最終話
「あのー、1つ質問です」竜太が手を挙げて小沢に質問した。
「河崎美並と小沢の婚約は、政略結婚のため?」竜太が訊いた。もっともな質問で、その場合は婚約解消は難しいかもしれない、と有は思った。
「いや、違う。もともと俺の父と美並の親父さんは大親友だったんだ。若い頃二人は、お互いの子供たちを結婚させよう、と冗談半分で約束した。それから俺の父は過労で倒れてすぐに亡くなった。俺が10歳のときだった。不憫に思った美並の親父さんが俺たち家族を何かと気にかけてくれるようになった。美並の親父さんはかつて親友と交わした約束を実現させようと心に決めた。で、今に至るという訳だ」小沢が簡潔に説明してくれた。
有は親友が亡くなった、ということを聞いたら今度は叔母のことが思い出された。岸本に関わってから母の出来事がしょっちゅう頭に浮かんでくる、と有は思った。
「それじゃあ、お金とか権力とかドロドロしたそんなものではなく、親友との約束という気持ちの問題だね。でもこれはこれで厄介だ。」竜太が言った。
「いとこ同士って、結婚できたっけ?」竜太が訊く。
「知らない。でも恋愛は自由だわ」有が言った。
「さあ、ここからはあの2人の問題だ。小池、松島ご苦労様。御礼は後日必ず。とりあえず今はもうすぐ昼休みが終わるから。」小沢が言った。それじゃあ、と挨拶を交わして有と竜太は教室に戻り、解散となった。
放課後、有と竜太が岸本と出会った河崎美並の家の前に行くと人影が2つあった。岸本はすでに来ていた。それに加わって河崎美並の姿があった。有と竜太は2人に合流した。河崎美並と軽く自己紹介をして本題に入った。
小沢との会話の内容を簡潔にまとめたものを2人に話した。話を聞いた2人の表情はみるみるうちに不安そうな顔から、安心した顔へと変わっていった。
「お父さんは説得できそう?」有は美並に訊いた。
美並はこくっりと頷いた。河崎美並は近くで見るともっと美人だった。内気で口数が少ないようだったが性格はよさそうで、有と竜太は2人を全力で応援してあげたい気持ちになった。
「隆とは、一緒にいられるだけで幸せなのでまだ結婚とかは考えていません。でも雅人さんとの婚約は解消できると思います。前に父が、付き合ってる人はいないのか、と訊いてきましたから。あの様子だと、私が本気で好きな人がいることを伝えたら、解消を許してくれると思うんです。お2人とも、本当にありがとうございました」美並が丁寧でやさしい口調で言った。隆とは岸本の弟の名前らしい。御礼まで言われてしまって、ほとんど何にもしていないに等しい有と竜太は恐縮してしまった。
それから2日後、小沢から婚約を解消できたことを知らされた。美並の父親は、最初は渋ったが美並の熱意に負けて許したらしい。
有は話を聞いている途中、岸本のことを思い出した。有は岸本のフルネームを知らなかったことに気がついた。小沢に訊けば分かるだろうが、有は放課後は暇だし自分で聞いてみようと思った。向こうが自分の名前を知っているのに自分が向こうの名前を知らないのは少し不公平だと感じた。
放課後、有は1人で河崎邸へ向かった。映画やドラマの展開でいくと彼に会えるはずだった。曲がり角を曲がって河崎邸が見えると門のところに人影が1つあった。岸本だった。
「会えると思った」有がお約束通りの展開に感心した様子で言った。
「俺のほうこそ。あの、今度一緒にどこかにいきませんか」岸本が頭をかきながら照れくさそうに言った。
「いいね。ところで名前を教えてくれませんか」有はやわらかく微笑んで言った。
「ああ、そういえば言ってませんでしたね。誠っていいます」岸本も微笑んで言った。
誠実そうな人だな、と有はぼんやりと思った。ああ、竹内に何て言おう。
夕焼けのオレンジ色に照らされて、閑静な住宅街の道路のアスファルトには2人の背の高い影が映っていた。




