外灯の下で
住宅街を抜ける辺りに、大人しい街には似合わないネオンを輝かせているラブホテルがある。そこから歩いてすぐ、小さな公園があった。
僕はそこの公園の滑り台で、夜空を観るのが好きだった。視界一杯に拡がる星達が、全て自分の物だと思えたからだ。もちろん、それは幻想に似たもので、実際に手に触れるなんて事はできなかった。でも、子供ながらに感じ始めていた社会の厳しさを癒すには充分な幻だった。
両親が寝静まった頃、僕は足音を殺して家を出た。自転車の金属音さえうるさく感じる程の暗闇が家を囲んでいた。
でも、上を見れば眩いばかりの星達が、僕の夜更かしを歓迎している様だった。
いつも通り、下品な装飾のラブホテルの前を通った。中で何をするのかは知っていたけど、まだ経験した事はなかった。興味はあったが、同級生のヤマモト君の様に盛ってはいなかった。僕に似た父親が、母親と出逢って僕が産まれたように、ドラマの様に決められたタイミングでするんだろうなと、僕には危機感がなかった。
ライトをつけないで出てきた車にビックリしながらも、僕は公園へと急いだ。
公園の入り口に、存在を忘れられたような外灯がある。日によってチカチカと点滅して、完全に消えた時は、代わりに夜空が目一杯に輝いていた。だから、いつも消えていてくれと願っていた。
今日は点いていた。少しガッカリした。気持ちと視線を下げた時、光の下には一人の女の子がいた。
僕と女の子は目があった。白いシャツにジーパン。僕と似たような服装。違うのは、淡い光の下でもハッキリと分かる整った顔立ち。そして、長い黒髪。
僕は思いっきり手に力をいれて、女の子の前で急ブレーキをかけた。
「……君、名前は?」
「……」
「こんなとこでどうしたの?」
見たことがない女の子だった。かわいいとも思ったけど、自分だけの秘密の景色が取られそうで、なんだか嫌だった。
「わたしはリン」
「リン?」
「あなたは?」
「あ、僕はユーイチ」
「ユーイチ君、あなたこそこんな時間にどうしたの?」
「僕は……」
正直に言うかどうか迷った。
「わたしはね、ここの公園で観る星空が好きなの」
先に言われてしまった。
「どうしたの? ユーイチ君。あなたも観に来たんじゃないの?」
「なんでそんな事知ってるの?」
顔が熱くなった。自分だけの秘密を知られて。小学校の時、水泳の授業中、水着がずれて大事なところを女子に見られた時みたいだった。
「本当みたいなのね? 顔が真っ赤よ。ただ、わたしはひっかけてみただけなのに」
もっと恥ずかしくなった。同じような歳の女の子に言いように遊ばれて。
「じゃあ、僕、帰るから」
なかばヤケに言い放って、ペダルに足をかけた。
「待って」
上の外灯が、チカッと点滅した。
「一緒に、観よ?」