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明日に備えて  作者: 泉子
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第2話

 有は謎の男の背中を追って軽く走った。10秒も走ると男に後一歩というところに追いつけた。有は一旦息を整えるため、そして男に声をかける前に心を落ち着かせるために深呼吸をした。はぁっ、と息を吐くと河崎美並の尾行をしている間に噛んでいたレモン・ガムの香りがした。

 「ねぇ、ちょっといいかな?」有は平静を装い、それでいて顔にはいかにも『自分は無害ですよ』ととでもいう様な表情を貼り付ける。これで『ちょっと道を尋ねる女子高生』にも見えないことはないだろう。


 「何?」振り返った男が言う。男の容姿は一言で言うと『かっこいい』だった。ネチネチした粘着質の顔を想像していた有はこれには面食らった。この男の顔のレベルで言うと女の子には困らないはずだ。ストーカーをするような風には見えない。いや、もしかして告白してるのに断られ続けた結果、ストーカーに至ってしまったということも考えられる。

 とにかく、河崎美並の家の前で何をしていたかを聞きだそうと有は口を開いた。

「あの、河崎さんのお宅ってどちらでしょうか?ちょっと迷ってしまって…」有は嘘をついた。本来嘘をつくのは何となく躊躇われる有だが、この場合は仕方がない。これで多分美並の友達だろうと思われたはずだ。 次の言葉を言おうと思い口を開いたが、それは竜太が有の名前を呼ぶ声でかき消された。


「有!お前何かしでかしてないだろうなぁ!?」気がつくと竜太は有の真後ろにいた。いつの間に。そう思った次の瞬間、竜太は有の頭をガシッと鷲掴みにすると、それをグッと下に下げた。丁度頭を下げさせられている格好になる。

「すいません!こいつ、何か失礼なことしませんでしたか?」竜太も頭を下げて言った。有は竜太なんかに『こいつ』呼ばわりされたことが気に食わなかったし、何より竜太に頭を無理やり下げさせられているこの屈辱的な格好に耐えられなかった。有は自分の全体重をかけて竜太の足を踏んだ。竜太はヒッと言う声を漏らしたが、それを顔には出さなかった。 

 「ははっ…。あ、いや。えっとその子は何にもしてないです。だだ場所を尋ねてきただけで。」男が言った。それでやっと竜太の手が有の頭から離れた。きっと竜太は有の様子が気になって来てくれたのだろうが、むかついたので後でシメようと有は思った。というか、あの男さっき笑ったような。さっきの一連の出来事を見ていたのだろう。竜太に『こいつ』呼ばわりされるのも腹立つが、怪しい男に笑われるのも腹立つな。

 でも竜太は男の言葉に安心したようであからさまに、ほっと胸を撫で下ろしていた。男は男子高校生にしては初対面の人への言葉遣いが丁寧だった。きちんと躾られているのだろう。いきなり知らない人から声をかけられたら『おまえ、何だよ』と乱暴に言ってしまってもおかしくない。竜太は男のことをむしろ悪い人じゃないと思ったようだ。女の敵かも知れないのに。

 「そうですか!それなら良かった!」竜太がヘラッと笑って言った。竜太のこの笑顔は人を脱力させる効力をもつ。いわゆる竜太の必殺技だ。この笑顔を見ると大抵の人は警戒心を解く。竜太は人懐っこい人柄とこの笑顔のおかげで、クラス替えなどのときはすぐに友達が出来ていた。もちろん、この怪しい男も高校生で、竜太と年が近いだろうからこの必殺技は有効だ。

 やはり、効果は怪しい男にもあったようで、最初に僅かながらもあった警戒心がまるで感じられなくなった。まさか、竜太はここまで計算してやって来たのだろうか。と思ったがそれはないだろう。何しろ竜太は年中ぼけっとしている奴だ。 「河崎さんの家を探してるってことは、同じくらいの年だし美並に用があるんですか?あいつの家ならそこですよ」怪しい男が竜太から有に視線を移して言った。 あいつ、と怪しい男は美並のことをよんだ。あいつというその言葉には、嫌な感じがしなくて、親しい人間を指していう感じのニュアンスが含まれていた。ということは、男は美並のストーカーではないということか。

 竜太の顔を見ると、ぽかんとした顔をしていた。河崎美並とは親しい知り合いらしい口調に、ビックリしたのだろう。同時に、本当のストーカーに関わるという面倒な出来事に巻き込まれなくて良かったとも思っているに違いない。

「へぇ、河崎美並の知り合いなんですか。俺はてっきりストーカーかなぁと思っちゃって、びびっちゃったんですけど」と竜太がボソッと呟いた。次の瞬間、空気が凍った。

 竜太のばか、と有は心の中で毒づく。きっと竜太のことだから、頭で考えた言葉が無意識のうちにポロッと口から出てしまったのだろう。

 「え、俺のこと美並のストーカーだと思ったんですか!というか、見られてたことに気がつかなかった。念のため言っておくと、俺は美並の従兄妹です」男が言った。ストーカー呼ばわりされたのにもかかわらず、怒る風ではなかった。むしろ、その発想には面白がっているようでわははと笑っている。おおらかな性格のようだ。

 言いだしっぺなくせに、男の外見を見た瞬間から男に対する『ストーカー』というイメージがすでに消えつつあった有は、よく考えたらとても失礼なことを言ったのに怒らないでおおらかに笑ってる男の人柄に興味がそそられていた。 

 竜太の発言で凍りついた空気は、男の優しい言葉でもう完全に溶けていた。

「あー…失礼しました。傍から見たら、すっごく怪しい人だったので気になって。最近は物騒なことが多いじゃないですか。ところで、その制服私たちと同じ学校ですね?」竜太の代わり、謝罪の言葉を有は言った。ついでに男の個人情報にもさりげなくさぐりを入れてみた。この男、美並と親しいようだし何か情報が得られるかもしれない。有と竜太は制服を着ているので変に警戒されることもない。もともと、有と竜太の目的は小沢からの依頼をこなすことだから、南の知り合いであるこの男と親しくしておいて損なことはない。 「ええ、まぁ。二年の岸本です」岸本が言った。有はこの名前に聞き覚えがないかと頭をめぐらした。

 「竹内が言ってた、誠実そうなかっこいい男のことじゃないか?」竜太が有に小声で言った。竹内は有と竜太のクラスの女子で姉御肌で皆に好かれており人望もあるが、男運は最悪に悪かった。1ヶ月前、彼氏が3股をかけていたことが発覚し別れたのだった。それから彼女は、今度は誠実そうな人と付き合うんだ、とたびたび有に愚痴をこぼしていた。そして彼女から、誠実そうでかっこいい人が2年生にいる、ということを少し前に聞いていた。

 「ああ、あの。」有がなるほど、といった風に呟いた。

 

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