第1話:春の桜と赤い電車 ~お土産センター、警察署まで強制スライドします~
みうらは魔界です。
AIがそう言ってます。
三浦。ここは、こだわりが強すぎる人間たちが集う、ある種の聖域だ。
「……来ますわ。至高の旋律が」
葉山 麗香は、愛用のカップに桜紅茶を注ぎながら呟いた。
満開の桜並木。その間を縫うように、鮮やかな『バーミリオン(京急の赤)』を纏った2100形電車が加速していく。
「この東洋電機製VVVFインバータの唸り……これこそが紅茶の渋みを最高の甘みに変えてくれますの。……ああ、視界にさえ、あの不純物(店)が入らなければ」
麗香が冷たい視線を向けた先。そこには本来、真っ赤な電車と桜の対比を真っ向からぶち壊す「原色ギンギラギンのプレハブお土産センター」がある。
……はずだった。
「ゴガガガガガガガガガガッ!!」
現在、その建物は凄まじい鉄の摩擦音を立てながら、時速20キロで横滑りしていた。
「おっらあああああッ!! ホームセンターで買い占めた耐荷重1トンのプロ仕様キャスター、舐めんじゃないよぉぉぉッ!!」
パワー担当、三崎 鮪の咆哮。
彼女は今、工作マニアの暦が油圧ジャッキで無理やり持ち上げたプレハブ小屋の底に、数百個の車輪を敷き詰め、そのまま己の筋力でラグビーのタックルをかましていた。
「ぎゃあああああああッ!? 俺の店が! 店ごとドリフトしてるぅぅぅ!! 誰か止めてくれぇぇぇ!!」
2階の窓から顔を出し、ちぎれんばかりに手を振るオーナーのおじさん。
だが、レジャーシートに座る女子大生たちの反応は冷淡だ。
「うるさいわね、おじさん。そんなに暴れたらジャッキの軸がズレるでしょ。……暦、おじさんの口に一番粘着力の強いガムテープを貼って、窓も養生シートで塞いできなさい」
「了解。ついでに、あの派手な看板も後でお茶会に合う色に塗り替えておくわね」
暦が工具箱を手に立ち上がろうとすると、セレブ担当の摩里奈が涼しい顔でそれを止めた。
「待って。そんな手間をかけなくても、いまこの店舗の『営業許可証』を買い取って、登録住所をここから1キロ先の『三浦警察署の駐車場』に変更しておいたわ。……あ、お小遣い、1億もかかっちゃった。安上がりね」
「何なんだよお前らぁぁッ! 登記を勝手にいじるなァァァッ!!」
――ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン。
オーナーの悲鳴を置き去りにして、完璧な視界の中を赤い電車が走り抜ける。
「……ええ。最高の景色ですわ」
麗香は満足げに、スマホで完璧な一枚を撮影した。
彼女の視界には今、お茶と、桜と、赤い電車。そして**「警察署へ向かって爆走していくプレハブ」**という、三浦らしい(?)のどかな風景が広がっていた。
「鮪さん、お疲れ様。あの建物は警察署の入り口を絶妙に塞ぐ位置に『納車』しておきなさい。不法投棄を見逃した警察への、ちょっとした嫌がらせですわ」
「ガッテン承知! おっちゃん、警察署までラストスパートだ! 舌噛まないようにね!」
「もう殺せぇぇぇぇッ!!」
私たちはただ、最高の景色でお茶を楽しみたいだけ。
そのためなら、建物を台車に乗せて爆走させ、オーナーを法的に追い詰めるくらいの労力は惜しみません。
だって私たちは、平和とお茶とみうらを愛する、善良なみうら市民なのですから。




