様子を見る。

 誰一人俺の正体に気付いた者はいない。


 「ここだ。目星をつけておけよ」

 正面やや左に大きな建物が見え、フーリアがゆっくりと馬の頭をそちらに向けた。

 こうする事で建物の裏側以外全て見る事が出来る。


 一階玄関の上には『アーフェン冒険者ギルド』の古い看板が掲げられている。

 ギルドは二階建て。一階正面の玄関は大通りに直に面している。

 一階は冒険者たちのロビーのようになっているのだろう、格子の窓越しに大勢の人の頭が見える。

 正面から見て左側の壁には小さな明り取りの窓が一つあるだけだ。

 歩を進めて見える右側には明り取りすらないが、恐らく空の木箱や防火用の樽が壁に寄り添うように積み上げられていて、その上にある二階の小さいテラスには室内との出入り用に小さな木製の扉が一つ。


 続いて進行方向に目をやる。ギルドから見て右に伸びているこの道は、正面や左の道に比べてやや狭く、人通りも少ない。

 更に言えば正面の道は町の広場に通じていて、夜市が開かれるこの町では夜もそれなりに人が出る。

 左側の道には商店や宿屋が多く、こちらも夜に人通りが途絶える可能性は低い。酒を提供する店があれば尚更だ。

 となればやはり、右側の道から接近して、樽を利用して二階のテラスに上る進路が確実だろう。幸い、正面の道から僅かに右側の道にずれているこの建物の特性上、夜市から露見される可能性は低い。


 今日の夜、俺はここに侵入する予定だ。


 「よし、大体わかった。後は――」

 ここまでの道のりだ。と言いかけてから言葉を飲み込んだ。

 左側の道から三人のグループがギルドの前まで歩いてくるのが見えた。

 一人はまだ若い、少女と呼んだ方が良いような歳の女。フーリアのそれに似た外套を纏っているが、彼女のそれは薔薇の花のような赤で、フードも被らずにその整った、気の強そうな顔立ちと長い鳶色の髪をさらけ出している。

 もう一人はその赤い少女よりいくつか年上だろうか、すらりとした長身の女剣士だった。

 赤い少女とは対照的に白を基調とした胸当てを身に着け、それによく映える金髪をポニーテールに結っていて、腰には細身の長剣を帯びている。


 だが、俺の目はその二人に挟まれて歩いていたもう一人に釘付けとなった。


 その人物が他の二人と異なっていたから、と言うのも勿論ある。

 二人の女性に挟まれた一人の男性、どちらかと言えばコーカソイドに近いと思われる二人に対し、彼が明らかにモンゴロイドであったから、と言うより日本人であったから、という理由もある。

 だが、仮にそれだけならばただ目を引いただけで終わっただろう。そもそも、俺とフーリアだって――彼らほど黄色い声でキャッキャしてはいないが似たようなものだ。


 最大の理由はその男の顔だ。

 俺は何度もこの顔を見た。忘れようはずもない。


 「……いた」

 思わず呟いた。いや、呟いたという自覚すらなかった。

 外套の下のフーリアの手が強く俺の腕を掴んでいた。

 「早まるな!」

 その声でようやく俺は、自分が彼らを凝視していた事を理解した。

 何度も見た顔、新聞で、テレビで、取り調べで、傍聴席で、嫌と言う程見た顔。


 あの時轢いたニートの顔。


 「今はまだ駄目だ。人が多すぎる」

 「ああ……、分かっている」

 自分に言い聞かせるようにそう答える。

 ニートの方はギルドの玄関から出て来た別の少女と親しげに話しこんでいる。

 彼を囲んでいる他の二人とは異なり、ごく普通の町娘といったいでたちの彼女はフーリアのそれを長くしたような銀色のロングヘアーと、同じ色の腕輪が妙に印象的だった。


 「あいつはスキル持ちだ、今正面から挑んでも意味がない。短気を起こすな」

 駄々っ子のように腕を引かれながら、そう言ったフーリアの方に振り返って頷いた。

 「そんな事は分かっている。大丈夫だよ、冷静だ」


 まあ、せいぜい浮かれているがいい。“勇者様”。

 他人の人生を破壊して、仕事も家族も奪って、それに気づかず厚顔無恥に喜んでいるがいい。

 あんたは色々なスキルを与えられたのだろう。所謂チートと言う奴を。

 それで俺より多くの事を、一足飛びにこの世界での多くの事を知り、成し遂げたのだろう。


 なら俺は現実世界について、俺達の世界についてあんたに教えてやる。

 恨みというものが人をどう動かすのか教えてやる。

 どこの誰からどうして恨みを買うのか、予想だに出来ないという事を教えてやる。

 誰かに恨まれた幸せは決して長続きしない事を教えてやる。


 精々、首を洗って待っていろ。

(つづく)


異世界の第一歩

最初にしたことは密入国(国?)


あ、この暗い奴が主人公です。

それではまた明日。

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