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Shortstory

失恋少女にクリスマスソングを

作者: 百円

「メリークリスマス。つーちゃん」

「メリークリスマス。つーくん」


 十二月二十六日。家のドアを開けると花束を手にした彼氏が立っていた。

 あたしの彼氏、つーくんの本名は月夜。それで、あたしの本名は月子。彼にはつーちゃんって呼ばれてる。幼馴染同士で、小学生のとき「似た名前だね」って会話したのがきっかけで仲良くなった。今はその延長みたいな感じ。


「これ、プレゼント」


 彼は、頬をすこし赤らめながら花束を押し付ける。片手で持つぐらいで足りる程の、小さな花束だけど、あたしは両手で丁寧に受け取った。花の良い匂いがふわりと漂ってくる。白とオレンジのチェックでラッピングされた花々は黄色を基調にしてあって可愛い。


「嬉しい。ありがと」

「つーちゃん、黄色好きだから、黄色の花束作ってもらったんだ」


 へへ、と照れくさそうに笑う彼は、間違いなくつーくんだけど、前会ったときよりも印象が変わっていた。栗色に染めていて結構長く伸ばしていた髪を、真っ黒に染め直して短く切っている。高校生の延長みたいな感じだったのに、今日は、なんだか大人っぽく見える。


「髪、戻したんだ?」


 あたしが尋ねると、つーくんは、まあね、と小さく笑いながら、ふとあたしの髪に触れた。綺麗で柔らかい白い手があたしの髪を滑る。


「つーちゃんこそ、髪、切った?」

「ん、切った。どう?」

「キノコみたい」

「……」


 デリカシーのないとこは、ちっとも変わってない。あたしがむくれたら、彼は焦ったようにあたしの顔を覗き込んで、ごめん嘘可愛いよって早口でフォローする。


「いいよ。どうせピアノ弾いていくんでしょ? それでチャラにしてあげる」


 あたしも口を尖らせたまんま、早口で答えると、彼は、部屋の奥にあるピアノを見て、笑みを浮かべながら浅く頷いた。


***


 あたし達は、恋人同士だけど遊園地や映画館には行かない。一応、今日もクリスマスパーティなんだけど、小さなクリスマスツリーを棚の上に置いているだけで、凝った飾りはしてないし、料理だって何もしていない。ただ、部屋で彼がピアノを弾いて、あたしがそれを聴く。言葉に表してみれば、それだけのことだけど、あたし達にとっては何処かに遊びに行くことよりも、楽しくてワクワクする、最高のデートだ。


「何弾こっか」

「リクエスト?」

「うん」

「とりあえず、クリスマスの歌がいいな」

「りょーかい」


 彼は楽譜をパラパラと捲って、鍵盤に指を添えた。人差し指を沈ませれば、トーン、と綺麗な高い音がした。その音を合図にしたかのように、ふわっとたくさんの音が部屋を包んだ。左手と右手を複雑に使い分けた繊細な指の動きが聞き慣れたメロディーを生み出していく。

 あたしはピアノを弾くことはあまり好きではない。親に押し付けられたこのピアノも、気が向けば弾くけれど、最近は時々調律するぐらいで、めっきり弾いていない。ただ、聴くことは大好きだ。優しくて、繊細で、何だか切ない音。激しい曲も穏やかな曲もピアノの音を通せば透き通って綺麗な旋律に聞こえる。

 彼がジングルベルを弾き終わった後、まだ最後の音が耳の奥に残っていて、その余韻に浸りながら、ぱちぱちと、小さく手を叩いた。


「つーちゃん歌って。つーちゃんの知ってる曲弾くから」

「ん、分かった」


 いつものことだけれど、彼の綺麗なピアノに合わせて歌い始めるときは、緊張して、おそるおそる声を出す。ピアノの音はそんなあたしの声でさえ、優しく受け入れる。だから三秒も経てば、気持ちよく歌ってしまっていた。

 あわてんぼうのサンタクロースみたいな子どもでも歌えるような曲、J-POPのクリスマスの曲、気が向いたら洋楽(あたしは英語が苦手だから、サビ以外は殆ど、彼のソロだったけど)、とにかく、思いつく限りの曲を弾きまくって歌いまくった。


 つーくんが間違えて、やっちゃったって舌を出す。あたしは「つーくんがまちがえたー」ってメロディーに合わせて替え歌をしてみると、彼は、少しだけむっとして、突然コーラスの部分を歌いだす。あたしがそれにつられて音程がぐちゃぐちゃになっちゃうと、してやったりって得意げに笑う。

 指の動きを眺めたり、メロディーを聴いたりするのは勿論、大好きだけれど、彼のピアノを弾いている姿も大好きだ。いつもは大人しくってかっこつけてる癖に、ピアノを弾き始めると子どもっぽくって開けっぴろげで、とても楽しそうな表情を魅せる。ピアノを弾いている彼は、すごく格好良いって思う。ふと見せる表情や仕草がすごく健やかで、きらきら輝いている。そんな彼に、あたしは胸がきゅっと締め付けられて甘い気持ちになるんだ。


 あたしは喉がカラカラになるまで歌って、つーくんは指がくたくたになるまで弾いた。

 そろそろ終わろうか、と、彼が言った頃には、明るかった空は隅から隅まで、群青色に染まっていた。あたしは冷蔵庫に入れていた冷え切った麦茶を口に含んで、ごろん、と寝転ぶ。つーくんはメロディーにもならない単発な音を、少しだけ疲れた表情で弾いていた。


「つーちゃん」

「何?」


 喉は潤ったけれど、口を動かした疲れは取れなくてのろのろと唇を動かしながら声を出す。つーくんがまた鍵盤を押さえる。とーん、と高い音。多分「ソ」だろう。彼は色んなリズムを適当に弾いているのだろうけれど、その音さえも何だか心地よくて、目を瞑る。


「僕ね、つーちゃんが音楽を楽しそうに聞いている姿が好き」

「うん」

「つーちゃんの歌う声が好き」

「うん」

「ピアニストになれない下手な僕を、認めてくれるつーちゃんが好き。そんなつーちゃんの前でピアノを弾くことも好き」

「……どうしたの? 改まっちゃってさ」


 あたしは、らしくない台詞を吐く彼に冗談交じりの笑みを零した。でも、目を開けて、視線をつーくんに移すと、彼の本気で強くて凛とした横顔に、表情を奪われた。




「でもさ、もうピアノ弾かない」




 彼は何度も何度も捲ってしわくちゃになってよれた楽譜を手に取り、あ、とあたしが声を上げる頃には、彼はもう、それを破ってしまっていた。びり、びり、と乾いて掠れて軽やかで、そして酷く哀しげな音。


「もう、夢は諦める」


 そう小さな声で呟いて、手の中に溜まった紙くずを、纏めてゴミ箱に捨てた。つーくんは繋がりを保っていた『音楽』という糸をぷちんと切ってしまった。そして、繋がりを切るために、彼はあたしに会いに来たのだと、無残な音符の塊を見ながら悟った。


「……どうして?」


 分かってはいたけれど、口が勝手に動いていた。


「もう、あの人に、迷惑かけたくないんだ。だから、ピアニストは諦めて、ちゃんと会社に入って働くことにした」


 ああ、と小さく声が漏れた。

 『あの人』が誰を指すのか、あたしはとっくに分かってる。つーくんが一番愛している人。あたしは二番目。今日は十二月二十六日。あたしはいつだって、二番目で、いつ、つーくんに捨てられてもおかしくないんだ。いつか来る別れが、今突然に来ちゃったんだ。状況はしっかりと頭で理解できたけれど、少しだけ哀しくて、彼から目を逸らし、自分の指先をじっと見つめた。


「多分、ここには、もう来ないと思う。このピアノや、つーちゃん見てたら、また弾きたくなっちゃうだろうから」


 つーくんの一番愛している人は、彼のことを本気で考えている。ピアニストになるには、彼の実力じゃ無理だってことを、きちんと、彼が傷つくことを恐れずに、真っ直ぐ言える人。あたしとつーくんの関係は、『あの人』が居なきゃ成り立たない。


「つーちゃんは、僕の夢を応援してくれるよね。僕、つーちゃんに甘えてたんだ。でも、もう、それもやめる」


 甘えてたのはあたしの方だ。あたしはつーくんの夢を応援する、無責任な偽善者。彼のこれからの暗い未来なんてこれっぽっちも責任は取れない。ただ褒めて認めて肯定して、彼を絶対に傷つけないような、綺麗事しか言えないんだ。あたしは、そんなことはとっくに気づいていたし、つーくんもいつかは気づいちゃうんだろうなって思っていた。

 つーくんは、あたしなんかにいつまでも縋ってちゃ駄目だ。

 だから、もし、つーくんに捨てられる瞬間が来ても、あたしは拒まないって決めていた。それが彼のためだから。


「だからね、つーちゃん」

「ねえ、つーくん」


 つーくんの次の言葉はとっくに分かっていた。その言葉を聞くのは嫌だから、わざと彼の言葉を遮った。


「元気でね」


 突き放されるぐらいだったら、あたしのほうから突き放したかった。一方的に振られるなんて、やっぱ悔しいから。あたしの言葉に、彼は驚いたような困ったような安心したような、何個もの感情を表情に零しながら、小さく笑った。

 つーくんは『あたし』を好きになったことなんて、一度もないよね。『夢を無条件に応援してくれる優しい人』がたまたま、あたしだったんだ。


***


「オリオン座、綺麗だね」


 彼は空を見上げて呟く。


「そーだね」


 あたしも空を見上げて返事をした。ぼやぼやとした輪郭の雲が、星の少ない夜空を這っている。星座だと認識できる星はオリオン座ぐらいしかなくて、すぐに見つけられた。


「つーくん。あたし、何座でしょう?」

「星座? えーっと、さそり座、だっけ」

「せーかい」

「それがどうしたの?」

「あたしがさそり座なら、つーくんは、これからオリオン座になってね」


 何処かで聞いたことあるけど、オリオンとサソリは一緒に星座になったらしい。オリオン座は冬の星座。さそり座は夏の星座。空の上でオリオンはずっとサソリから逃げている。サソリがどんなに同じ夜空の中に居ようとしてもすれ違ってばっかりなんだ。


「オリオン座?」


 つーくんは首を傾げて聞き返す。


「サソリから逃げるオリオンみたいに、つーくんも、あたしとピアノから逃げ続けてればいいよ」


 彼も、あたしの言葉の意味が分かったらしい。あたしの言葉に肯定も否定もせずに、ふ、と小さく笑みを漏らした。


「つーちゃん、作詞家に向いてるんじゃない?」

「そーかな」

「うん」


 つーくんは小さく頷いて、あたしを見た。優しくて、綺麗で、あたしを傷つけない、彼の目。鼻の奥がつん、としたけれど、きっと、冬の突き刺すような寒さのせいだろう。


「じゃーね」


 つーくんはあたしから視線を逸らし、歩き出す。あたしはクリスマスのイルミネーションが中途半端に残っていた夜の街に溶けていく彼を見つめながら、髪切らなきゃ良かったな、なんて思っていた。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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[一言] はじめまして。 切ないけれどあたたかい、素敵なお話ですね。 文章もとても読みやすくて、すっと心に入ってきました。 結末を知ってから再読すると、さらにまた切なくなりますね…。 心に残る小説で…
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