37 取材
深夜。
温泉町の外れ。
赤い橋。
川の音。
霧。
桜。
そして。
「のだっ♡」
小野田レイは、妙に気取っていた。
理由。
今回は“悲恋怪談”だからである。
今までみたいな、生贄だの怨念だの海から腕いっぱいだのではない。
つまり。
比較的安全。
そう思っていた。
「ふっふっふ……」
レイは橋の欄干へ寄りかかった。
「こういうのはぁ、優しく話を聞けば良いのだっ♡」
シズカは少し嫌な顔をしていた。
「……なんか嫌な感じする……」
「気のせいなのだっ♡」
レイはドヤ顔だった。
「恋愛系幽霊なのだぁ!怖いより切ないタイプなのだっ♡」
その時。
風が吹く。
霧が揺れる。
橋の向こう。
白い着物の女が立っていた。
「…………」
長い黒髪。
白い肌。
濡れた着物。
川を見つめている。
「のだっ♡」
レイは少し緊張しながらも営業スマイルを浮かべた。
「お姉さん♡」
「…………」
「是非ともダメ人間の吾輩にお話聞かせて欲しいのだっ♡」
シズカが横で呆れていた。
「……ナンパみたい……」
女はゆっくり振り返った。
顔は綺麗だった。
だが。
目が死んでいる。
「……お前」
「のだっ♡」
「何を聞いた」
「悲恋なのだっ♡」
瞬間。
空気が変わった。
川の音が止まったみたいだった。
「…………」
女の表情が消える。
「……悲恋?」
「のだぁ?」
次の瞬間。
ドゴォォォォォン!!!
橋全体が揺れた。
「のだぁぁぁ!?」
レイ絶叫。
女の髪がブワァァァァッ!!と広がる。
「どこの馬鹿がそんなこと言ったぁぁぁぁぁ!!!!」
「のだぁぁぁぁ!?」
完全にブチ切れていた。
シズカも引いていた。
「……怒ってる……」
「めちゃくちゃ怒ってるのだぁぁぁ!!」
女は橋の上で震えていた。
「私はぁぁぁ!!」
「のだぁぁぁ!?」
「恋人を殺されたのよぉぉぉぉ!!!」
空気が凍る。
「…………」
レイ、硬直。
「え?」
「村の若侍がぁぁぁ!!」
女の顔がグシャリと歪む。
「私の恋人を斬り殺してぇぇぇぇ!!!」
「のだ」
「今度は私を妾にしようとしてぇぇぇぇ!!!」
「のだぁ……」
「逃げたのよぉぉぉ!!!」
橋が軋む。
川が逆巻く。
「必死に逃げてぇぇぇぇ!!!」
女は自分の首を掴んだ。
「追い詰められてぇぇぇぇ!!!」
「…………」
「飛び込んだのよぉぉぉぉぉ!!!!」
レイ。
真顔。
「…………」
「…………」
「…………」
「悲恋じゃないのだぁ!!?」
「どこが悲恋よぉぉぉぉ!!!」
女、ガチギレ。
レイは後退った。
「のだぁ……」
「村の連中が勝手に美談にしたのよぉぉぉ!!」
「うわぁぁ……」
「“愛し合った二人は死後も結ばれました”ぁぁぁ!?」
女は叫んだ。
「ふざけるなぁぁぁぁぁ!!!!」
橋がミシミシ鳴る。
シズカも若干引いている。
「……重い……」
「しかもぉぉぉ!!」
女の顔がさらに歪む。
「まだいるのよぉぉぉ!!!」
「のだぁ?」
その瞬間。
橋の下。
川。
暗闇。
ズル……
ズルズル……
「…………」
「…………」
何かが這い上がってきた。
男。
若い武士。
だが。
顔半分が潰れている。
目だけ異様にギラギラしていた。
「…………」
レイ。
本能で察する。
「あ、ダメなのだぁ」
武士の幽霊は、ゆっくり女を見た。
「……やっと見つけた」
「来るなぁぁぁぁ!!!」
女が絶叫する。
「お前が死んでも愛してるぞ」
「のだぁぁぁぁ!?」
レイ、硬直。
怖い。
方向性が怖い。
「一緒になろう」
「嫌ぁぁぁぁぁ!!!」
女、完全に発狂。
「だから嫌だったのよぉぉぉ!!」
シズカも引いていた。
「……執着すごい……」
武士の幽霊は川から這い上がってくる。
ズル……
ズルズル……
「お前は俺のものだ」
「のだぁぁぁぁぁ!!!」
レイ、涙目。
「悲恋じゃないのだぁぁぁ!!」
女はレイへ飛びつくように叫んだ。
「助けてぇぇぇぇ!!!」
「なんで吾輩なのだぁ!?」
「見えるんでしょぉぉぉ!?」
「見えるけどぉぉぉ!!」
武士の幽霊がレイを見る。
「…………」
目。
完全にヤバかった。
「……邪魔するな」
「のだぁぁぁぁぁ!!!」
レイ、本気で泣いた。
「怖いのだぁぁぁぁ!!!」
しかも。
武士。
速い。
川からズルズル這い上がってきたかと思った瞬間。
次の瞬間には橋の中央にいた。
「うわぁぁぁぁ!?」
レイ、絶叫。
「シズカぁぁぁぁ!!!」
「逃げて!!」
「最初からそのつもりなのだぁぁぁ!!!」
レイは全力で走った。
橋。
石段。
霧。
全部飛び越える。
「のだぁぁぁぁぁ!!!!」
後ろ。
女の悲鳴。
「来るなぁぁぁぁ!!!」
武士の声。
「愛してるぞ」
「怖いのだぁぁぁぁ!!!」
レイ、完全に涙と鼻水まみれだった。
「なんでこうなるのだぁぁぁ!!!」
シズカも必死で追いかける。
「こっち!!」
「嫌なのだぁぁぁ!!!」
旅館の灯りが見える。
レイはそこへ飛び込んだ。
ガラァァァッ!!
「のだぁぁぁぁ!!!」
旅館ロビー。
女将。
宿泊客。
全員びっくり。
レイは畳の上で転がりながら泣いていた。
「悲恋じゃなかったのだぁぁぁぁぁ!!!!」
女将。
「え?」
「ストーカー武士だったのだぁぁぁぁ!!!」
「えぇ……?」
シズカは息を切らしながら思っていた。
「…………」
この男。
本当に毎回、最悪の当たりを引く。




