姫と切っ掛け
夏休み前の最後の登校日。
蒸し風呂と化した体育館で行われた終業式も終わり、放課後を迎えた教室にはちらほらとクラスメイトが残っていた。
窓を全開に空けているにも関わらず蒸し暑く、蝉の声が煩く聞こえる最悪の環境とも言えるこの教室でグループで固まり雑談を楽しんでいるツワモノのクラスメイト。
彼等は高校生活初の夏休みに、神聖さを感じているのか何処か浮かれている様に見える。
そんなテンションとは無縁な僕は一人、雑談の声をBGMにして暢気に帰り支度を行っていた。
「零いるか」
突然僕の名を呼びクラスへと入ってきた男子生徒に、教室にいる女子たちは『圭吾君が来た』と色めきだす。
彼女達の反応に僕は眉を寄せ『さっさと帰るべきだった』と凄く後悔をした。
教室に入ってきた男子生徒の名は『赤木圭吾』。
幼い頃から付き合いがある腐れ縁の悪友である。
甘いフェイスと子供っぽい性格から女子からの人気は言わずもがな、男子からも気軽に話せる悪友と言った人気ぶり。
人タラシという称号が相応しい人物だ。
そんな圭吾ではあるが、僕にとっては面倒ごとを巻き起こす男でしかない。
人気が高い人物であるからこそ、特殊な容姿をした僕に対し女子たちが嫉妬や期待の眼差しを向けていく。
そのせいで中学時代に僕がどれだけ苦労をしてきたか。
そして、今からどれだけ苦労をして行くのか考えるだけで深いため息を付きたくなる。
「どうした零。そんな辛気臭い顔をして」
圭吾は僕の近くへと歩み寄ってくる。
それと共に女子たちの視線が僕の方へと突き刺さり、蒸し暑い部屋だと言うのに一瞬寒気が襲ってきた。
「生まれつきこんな顔だ」
「そうだったか。まぁいいや。零は一握りの楽園って知っているか」
「知らん。ドラマか何かか」
圭吾の質問に対し素っ気無く答えてやった。
「いやいや。ドラマよりもいいものだぜ」
「やっぱりVRMMOか」
VRMMOとは巷で話題のゲームである。
VRシステムという技術を使い電脳空間に作ったアバターと言われる体に自分の魂を突っ込む事によって、昔の人が夢見たRPGの世界に行けるという夢を現実にしたゲームである。
いや、本当はそんなオカルトチックなシステムではなく科学的なシステムではあるのだけど、如何せん内容が難しいため簡単に表現するためにこのような説明にさせてもらった。
そして、圭吾の話題の大半はこのVRMMOの話題ばかりだ。
さすが――。
「廃人だな」
わざと圭吾に聞こえるように言ってやると圭吾は困ったような表情を浮かべる。
「いや。VRMMOの話をしただけで廃人確定ってのはどうよ」
「じゃあ聞くが、1日に何時間プレイしているんだ」
「そうだな12時間ぐらいだな」
圭吾の答えに僕は絶句した。
一日の半分をゲームに当ててる時点で廃人確定だろう。
しかも、学校生活がある中で12時間と言う事は寝ている間も遊んでいる事になる。
さすがに圭吾の事が心配になるレベルである。
「あのな圭吾。もっとさ他の趣味を見つけろよ。たとえばドラマとかさ」
「そんなもの無くてもいいだろう。第一、ドラマって見てて何が楽しいんだ」
知らん。第一僕自身あまりドラマが好きでない。
かといって素直に圭吾に告げるのも癪だし、どうしたものかな。
少し考えているとふと、クラスの或る女子グループが圭吾が来る前までドラマが如何こう言っていたのを思い出した。
あそこのグループは声が大きいから否が応でも聞こえて来るのだ。
そのグループに圭吾をけしかけてやるのはどうだろうか。
きっと面白い事になるだろう。
「そんな事を言うと、さっきまでな後ろでドラマの話をしていた彼女たちが可愛そうだろ。謝って来い」
「えっ・・・あー。解った」
僕が圭吾に言うと彼は困惑した表情を浮かべ、女子グループへと向かっていった。
深く考えず行動できる圭吾は勇者と言っても過言じゃない。
話題に出たグループはと言うと、いきなりの事で硬直したようだ。
そうこうしている間にも圭吾は女子グループへと向かっていく。
そして『なにか。すまなかった』と圭吾は女子グループに謝った。
しかし彼女たちはカチコチに固まったままで、何とか『い、いえ』とだけ反応するのが精一杯だった様だ。
計画道理だ。
これで鬱陶しい視線が減ればいいのだが。
しかし、そうはいかなかったようで周りの女子たちは露骨にドラマの話題を始め催促の視線を此方に向けてきた。
はいはい解りましたよ。
「やっぱり、ここにいる女子全員に謝って来い」
「えー。マジか」
戻ってきた圭吾に新たな指令を出し再び送り出す。
流石に圭吾も納得いかない表情を浮かべていたが、それでも指示に従いに謝りに言った。
「謝ってきたぞ」
胸を張って戻ってきた圭吾。
確かに彼は全員に謝って帰ってきた。
ここにいる女子生徒を全員撃墜して。
彼女たちは催促してきたのはいいのだが皆、ロクに会話が出来ず失敗に終わった。
中には頭から煙を出し机に突っ伏している人もいる。
なら、最初から催促してくるなとも思ったが、鬱陶しい視線からも開放されたのでよしとする事にした。
「で、何の話だったか」
「一握りの楽園の話だ」
「なんと言うかアレな香りがするタイトルだな」
「だが、中はなかなか凄かったぞ」
「プレイ済みか」
「何を隠そう5000人限定ベータテストに当選した選ばれたベーターテスターだからな」
得意げな顔を浮かべる圭吾。
正直、うざい。
「そうか。それは良かったな。じゃあそう言うことで僕は帰る」
「おいまて、帰るな」
「何だよ」
うざさの余り帰ろうとした僕を圭吾が止める。
「もういいだろ。自慢話なら後で電話でもしてこいよ」
背中に悪寒が走り嫉妬の視線が再び僕へと突き刺さる。
なんだよ。また圭吾をけしかけられたいのか彼女たちは。
「いや待て待て、本題がまだだ」
「本題があったとはびっくりだ」
なるべく彼女達を気にしないように会話を続けていく。
「あのなぁ。本題はあるに決まってるだろ。これだよこれ」
圭吾は胸ポケットから一枚のチケットを取り出す。
そこには15桁の英数字とデフォルメされたキャラクターが書かれている。
「シリアルコードか」
「あぁ。そうだ」
「で、これをどうしろと」
「いや。これをやるから一緒に遊ぼうぜって話だ」
圭吾の発言に呆気にとられる。
物によってはオークションとかで10万とか高額で取引されるシリアルコードをポンと僕に渡してきたのだから呆気に取られても仕方ないだろう。
「いいのかそんな高いもの貰っても」
「あぁベータテストの時のイベントの報酬で貰ったんだ。あげた所で俺の懐に響かないからな」
「なんで僕になんだ」
「そうだな。この学校で【専用ゲート】を持ってて尚且つゲームに興味が無い奴なんてそうそういなだろう」
専用ゲートとはVRシステムという技術を使うために必要な家庭版ハードになる。
セキュリティ上登録した本人しか使えず、尚且つ値段が高性能PCが2台買えるほど高いため学生の間の普及率は余り高くない。
その上、ネットカフェならぬVRカフェという物が出来てからは専用ゲートの普及率が一段と下がった。
VRカフェと言うのはネットカフェのVRシステム版で、比較的安価にVRシステムを使うことが出来る。
ここからは余談だがVRカフェに使われているのは【共有ゲート】と言われる企業向けに開発された複数の人が使うことを前提に作られた物だ。
値段も企業向けとあって高い新車が買えるぐらいの値段がしたりする。
話を戻そう。
つまり条件に当てはまるやつが僕ぐらいしかいなかったというわけか。
「態々ご苦労な事で。そんなことせずにオークションに出品すればよかったのに」
「身も知らず奴にくれてやるぐらいなら友達にやったほうがましだ」
「そうかい。ならありがたく貰うわ」
圭吾からチケットを受け取る。
女子たちの視線がきつくなったが無視だ。
「ゲーム始めたら連絡くれよ」
「お前はゲームばかりじゃなくて宿題もちゃんとしろよ」
「・・・・・」
僕の投げか掛けに黙る圭吾。
こいつは相変わらずか。
圭吾は趣味以外には基本やる気を出さないのだから、勉強なんてのも授業以外やって居ないだろう。
そのくせ、成績は上位に入るのだから世の中不公平だと思う。
「渡したからな。じゃあそう言うことで」
圭吾はそそくさと退散して言った。
追求されるのが嫌だったな。
それよりもさっさと僕も退散せねば。
女子に捕まると面倒な事になる。
カバンにすばやく荷物を放り込むと瞬発力を活かし教室を飛び出す。
『あっ』と女子たちが気づいて追いかけようとしてきたが後の祭り。
僕は彼女達を振り切って全力疾走を維持したまま帰路についた。
全力疾走での帰宅に成功した僕は、鍵を開け誰もいない家へと入っていく。
自分の部屋に荷物を置き服を着替えた後に、専用ゲートギアについているメール機能を起動する。
「なんじゃこりゃ」
思わず声が出た。
何故ならメールボックがバイト先の女社長からのヘルプメールで埋め尽くされていたからだ。
「マジか・・・」
ため息を一つ付く。
無視するわけにもいかないため、しぶしぶ専用ゲートを起動し電脳空間にあるバイト先に向った。
バイト先はまさに地獄絵図だった。
正座させられないている女社長。
背中から鬼神がにじみ出ている秘書。
死屍累々のバイト仲間達。
何事かと思い聞いてみるとどうやら女社長が調子に乗って処理しきれないほどの仕事を取って帰ってきたらしい。
しかも期限が今日までというオマケつき。
もうここまできたら笑うしかない。
僕は覚悟を決め、仕事をこなして言った。
アレから時間が立ち午後7時。
6時にノルマを終わらせることが出来た僕はさっさと上がらせてもらい、後回しにさせられた家事や食事そしてインストール作業も済ませていると気づけばこんな時間になってしまっていた。
しかし、これで何にも邪魔されずに遊ぶことが出来る。
あんなことがあったにも関わらず遊ぼうと言う気力がある事態、僕も相当アレなのだが。
楽しみにしていたのだから仕方ない。
ベットに横になり専用ゲートを装着し、『一握りの楽園を起動』と音声入力でゲームを起動する。
全身から力が抜ける感覚と共に意識を失った。