表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自分は土でもいじってますね。  作者: かつじん
6/11

水の大精霊

「―――、――」


声が聞こえる。凛とした中に、確かな優しさを感じさせる。そんな声だ。

自分の頬を伝う、柔らかな感触に気付く。

頬を撫でられる感覚と、その声に、次第にぼんやりとした意識が、感覚が体に戻っていく。


「・・・・本当に綺麗な顔・・・・やっぱり女の子かしら?」


瞼を開くと、自分の顔を覗き込むようにしている瞳と目が合った。

慈悲や母性を感じさせる美貌の、その美しい碧眼は確かに自分を映している。


「――なっ!?」

「きゃっ!?」


(誰!?っというか、何してたんだっけ!?)


思わず口調が普通になるが、慌てて飛び起きて、自分の記憶を探り始める。

酷く疲労しているらしく、体には重い倦怠感があり、目の焦点も微妙にずれていて気持ちが悪い。


(確か、【繁栄】が発動して・・・・・)


そのまま気を失った。確かそうだった筈だ。


不安定な足取りで周囲を確認すると、そこには先程と大きく様変わりしていた。目に映る大樹はより荘厳に、より美しくその姿を変え、かつての弱りきった姿からは想像できないほどの生命力と、ガラス細工のような美しさを訴えかけてくる。

水面から青く煌く数々の水晶が顔を覗かせる泉は、まさに神秘そのもの。記憶にあった、乾燥でひび割れた地面を水底にする形で泉が出来ている事に気付く。そして、水底のひびを確認できるほど泉の水は澄み切っていた。


――これが【繁栄】の効果。


軽い気持ちで行った行動に対して、【繁栄】と言う文字に恥じない、壮大な結果が伴ってしまった事に思わず呆然として、周囲に視線が泳いでいく。


そこまでして、やっと先程話しかけてきた女性に目を留めて、意識を向けることが出来た。

毛先に行くにつれて青みがかる、美しい艶やかな波打つ黒い長髪に、光を反射する泉の水面よりも碧いその瞳の奥には溢れんばかりの慈愛の光りが宿っている。女神の持つ白磁の肌とは又違った、例えるならば白い砂浜のような肌はどこかしっとりとしていて、彼女の着る鮮やかな青色のワンピースは良く映え、そのシンプルな服は彼女のスタイルの良さをしっかりと主張していた。


「大丈夫?魔力を使い果たして気を失ってたみたいだし・・・。もしかして、何処か痛いのかしら!?気分は悪かったりする!?大丈夫よ、こう見えても回復魔法には自身があるの!任せて頂戴!」


自分の視線が自身に向いている事に気付くや否や、まくし立てるように声を上げながら接近してくる。

ぐいぐいと接近してくる彼女は、ついに自分の眼前までやってくると、ぐいと顔を近づけてくる。労わる様に、愛でるように、慈しむ様に、その白い指で頬を撫でてくるが、肩紐タイプのワンピースを着てる彼女がかがむと、その豊満な胸部が服によって強調され、激しく目線が泳いでしまう。体の構造的に性欲は薄くなってしまっている筈なのに、かつて男子として生きた精神は、彼女と自分の距離、その顔の美しさ、その豊満な体に対して反応してしまう。

そうやって目を白黒している自分に勘違いしたのか、


「混乱してるのね、無理もないわ。あんなに消耗しきったんだもの、本来なら2、3日は寝込んでも何もおかしくないのに・・・。よし、治してあげるわ!」


そういうと彼女は何かを呟くと、泉から輝く水の球が浮かび上がり、自分の鳩尾まで近づいてくる。ちゃぽんと音を立て自分の体の中に入ってくると、体の、服の表面に小さな波紋が起こった。

次の瞬間には、確かに感じていた倦怠感や疲労の感覚は綺麗さっぱり流し落とされ、すっきりとした気分になり、同時に、完全に覚醒した意識はこの現状に対する幾つもの疑問を自分から彼女へ投げかけさせる。


「あ、ありがとうございます。えと、その・・・・貴方は?」


やっと自身に言葉を投げかけて来てくれたのが嬉しいのか、彼女は花が咲くような笑顔を浮かべると、


「はじめまして、えと、私は・・・水の大精霊って言ったほうが通じるかしら?自分で自分を大精霊って呼ぶのは、なんだか恥ずかしいものね。」


そう言って恥ずかしそうにはにかみながら、自身の頬に手を当てるのだった。




「―――それで、自分の事を溺れない様に、泉から助けてくれたと言うことですか」

「ええ、そうよ。でも、驚いたわ。色んな事が一気に起こったのですから」

「・・・・その、すいませんね」

「ふふっ・・・・、貴方が謝る必要はないのよ?むしろこっちがお礼を言わなければならないくらいです」


そう言って落ち着いた様子で話す彼女は、先程の慌てようが嘘の様に知的で大人の女性の魅力を感じさせた。

彼女が言うには、気がつけば辺りは今の状態になっており、泉に浮いている自分に気付いて、ここまで運んでくれた、との事。気を失ったのは、どうも魔力を完全に使ってしまったからという事らしい。《スキル》を使うと時などに感じていた、体内の力の感覚は、魔力であると漸く気付いた。

つまり、言ってしまえば、彼女は命の恩人である。なので、彼女からお礼を言われる心当たりは無いのだが。


「・・・暖かい、本当に暖かくて優しい力の奔流を感じたと思ったら、こうして我が身を顕現させる事が出来るようになったのですもの。本来、お礼を言うべきは私のほうです」


こう言って譲らないのだ。本人がそう言うのならば、これ以上否定の仕様がないので話を前に進めたい。

せっかく、話が出来る相手を得れたのだから、ここで最大限情報を提供してもらおうではないか。


「そ、そうですか。では水の大精霊様、色々質問させてもらっても構いませんか?」

「ディーナ」

「へっ?」

「ディーナ。私の名前です。水の大精霊様、だなんて畏まった呼び方は止めてほしいわ」

「じゃあ、ディーナ様は「ディーナ。」

「・・・・・ディーナさん」

「まぁ、それでいいかしら」


彼女は満足げな顔で軽くうなづく。見かけの割にフレンドリーな御方だ。後、雰囲気が凛としたり、親しみやすい物になったり、表情が豊かで、実に掴みにくい。しかし、自分に対して悪意や敵意を抱いていないのは確かなようだ。


「ディーナさんは、この泉の主と言うことで間違いないですか?」

「厳密には違いますね。さっきも思ったのですが、精霊樹を再生したのは他でもない貴方ですよね?」

「精霊樹・・・・、この大樹の事ですかね。随分と様変わりしてしまいましたが」

「その通り。精霊樹ラシル。力を失った私が依り代として使ってた樹よ。――恐らく、この姿こそが本来のものなのでしょうけど・・・」

「恐らく・・・?」

「私がこの樹を見つけたときには、既に弱り始めていたわ。だから私も精霊樹の全盛期の姿なんて知らないのよ。私もこの樹に憑いて、眠りに入ってから、ゆっくりと大樹が朽ちるのと共に、存在を沈黙させていく予定だったから」


なのに、と彼女は付け加える。


「依り代である大樹を通して、私に大量の力が流れ込んだと思えば、次はその依り代ごと復活させちゃうんですもの。人族の言う、神とか、天国とか地獄とか言うのも信じてないけど、そういった世界に来ちゃったと思ったのよ。目を覚ましてみれば、足元に貴方が浮いてるし。泉は出来上がってるし。しかも辺りを汚染していた忌々しい魔素もすっかり綺麗になってるし・・・」


(・・・確かに目覚めて、目前に泉が出来てて、さらにそこに人が浮いてれば、驚きもしますよね・・・)


「・・・ねぇ、そんな貴方って何者なのですか?」


ころころと変わる調子の言葉だけ聴けば、自分に疑いを向けているように思うが、実際に彼女のほうに目を向けると、その瞳にあるのは疑惑ではなく、好奇心と好意の光だ。それはまるで、プレゼントを与えられた子供のような輝きで、大人びた彼女の風貌とはミスマッチしている。


気がつけば、彼女が自分に話しを聞く流れになっていた。


「そうですね。取り敢えず自分の事を説明しないと、ですね」

「ええ、そうして頂戴」


こうして、自分は彼女―ディーナにこれまでの経緯を話す。女神に出会ってこの世界に来た事も話そうと思ったが、先程の発言から、彼女は神様とかそういった概念に対しての知識が少ないらしい。

この森の中で、それこそ彼女自身が神様扱いされてもおかしくない存在なのだから、有る意味では仕方が無いのだが。

神という概念を良く知らない存在に、それを説明するには、自分の哲学的知識もあまりに御粗末な為、彼女には自分が気がつけばこの場所に居て、何故か使える力を使って精一杯生活しようといている、と言う風に伝えた。前世の記憶についても、説明仕切れる気がしないので結果として"変な力を持った記憶の無い人物"と言うあまりに怪しい人物像が出来てしまったが、これからのこの世界での生活を考えればむしろ良いかもしれない。この世界の人々にとって当たり前の文化でも、自分にとってはそうではない。恐らく今後、そういった失敗を繰り返すことになるだろう。その時に、"記憶が無い"という人物像は、失敗した際に人々から怒りを買ってしまった時の言い訳として非常に好都合だ。その言い分を信じてもらえるかは別で有るが。


「なるほど・・・・。可哀想。以前に何をしていたか、貴方には記憶も無いのですか?」

「・・・残念ながら」


その彼女の目線に、自分のなけなしの良心が訴えかけてくるが変な混乱を招くのは避けたい。


「どこまでなら覚えているの?」

「・・・・えっと、


(そういや、自分の容姿も含めて全く把握していません)


・・・・・全部です」

「ごめんなさい。不安にさせるような事を聞いてしまったようね」

「いいえ、大丈夫です。意外と受け入れられてますから」

「そうね・・・・。」

彼女は長い沈黙を保ち、その美しい桜色の唇に白い指先を当てると、考え込む様に視線をそらす。

「ルーア」

「っへ?」

「貴方の名前よ。その様子だと名前も思い出せないのでしょう?一生懸命考えてみたの」


(・・・・名前は思い出せるのでしたね)


「話の腰を折るようで、あれなのですが。えっと・・・・ヤマナシ ケンイチって人はご存知ですか?」

「ヤマナシ ケンイチ?・・・それって人名なの?結構長く生きてるつもりだけれど、私はそんな響きの名前をもった民族や種族は知らないわね・・・」


(嗚呼・・・やはりですか)


有る程度予想していたが、この世界での日本人の和名の響きは、現地の存在には人名として違和感を抱かせるものらしい。親からもらった名前だ。この世界で堂々と名乗れないのはショックだが、この段階でそれが判明したのは幸いだ。


「えっと・・・もしかして、誰か大切な人なの?」

「いや・・・、唯一思い出せる言葉だったので、人名か何かかと思いまして」

その問いかけに対して、彼女は申し訳なさそうに、形のいい眉を下げながら、告げる。

「・・・・残念だけど、私に思い当たる節はないわ。力になれなくて御免なさい」

「いや、そんなに気にてくれなくとも、大丈夫です。それよりも、ルーアですか」


正直、自分の乏しいネーミングセンスを総動員した所で、良い名前が思いつくとは思えはしない。自分が思うほど、悪くは無いのかもしれないが、良いとも思えない。ならば、この世界の、それも大精霊たる彼女が名前をくれると言うのだ。これに乗らない手はないだろう。


「――いい名前ですね」

「っ!気に入ってくれたみたいで嬉しいわ!私の名前と音の響きを似せたのよ!」

「そ、そうですか・・・。」


さっきから思うのだが、彼女の自分に対する振る舞いは、自分が彼女の復活を助けた、という話を考慮してみても、少しばかり好意的過ぎるように感じる。


「ディーナさ―、んは随分と自分の事を気に入ってくれているのですね」

「ルーアからは、その、何て言えばいいのかしら?優しい感じがするのよ」

「優しい感じですか・・・」


前世では、少ない女友達の評価は総じて"良い人"で通っていた自分の性質は、この世界にもしっかりと受け継がれているようだ。そんなに迸る程の優しさが、自分に備わっているとは到底思わないのだが。

言外に自分が不思議に思っていることを示してみると、彼女はすぐに答えてくれる。


「ルーアの魔力はそんな感じがするのよ。えっと・・・・、何も知らないのよね?うーん。あの、魔物に魔族や人族、それに私達精霊って言うのが存在するのだけど、そのどれもが己の体内に魔力を持っているの」

「えっと、確か、それを使い果たしたから自分は気を失ったんですよね」

そうよ、と彼女は肯定してから話を続ける。

「まぁ、魔物は厳密には取り込んだ魔素によって体を変異させた動物や植物なのだけど、まあ今はいいわ。とりあえず、その他の存在は多かれ少なかれ魔力を持ってるの」

相槌として、彼女に頷く。

「それで、私達や彼、彼女達の持つ魔力って、こう、感覚っていうの?違うのよね。恐らくは魔力的な純度の差が、そういった感覚の差を生んでるのでしょうけど」

「つまり、魔族には魔族、人族には人族、精霊には精霊らしい魔力がそれぞれ備わってると。」

「随分と飲み込みが早いわね・・・。その通りよ」


伊達にサブカルチャーの溢れ、氾濫している創作の国で育ってはいない。


「それでね、ルーアから感じる魔力は、確か――ううん。そのどれにも当てはまらないのよ」

つまり、彼女からすれば魔物とも、魔族とも人族とも、ましてや精霊とも言えない魔力をもった自分が不思議で仕方が無いのだろう。

「なるほど・・・・。自分で言うのもなんですが、滅茶苦茶怪しい奴ですよね」

「いや、怪しいとは思わなかったわよ?」

「だと良いのですが・・・」

「いや、なんでもないわ。要するに、貴方の魔力は他の存在とは違っていて、魔力的な純度で言えば、信じられない話だけど、貴方のほうが私達より上なのよね・・・」

「そうなのですか?」


正直ピンと来ない上に、それが凄いのかどうかも判らない。思わず彼女を見つめ返す。


「・・・全然驚かないのね。そういった魔力の質の良さは精霊にとっては一つの自慢なのだけど・・・。まぁ、記憶が無いから仕方が無いわね」

「えーっと、いや、自分は精霊じゃないので、何とも・・・」


(人族でも魔族でもないみたいなのですが)


彼女は少し、釈然としないような態度をとりながらも笑顔を絶やさない。

自分がこの世界の事について、女神からの説明以外は何も知らないので、先程から興味のゆくままに話をすると、どうしても話の方向があちこちにいってしまう。


(魔力の話で思い出したけれど、魔素についても何か言ってましたね・・・)


「あの、確か魔素について何か言ってませんでしたか?」

「・・・そう!そうよ!大丈夫なの?周囲を汚染した魔素を吸収してたみたいだけど・・・」


周囲を汚染していた魔素。その言葉には聞き覚えが有る。


「"魔神"・・・の魔素でしたか?」


かつての"魔神"が撒き散らした高濃度の魔素。それは、この世界のあちこちを汚染した。女神に聞いた話の中にそういったのがあった筈だ。


「記憶が無い割には、そういった事は知っているのね」

「・・・えと、なんとなくぼんやりとですけど」


「まぁ、良いわ。いちいち突っ掛かっても仕方が無いしね。貴方の言ったとおり"魔神"の魔素よ」


(そういえば、詳細に関しては聞いていないですね・・・)


魔素というものが何なのか、女神から大雑把にしか聞いていない事に気付く。そもそも魔素とは何なのだろうか。

目の前の彼女は、先程と同じく自分の態度から汲み取って、話をしてくれる。


「魔素。このあらゆる場所に満ちている力の素因。それを取り込んだ取り込んだ者は、最終的に魔力を得るわ。魔力は、魔法を使えば、その結果と共に昇華されて魔素へと還る――でも、」


「"魔神"と呼ばれている存在が撒き散らした魔素は、魔法の行使と共に昇華した物や自然の中で発生した物とは違う。しかも、その元々の魔力が、何ていうのかしら。混じり気の多いものでね。その魔素も完全に循環から外れた物になってしまったの」


女神の話によれば、人族の中で、人間やエルフ、獣人やドワーフ達の魔力も呑み込んだとの事だったので、'混じり気の多い'と言う表現は、かなり的を得ているのではないだろうか。


「本来、魔素活性を司る私達みたいな存在は、その瘴気とも言える魔素に中てられて、皆弱っちゃたの。ただでさえ、各地から戦いの為に仲間達は寄せ集められていたし、その大部分が眠りに入っちゃったし、各地を探せば、生物の住めなくなった場所もあるはずよ」


こほんっ、と彼女はわざとらしく咳払いをすると、得意げな顔をして、人差し指を立てながら、ウィンクしてくる。


「分かってくれた?」

「ええ、な、なんとなくは」


相変わらず、風貌と仕草が一致しない。口調もころころ変わるので、どれが本当の彼女なのかこちらに掴ませてはくれない。


「そう。まぁ、ここまでは私にとっては前置きなのだけれど――」


「貴方は、その魔素を吸い取って魔力を回復させた。それ自体は不自然ではないのです。全ての魔力を持つ者たちは、消耗した分だけ空気中の魔素から補充するのですから。でも、貴方は循環から外れた筈の魔素を取り込み、魔力を回復させたのです。そして、いえ、だからこそ」


「さっき貴方と話した事を含めて、貴方が気になるのです。貴方は――何をしたい人なのですか?」


彼女は少し眼を細め、凛とした表情で自分に目線を合わせてくる。

先程まで、瞳に宿っていた輝きはその様子を変える。

まるで、底の見えない海。どれ程巨大な物であろうと、等しく全てを呑み込み水底へと沈める。

そんな瞳の奥にある彼女の意思を汲み取る事は出来ない。一体誰が、井戸の桶を使って広大な海の底にある泥を汲み取る事ができると言うのか。

そんな瞳にこちらの眼を覗きこまれる事で、気を抜いたら全てを呑み込まれ、溺れてしまうのではないかという思いが脳裏をよぎる。


恐らくは、その瞳の奥の奥にこそ、彼女の本質があるのだろうが、それを汲み取るのは元日本の大学生たる自分にとってはあまりに無理難題だ。それに、どう足掻けども、自分には自分の深さに合った解答をするしかない。長いものには巻かれろ、いや、彼女に対する場合には、激流には身を任せろと言った所か。


「・・・・精一杯、生きて行きたいです」


「・・・そう。・・・ええ、そうね!精一杯生きていかないと!!」


一転して、彼女は親しみやすいを雰囲気醸し出す。本当に一瞬の変化で、こっちがついていけなくなる。


(あれ・・・結構シリアスな雰囲気だと思ったのですが)


そんな、自分の心を置き去りにした当の本人は、自分の様子を気にする事無く、可愛らしげに首を傾げる。

「それで?その、精一杯生きる為の、一歩として貴方はこれからどうしたいのかしら?」


「・・・・えと、ああ、そうでした。この泉の畔に住みたいんですが、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ、全く問題ないわ!私には話し相手が出来るしね」

そういって楽しそうにしているのだった。


(ここで本格的に住み始めるのだったら、マンドラゴラもここらで育ててみたいですね)

恐らく、ああいった植物は珍しいはずだ。せっかく見つけたのだし、ここに移して世話をしてやりたい。


「えっと、前に居た場所に、幾つか取りに行きたいものがあるので、ちょっと行ってきますね」


「ふふっ・・・。行ってきます、だなんて新鮮な感覚だわ。ええと、確か、いってらっしゃい?」


そう言って、見送ってくれる彼女に背を向けて、歩き出すのだった。


――

――――

――――――


その人の背が見えなくなるまで手を振った後、先程まで隠れていた私の仲間が姿を現した。

私と違って、依り代を通して力を貰った訳でもないので、その子の光りは未だ弱々しいままだ。


(・・・精一杯生きる・・・ですか)


思い出すのは先程の問。一目見たときから、この場所を汚す様な存在では無いと感じてはいた。それどころか、朽ち果てるのを待つだけだったこの場所を、この大樹を、私自身を在りし日の姿へと戻して見せたのは他ならない、あの人だったのだから。

だから、あの問いかけはちょっとした意地悪だった。

そして、それに対する、精一杯生きるという答え。

恐らくだが、彼、もしくは彼女だろうか。いずれにしろ、あの人が言った記憶が無いと言うのは嘘の様に思える。もしかしたら、私に隠したいこともあるかも知れない。

だが、それだけでは無かった。むしろそうやって生き抜く事こそ、あの人の目的であるような・・・・。


(――なんて、考え過ぎかしら)


それに、彼が隠し事をしているかも知れないという事に対しても、特に何も思わない。

何故ならば、私にも微妙に濁して、伝えていない事があるから。


そうやって、一人考えていると、漂う仲間が目の前にやってくる。


「――、――――」


「ええ、そうね。やっぱり貴方もそう思うのね」


大樹の中で、微かに残る自我を抱えながら、長い時を経ていた私を突如として包んだあの魔力。

あの人以外には、そんな魔力を感じた事はないと言ったが、実は嘘だ。


ディーナと言う名を得るもっと前、人型の姿を取るようになったその遥か前、この世に産まれ出でたあの瞬間に感じた、暖かく、優しい力。それは、私の今までの時間の中で一度しか感じたことの無いような、そんな物だったが、大樹の中で私を目覚めへと導いたあの魔力は、全く同じ感覚がしたのだ。


本当に何なのだろう。あの人物は。


「意外と、あれが、彼らの言う神様、だったりして・・・・うふふっ」


その神秘的な美しさを宿す景色の中、水の大精霊の小さな笑い声は、鈴の様に美しい音色で、その泉に、その畔に、優しく響くのだった。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ