必要なものは
周囲を包んでいる闇を、太陽の光が少しずつ照らしていく。暗闇の中でぼんやりとしていた木々の輪郭が少しずつはっきりとしていく中、暁空は夕焼け空とはまた一つ違った表情を見せる。
異世界での一日を経て、二日目が始まろうとしていた――
「ふぁ~・・・ああぁ~」
情けない欠伸と共に伸びをして、この世界に転生してきてから初めての朝を迎える。起きた時に、屋根の低さを忘れていて、思い切り頭を打った事を除いて平和な朝だ。思い返すと、昨日は何一つとして飲み食いをしなかった。なので、結構空腹を感じている。初日にするべきは食糧調達だったと反省する。しかし、ここは森なのだ。探せば幾らでも食べられるものはあるはずだ。そう思い、散策に出かけるのだった。
(・・・・惨敗ですね)
結果、何も見つけられなかった。頭から寝起きのだるさが消えた頃、自身に山菜や野草、薬草の知識が無いことを思い出した。この世界でのそれらが、前の世界の物と同じであるかは別としてだが。それが駄目なら、木の実を探そうと方針を改めた。見つける事が出来たのだが、どれもこれも果肉はほとんど無く、硬い種子を分厚い果皮で包んだようなものしか無かった。味も酸っぱかったり、えぐみが激しかったりととても食べれたものではなかった。お蔭で目は完全に覚めたが、それとは反対に気分はやや低下気味だ。
(この際、種だけでも食べるべきでしょうか・・・・)
植物の種子には、発芽に必要な栄養が含まれていて、意外と栄養価が高いらしい。なのでいっそ、木の実の果皮を剝がして、種だけでも食べようかと考える。そこまで考えて、ある事を閃く。
(《品種改良》を使えば、大量に種を手に入れられます・・・・!)
名案だと思った。思いつけば即実行あるのみだ。片っ端から草本植物に向けて《品種改良》を使い、【食用】の特性を上げていく。次から次へと産み出される種をこぼす事無く採取して行く。今になって気づいたのだが、木本植物一つから苗木を一つしか産み出せないのに対して、草本植物の場合一つで5~7つ程の種を産み出せる。食料として集めている今、これ程有り難い事は無かった。そうして、作業をしていると――
《――植物の改良を検証・・・・完了》
【食用】:G
【毒性】:F
【薬効】:G
《いずれの特性も改良可能》
(おっと、これは毒性があるのですね。種の状態でも毒があるかもしれませんし・・・・あれ?)
専攻していた訳でもないから、確かではないのだが。品種改良の中には植物の有毒成分の無毒化をする様な取り組みもなかっただろうか。そう考え、【毒性】を下げるように意識を集中させる。すると――
《【毒性】を低下・・・・改良完了》
(おお。下げるのも可能でしたか)
何も脳内の情報だけが、操作の全てを説明している訳では無いようだ。自分の中で《スキル》とは何かプログラムやアプリケーションの様な物と捉えていたが考え直す必要が有りそうだ。昨日の火おこしの際の《工作》と言い、使い方の自由度がそれらと段違いだからだ。恐らく、他の4つの《スキル》についてもまだまだ自分の知りえない使い方があるのだろうと思うと、少しわくわくする。どれもこれも地味なスキルではあるが、前世ではそもそも《スキル》なんて持っていなかったのだ。幾ら地味でも、自分の力の使い方を思慮していくのは、男子ならば誰でもテンションが上がるはずだ。まぁ、自分はもう男子でも無いのだが。
そうこうしている内に、茶碗一杯分程の大小様々な種を集める事が出来た。
一旦、昨日の寝床まで帰ると置いてあった石斧で小さな穴を掘り、その上に平べったい石を被せる。石の下には拾ってきた木の枝をくべ、昨日と同じ要領で《工作》を使いながら火をおこす。上に置いた石をフライパンの様に使うのだ。熱を帯びてきた石の上に先程採取してきた種を広げる。流石に生で食べるほど馬鹿ではない。火を通せば最低限食べられると思っての作業だ。
バリボリと音を立てながら食べる。ハムスターにでもなった気分だ。正直に言うとあまり味はしない。味はしないのだが、独特の土臭さが残っているのでそれが鼻を抜けると結構キツイ物がある。だが、空腹感はある程度無くなったので良しとしよう。口内の水分を結構持っていかれたので水がほしい。人は何も食べずとも水分さえあれば結構生き残れるという、生前に読んだ遭難について綴った自伝の本に書かれていた事を思い出す。いざとなれば今回の様に種を食べれば良いのだから、脳内の優先順位を"水"を最上位に置くことにした。
種を食べ終え、少し一服した後、次は水源を求めて散策を開始する。先程食べ物を探しに辺りを探し回ったので近場に無いの分かっている。なので、石斧を使い木に目印を付けながら、少し遠出してみる事にしたのだった。
どれほど歩いただろうか。周りの景色の変化は乏しく、万緑が視界を占めている。あちこちに倒木を確認できた為、この森は《環境管理》で診断したようにあまり良い状態では無い事を実感させる。そういえば、この森にも一応精霊が居るらしいのだが何処に居るのだろうか。それ以前に視覚で捉えることが出来るような存在なのだろうか。女神から聴いた話の中には'精霊と話せる巫女'という存在が名前だけ登場したが、話せるだけでもラッキーだというなら見ることは出来ないのではないかと思う。
そんな事を考えて歩いていると、ふと鼻に刺さるような臭いを感じた。足元を見ると大きな双葉の植物が生えている。栄養状態が悪いのだろう、葉はしおれ掛けており茎もだらんと垂れかかっている。何よりも、自己主張してくる刺激臭に思わず歩みを止めた。確かこの臭いは――
(・・・アンモニア臭?)
自身の足元にある植物から確かにその臭いがした。見れば茎の根元の部分からはすこし隆起した太い根っこが見える。もしかしたら根菜類の一種かもしれない。アンモニア臭がする野菜というのは正直遠慮したいが、朝の様に種だけの食事と言うのも頂けない。ある程度加熱すれば臭いもましになるかもしれないと思い、その植物を抜こうとその茎を掴んだ。
本来ならば《品種改良》で毒性などを調べるべきであったのに、この時は何故かそんな事に気付かないでいた。
根っこがそこまで深くまで伸びていないのか、はたまた土が緩い場所なのか。その植物はあまり力を入れる事をしなくても引っこ抜く事ができた。そして、その時。植物の根っこと眼が合うのだった。根っこには顔があったのだ。根っこは、簡単に言うと人型の形になっており顔の部分には目と口の位置に黒い窪みがあった。漂うアンモニア臭、人型の根っこときて、脳裏にこの植物の名前が浮かび上がる。
(確か、マンドラゴ――)
「ギィィィィィィィィッィィィィッィィィィッィィッィィィィイヤァァアアアアア!!!!!!!!!!」
「なっ―」
突如、響き渡る大音量の叫び声。耳にした者の鼓膜を張り裂かんがばかりの叫び声に、持っている手にビリビリとした振動が走り、周りの木々の葉も微かに揺れている。同時に、冷たい物を食べ過ぎた時に起こる様な頭痛が襲ってくる。
――マンドラゴラ。引き抜かれた時に叫び声を上げ、その声をまともに聞いた者は発狂して死ぬと言われる植物。まともに聞いても頭痛だけで済んだのはこの体のお蔭だろうか。
「ギィ・・・・ギギッ・・・・・・」
「・・・・・やっと、大人しくなりましたか」
しばらくそのままにしておくと叫び声は次第に小さくなっていく。最初はじたばたと暴れていたが、それも小さくなっていた。
(ああ!本当に異世界なのですね・・・・!)
この世界に来て初めて出会った、前世には居なかった存在に心が躍ってしまう。のど元過ぎれば熱さを忘れるとはよく言ったもので、もうすでに、場合によっては死んでしまっていても不思議ではなかった事など頭から抜けてしまっている。
(この子に《品種改良》を使用した場合、どうなるのでしょうかね)
マンドラゴラは植物として扱われていたり、前世では魔物としても扱われていたはずだ。そういった、所謂'植物系の魔物'に対して《品種改良》は有効なのか試しておこうと思ったのだ。
《――対象の改良を検証・・・・完了》
【食用】:G
【毒性】:D
【薬効】:D
《いずれの特性も改良可能》
(・・・・ん?あれ?魔物に対しては別の特性がでると思ったのですが)
マンドラゴラは植物扱いなのだろうか、と思っていると
《――対象の特異性を検知・・・・改良の再検証・・・・・完了》
【体力】G
【魔力】F
【能力】:"魂の絶叫"
【食用】:G
【毒性】:D
【薬効】:D
《いずれの特性も改良可能》
(やっぱり《スキル》の自由度は高いですね・・・・・)
新たに追加された特性である【体力】【魔力】【能力】について見て行く。目に付く項目の【能力】の"魂の絶叫"とは、恐らく引っこ抜いた時に聞いたあの叫び声の事だろう。【能力】まで向上させられるのには驚いたが、自分の首を絞めることに成りそうなので、今回は【魔力】を向上させることにした。マンドラゴラも他の植物同様に淡く光りながら小さくなっていき、最終的には種になった。4つあるそれらを良く見ると、目と口なのだろうか。小さな黒い点が3つあった。ボーリングの玉みたいだ。マンドラゴラの種なんて初めて見る。
(・・・・良い頃合ですし、そろそろ戻りましょうか)
水源を求めての散策だったがマンドラゴラとの遭遇だけで、正直お腹一杯だった。それに気付けば随分と寝床から離れた所まで来てしまっていたのだ。目印を付けた木々を辿って元の場所まで戻っていく。時々、マンドラゴラの種を入れたローブの内ポケットからカサカサと言う音が聞こえてくるのが気がかりだった。
(とりあえず、前と同じ場所に蒔いておきますか・・・)
昨日、苗木と種を蒔いた場所まで来て見ると、ある事に気付く。
(あれ・・・もう芽がでてますね。苗木も若干ですが、背が高くなってる?)
昨日植えたばかりだと言うのに、成長をみせる植物に驚く。種からは既に芽が出ていて、苗木に関しては約6センチ程伸びている。気のせいだと言うには不自然な感覚に、《肥沃化》は植物の成長を促進させる効果があるのではないか、と考えた。
(・・・・これならば、果樹園を視野に入れてもいいかも知れませんね)
《品種改良》を施した木本植物のデメリットは、もう一度成木まで成長するのを待つ必要がある事だった。本来ならば年単位で待つ必要があるが、それを《肥沃化》で短縮できるのならば果樹を植えての食料生産を視野に入れるべきだろう。苗木は一日で6センチ程も成長している。単純計算だが、一ヶ月ほどもすれば成木になるのではないだろうか。自身の食生活の改善に大いに役立つだろうと思うと、自然と口元がにやけてしまう。
(おっと、今回の主役は君達でしたね)
ローブの内ポケットからマンドラゴラの種を取り出し、一定の間隔をあけて種を蒔いていく。何と無しに植えただけなので成長した後にどうするか、などは全く考えていない。ただ珍しそうだと思ったので育ててみる事にしただけだった。
種を蒔き終えて、始めた作業はあみ籠の作成である。今回のマンドラゴラのように散策先で何か見つけた場合、それを入れておくための物を作っておく必要があった。今回は種だけだったのでローブの内ポケットに入れられたが、これが苗木やその他、少し大きめの物だった場合ポケットに入れる訳にはいかなくなるからだ。周りの木の樹皮を石斧で少し傷つけ、その傷の部分をシールを剝がす要領で、少しずつ剥いていく。剥いた樹皮をビニール紐ほどの細さに裂いていく。すると長さ2メートル弱の木の皮ひもが何本もできた。それらの中点を重ね、多角形の対角線を作るようにして並べていく。中心部分を蔦で編んで固定し、そのまま皮ひもの前と後ろを交互に通るように編んで行く。しばらくすると、立体に形を整えることが出来るので全体に歪みが出ないように注意しながら作業を進める。《工作》を発動しているので、これらの作業もかなり高速化されている。出来上がったあみ籠をみると素人が作ったと思えない程の出来栄えだった。
あみ籠を寝床の屋根部分の上に置き、昨夜焚き火をした所に座る。寝床の近くに戻って来たので今後必要な物について考える事にした。当面の間、優先して探さなければならないのは水源だ。河川や泉を見つける事が出来ればいいのだが、今日の二回の散策ではそれらの水源はおろか、水分を含んでぬかるんだような場所を見つける事さえ出来なかった。今ものどの渇きは続いていて、我慢は出来るがこのままずっとと言うのは遠慮したい。それに水があれば体を洗うことが出来る。衛生面でのメリットも大きいのだ。先程考えた果樹園計画にも水は必要不可欠だ。もしかしたら《肥沃化》の効果で土壌の水分も含め操作出来るのであれば問題ないが、まずそれを確認する術がない。
水源を見つけられたなら、次にするべきは本格的な拠点の製作だ。今、自分の居る場所に寝床を作ったのは自分が転移させられた地点と言うこともあるが、その時は具体的な今後の方針を考えていなかったので、なんと無く作ったものだ。あくまで簡易的な物だし、弱い雨風なら防げるかもしれないが、本降りになれば雨漏りはするだろうし、強風が吹けば屋根ごと飛ばされかねない。なので、今後この森で活動していくのなら本格的な拠点、居住スペースは必要だ。だが、一度それを作ってしまうとその周囲での活動がメインとなる事だろう。水源から離れた所へ作ってしまったのなら、ことあるごとに水汲みに行かなくてはならなくなる。だからこそ、水源の確保が出来るまで本格的な拠点の製作は控えるべきなのだ。
(まぁ、あくまで自分の考えなのですが)
そして拠点も作った後は――
(精霊でも探してみましょうか・・・)
幸い、《環境管理》により水と、土の精霊の存在を確認できている。彼らが何処にいるのかは分からないが出来れば出会ってみたい。見ることが出来るのかは分からないのだが。これは好奇心によるものではあるが、確認しておきたい事があった。一つは精霊たちと話すことが出来るかどうか。もう一つは眠りについたと言う彼らを起こす方法を知らないか。そう簡単な事ではないだろうが、もしも可能だとしたら、それが年単位の時間がかかる事だとしても、自分のこの体ならば気にしなくても良い。何より、この世界を救う事への小さな第一歩と成りえるはずだ。
『自分の読んでいた物語なんかでは、そういった地味な力で世界を救ってしまうなんて、よくあることですから』
女神を元気付ける為に半分冗談で口にした言葉であったが、半分は本気だった。その事を思い出す。昨日は自分の身の振り方を考えていなかったと思ったが、これを目標にするのも悪くないだろう。今はそんな先のことは分からないが、いずれ落ち着いた時には本格的に取り組む事が出来れば良いと考えている。あくまで予定ではあるのだが。
気がつけば空の端にあった太陽は真上に昇り、木陰も少し小さくなっている。木漏れ日の明るさと温もりが朝よりも強くなったのを感じながら、考えを纏めた自分は立ち上がり、先程とは別の方向へと散策を始めようと考える。目的は水源の確保。現在の自分に何よりも必要であるそれを今度こそは見つけられますようにと願いながら、先程作った巻きかごを片手に歩を進めるのだった。
現在、登場人物が二人しかおらず、作中での会話がかなり少ないですが、今後ぼちぼち増えていく筈ですのでどうかご容赦下さい。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。