第十二話
「どうやって?」
「こっち来な」
ロブは指で俺達を呼び、この作業場の更に奥にあったもう一つの作業場に入った。
彼を追って入った俺が見たのは、成程恐らくこちらが本当のガレージなのだろう。もう一つの大きな空間。馬車ごと入れるような観音開きの巨大な扉。そしてそれが馬車ごと入れるという事を証明するようにでんと鎮座まします古い幌馬車だった。
ロブは幌馬車の荷台の前に立ってフーリアを呼ぶと、彼女は幌の中に消えた。
「よし、お前は……」
一人残された俺の格好をじろじろ見るロブ。今は町に入った時と同じボロのチュニックを着ているだけだ。
「お前はそのままでいいや」
そのままで良いらしい。
それから少しして、俺はギルドの前の通りに立っていた。
相変わらず粗末な格好をした俺の横には、不釣り合いな淑女が一人。
旅装と呼ぶにはこぎれいな女物のブーツ、長い群青色のスカートに金刺繍の入った緑色の外套。その上に載っている肩まである手入れの行き届いた、流れるような淡い金髪。
すらっとして整った顔立ちは、物憂げなその表情ですら怪しい魅力を持っている。
もし今ロブ以外の知り合いに会ったら、この美しい貴族の若奥様然とした女性が変装したフーリアであると分かる者はいないだろう。
「設定は覚えているな?……いつぞやと反対だな」
「私はエドマンド・ナイルズ男爵の妻でアリョーシャと申します。旅の途中、夫が付呪された武器で斬り付けられ東の町エンガオで臥せっております。どうか高名な魔導師の方にお力になって頂きたく参上いたしました……、で、そちらは?」
「へい。あっしはマッジと申しまして、旦那様より奥様のお供を仰せつかっております」
町へ来た時とは逆のやり取りをしてお互いの設定を確認しておく。
これから俺達は貴族の若奥様とその召使だ。
エンガオはここの南東にある町で、馬車なら半日かからず着く。予定が狂った相手に人助けをしようという気にさせるにはちょうどいい距離の設定だと思う。
お互いの立場の確認が終わり、俺が先頭に立ってギルドの玄関を開けた。
ロビーに目をやる。立っている者、座っている者、歩いている者。張り出された依頼票を見ている者。
探している“高名な魔導師の方”は……いた。
件の魔導師は、以前と同じ赤い装束に身を包んだ少女は、ロビーの片隅に一人で座っていた。周りを見渡すがどこにも勇者はいない。
チャンスだ。
俺達は彼女の元へと早足で向かう。
「あのー、すいません」
声色を使って声を掛けた。
「はい?」
余所を見ていた彼女が振り向く。
鳶色の髪がゆれ、大きな瞳がこちらを見上げていた。
アリョーシャことフーリアが一歩前に出る。
「突然のご無礼お許しください。私はアリョーシャ・ナイルズと申します。高名な魔導師の方とお見受けいたします。どうかお力をお貸し頂けませんでしょうか?」
彼女は速かった。
一気に距離を詰めながら相手の前に跪き、座っている相手より低くなって見上げながら丁寧にかつすがる様な必死さを持ってのファーストコンタクト。目はまっすぐ彼女、ミリアを見据えていて相手を逃がさない。
「えっ、いやそんなっ、高名だなんて……あっ、アハハ……」
対するミリアはフーリアよりよほど感情が読みやすい。
「ご謙遜を。先程ギルドの方に頼んで貴方様のクエストの記録を拝見いたしました。ミリア様。必ずお礼は致します。どうかそのお力で、我が夫をお救い下さい」
ギルドに登録している冒険者の活動実績は、ギルドの依頼受付窓口で確認できる。
だが、今回はそれ以前にロブが持ってきた情報をフーリアは丸暗記していた。
ロブの情報はギルドのそれより詳細だ。何しろギルドの活動実績に加え、この町の連絡員の能力をフルに発揮した人物評まで用意していたのだから。
そして、今のフーリアの頼み込み方は、彼女には効果覿面だろうという事が回答を聞く前から予想できた。
魔道士ミリア。幼いころから魔術の英才教育を受けた結果、歳相応の未熟さはあるものの魔導師としては優秀。勇者の転生直後から同行し、彼に対してパーティ内での信頼以上のものが芽生え始めている。
「思春期特有の青臭さ」とは、ロブの弁。
性格は一言で言えば直情径行。別の言い方をすれば単純。
つまり騙しやすい相手という訳だ。
「実は私の夫が旅の途中に暴漢に襲われまして、何とか一命は取り留めましたが付呪された武器で斬り付けられて今もエンガオで臥せっております。聞けば魔導師様であれば解呪の方法をご存知かもしれないと思いこうして馳せ参じたのです」
「何ですって!?」
付呪、つまり武器に魔術を用いることで通常の使用法で得られる以外の効果をもたらす技術が存在する。
例えば剣に炎の魔術を付呪すれば、焼くと斬るとを同時に出来る武器を作ることができる。使い道としては威嚇、もしくは相手を痛めつけながら傷口を焼くことで出血を最小限にとどめ、拷問器具の一種として活用できるだろう。
厄介なのは、そうした付呪の中には、相手の視力を奪う、発狂させる、熱病にかかったような症状を起こして衰弱させるというものもある。
こうした毒のような効果を発揮する付呪は実際の毒や熱病と違い、根本治療には魔術の知識がいる。
もっとも、基本的な魔術の心得があれば解呪そのものはそこまで難しい技術ではない。そして、フーリアもそれを知っている。
「私どもは誰一人魔術の心得がなく途方に暮れておりました折、あなたのお噂をエンガオでも伺い、この方ならばと」
相手を褒め称え、簡単な要件を依頼し、己の困窮を訴える。
単純な口車だが、だからこそ単純な相手には効果があるらしい。
「分かりました!すぐに行きます」
「本当ですか!?ありがとうございます!ありがとうございます!これで夫も……、マッジ」
「へい奥様!すぐに馬車を呼んでまいります。しばしお待ちを!」
それだけ言い残しギルドを飛び出した。
フーリアの演技ははっきり言ってアカデミー賞ものだ。
今おいてきた美しく気品のある貴族の女性が、実際には眉一つ動かさず人を殺せるようにはとても見えない。
それに比べて俺の演技は、せいぜい田舎劇団が関の山だろう。
だが自分で言うのもなんだが、それ故に今回の役ははまり役だと思う。碌に取り柄のない、忠実なだけの召使い役は。
「食いついたぞ」
ギルドから宿側に少し行った路地に停めてあった幌馬車。その御者台のハンチング帽の男にそう言いながら彼の隣に座る。
「よし。行くぜ」
暇そうにしていた馬に同じく暇そうにしていた男が鞭をくれると、ガラガラと馬車は走り出した。
「奥様はどうだった」
「女優だな」
手綱を操りながら御者の男に答える。
男はかっかと笑い馬車を大通りに出して言った。
「女ってのは皆そんなもんさ」
馬車はスピードを上げる。
ロブの御者姿は妙に似合っていた。
「呼んで来い。しくじるなよ。仕上げが肝心だ」
ギルドの裏に馬車を停め、御者台から飛び降りた俺にロブが警告した。
俺は手を挙げて答えると、表に走る。
「ミリア様!奥様!お待たせしました!」
ギルドに掛け込み、二人の待つ席へ。
「ああ、待っていましたよマッジ。さ、ミリア様」
フーリアが一日千秋と先に立ち上がり、促されたミリアは愛用の杖を引き寄せて立つ。
二人が立ったのを見て俺はすぐにUターンし外へ駆け出る。召使いたる者、主家とその賓客より先んじて馬車に戻り、馬車につつがなく乗れるよう迎えるのが当然である。
「ささ、こちらです」
「裏に停めたのね」
「ええ、流石に表は人の往来がございますから」
そう、往来があってはまずい。
俺、ミリア、奥様改めフーリアと並んで馬車に向かう。
俺は最初に馬車に飛び乗り幌を開いて、ミリアに手を伸ばした。
「どうぞこちらへ」
彼女が手を俺の手を取って乗り込んだのを確認する。奴が乗り込む瞬間、俺の目が一瞬だけ幌の天井を見たのは気付かれていない。
左右からお互い向かい合う様に席を設けてあるこの幌馬車は、必然的に前側に座れば幌の間から御者の背中が見えるようになっている。
その隙間からロブが顔だけ振り返り、かぶっていた帽子を上げてミリアに挨拶した。
合図だ。
「さあ奥様」
フーリアを引き上げようと右手を伸ばす。
と同時に、左手は後ろ側の幌の口の一番上、天井部分に巻き上げられているすだれの紐を隠し持った暗器で切落とした。
視界からフーリアも、路地裏の地面も消え、代わりにこの世全てがすだれになる。
間髪入れずに振り返って、ミリアに飛び掛かる。
「んむっ!?むぐう!」
一瞬早く飛び掛かっていたロブに口を塞がれたミリアが呻き声を上げる。
ロブは左手で口を押えながら、右手でミリアの右手を捻りあげて動きを封じている。
俺はすぐに自分のやるべきことを理解した。
「んぐっ!んーっ!んーっ!!」
彼女以外分からない喚きに俺は残った左手を掴み上げ、隠した毒針を首筋に刺した。
「んぅ!?ぅ……」
瞳孔が一瞬見開かれ、すぐに全身から力が抜けて仰向けに倒れた。
「よし、効いているな」
俺が手足を縛り上げている間、ロブは猿轡を噛ませながら閉じられた瞼を押し上げて確認していた。
まだ死んではいないが、完全に意識がなくなっている。
「奥様を回収しろ。撤退だ」
「了解」
袋詰めはロブに任せてすだれを持ち上げる。
「さあ奥様」
「ありがとう」
手を伸ばしてみようかと思ったが、その前に乗り込んできた。
見た目はアリョーシャ・ナイルズだが中身は既にフーリアに戻っていた。
(つづく)
急用のため遅くなってしまいました。申し訳ございません。
車のない世界でもハイ〇ース成功。
では、また明日。