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明日に備えて  作者: 泉子
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プロローグ

 「いざって時に何が出来るかが大切なの」と生命保険の勧誘員をしていた叔母は、私と会うたびにそう言っていた。

 つまりは「頼りにしてる人物が実際に役に立つかどうかはわからない」と言いたかったのだろう。それは父にぴったりと当てはまる言葉だったのだ。

 叔母は父の妹であるけど母の味方だった。中学・高校時代の同級生で親友だったからだ。高校卒業後の進路は別々で母は大学に入学し、叔母は就職してその後は仕事の都合で今の住居に引っ越した。母は大学在学中に父と出会い、恋に落ちた。父の妹が親友だと知ったのは親族への挨拶のときらしい。

 小姑が親友ということに喜んだ母だが、叔母の住居へは車も結構時間がかかるらしく、あまり会いに行くことは出来なかった。私も今まで18年生きてきて、叔母と会ったのは20回ほどだった。

 

 母が死んだのは私が15歳の夏だった。そのとき私は友人宅でお泊りパーティーをしていて、父とは母は二人きりで海に行っていた。簡潔に言うと母は溺れて死んだ。私は二人とはまったく別の所にいたため、すべてを知っている訳ではないけど一部始終は後で父から聞いた。

 

 父とは母は人通りの少ない広々とした砂浜で、のびのびとビーチバレーをしていたそうだ。いい年してよくやると私は思ったが、黙っておいた。しばらくして、ボールが海の中に入ってしまったらしい。母が海にボールを取りに行った。そのとき丁度、高い波が押し寄せてくるところだった。小柄な母は波にさらわれた。

 父は泳ぎが出来なかった。だから母がボールを取りに行ったほどだ。助けたくても、どうすることも出来なくて、父はとにかく走って救助の人を呼びに行った。

 海から引き上げられた母はすでに息をしていなかったそうだ。そのことを聞いた叔母は怒った。親友を失った悲しみもあって、父のことを責めた。自分の妻が溺れているのに、何で海に飛び込もうとしなかった、たとえ泳げなくても人間は窮地に立たされたときこそ本領を発揮するのに、と。

 叔母はいざと言うときに役に立たない人間を酷く軽蔑していた。


 叔母の言ったことは理解できる。母は死ぬとき、とても辛かっただろう。だって頼りにしてた夫は助けに来てくれないのだから。

 でも私は父のことを叔母のように恨んでいるのかといったら、そうではなかった。父は父なりの葛藤が自分の心の中であったはずだし、まったく泳げない自分が助けに行ったら最悪、二人して娘の私を置いて溺死してしまうかもしれないと思ったと、後になって私に話してくれた。その言葉が本心なのか、それとも弱い自分を正当化するための取ってつけた言い訳なのかは、私にはわからないけれど父が悪い人ではないと言うことは私自身が知っていた。

 


 さて、何故私が通常なら避けて通りたいはずの出来事を思い出したのかと言うと、今私の目の前にいる人物によって、その思い出が連鎖的に浮かんできたからである。

 

 君は今私にこう言ったよね

「いざって時に何が出来るかが大切なんだ」と。

 

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