定食屋平野が異世界で見たもの
都会の真ん中にある、こじんまりとした定食屋、平野屋。
店主の中年の男一人で切り盛りしている。
平野屋の営業時間は、平日の11時から20時まで。土日祝日は定休日。
そして火曜日と木曜日には、異世界からのお客がやってくる日だった。
平野屋の店主が異変に気が付いたのは、今から半年ほど前のこと。
火曜日だったと記憶している。
その日は何故か、開店から昼までお客が一人も来なかった。
こんな日もあるだろうかと思っていたら、暖簾を潜る人影が。
その人影は、猫のような顔をして、腰に帯刀していた。
「アジフライ定食一つ!」
その人影は、どうやらお客のようだった。
言葉は通じるようで、メニューを見て注文をした。
店主は言われた通りにアジフライ定食を作り、
猫の顔の人物は美味しそうにそれを平らげ、店を出ていった。
代金として支払われたのは、日本円ではなく、
金や銀の鉱石などの金目のものだった。
代金が日本円で無いのは少々困るが、問題はその程度。
換金すればきちんと収入になった。
それから次から次へと、異形のものがお客としてやってきた。
お客を見て最初、店主は腰を抜かしそうになったが、徐々に慣れていった。
それから半年後の今。
火曜日と木曜日は、平野屋は異世界の日になった。
今日も平野屋に異世界からお客がやってくる。
異世界からのお客は多種多様。
顔だけが犬や猫だったりするものから、全身がスライム状のものまで、
人間なのか魔物なのかもよくわからないものがやってくる。
そいつらは外では何をしているのかわからない。
ひょっとしたら殺し合ったりしているのかもしれない。
しかし、この平野屋の暖簾を潜って中にいる間は、お客同士。
言葉は通じるし、大人しく食事をしているだけ。
獣の手で器用に割り箸を使う者もいれば、
皿を舐めるように食べ物を丸呑みしていく者もいる。
しかし誰もが店のルールを守り、代金を支払っていくのは同じだった。
ある日、平野屋の店主は思った。
「火曜日と木曜日、店の外はどうなっているのだろう?」
ある火曜日、平野屋の店主は暖簾を出す時に、店の外を見た。
店の外は、普段の見慣れたビル街とはかけ離れていた。
果てしなく広がる草原。遠くに見える村々。闊歩する魔物たち。
異世界からお客が来るのだから、店の外は異世界に通じている。
どうしてこんな当たり前のことに今まで気が付かなかったのだろう。
平野屋の店主は、異世界を歩いてみることにした。
広がる草原を撫でるような風が気持ちいい。
日差しは日本の春頃だろうか。現実とは違うが、この方が気分がいい。
歩いていると早速、小さなスライム状の魔物たちが寄ってくる。
しかし蚊みたいなもので、手で叩いたら潰れてしまった。
ここは平野屋の外。お客以外には容赦はしない。
しばらくそうして歩いていると、小さな村が見えてきた。
平野屋から一番近い村は、ニアバイ村という名前だと聞いた。
そこで暮らしているのは、人間そっくりの人たちばかり。
ここでもやはり、言葉は問題なく通じるようだ。
その人たち曰く、一部でも人間と違う者は、例え言葉が通じても、
広義には魔物なのだそうだ。
ということは、平野屋の店主は今まで、
魔物ばかりを相手に商売していたことになる。
「それでよくぞ無事でいられましたね。」
村の者にはそう感心された。
この村の人たちは無力で、魔物たちをたいそう恐れていた。
村の中に小さな蚊のようなスライムが入ってきただけでも大騒ぎ。
怪我をしたり病気になったり、
中には寝ている間に食われて死ぬ者や、魔物にされた者もいるという。
平野屋の店主は、蚊のようなスライム退治を手伝った。
時には狼のような魔物が現れて、その時は流石に平野屋の店主も腰が引けた。
しかし戦ってみると、これがまた子犬のように無力で弱い。
まるで戯れているような程度の痛みしか無かった。
「どうやらこの異世界のものは、現実世界のものより弱いみたいだな。」
平野屋の店主は、異世界の極意を知った。
異世界では現実の人間は強い。
そこで平野屋の店主は、火曜日を休業日にして、異世界を探索する日にした。
一人で出歩いても安全だし、異世界には困っている人がいるからだ。
「どうかお助けください。子供が魔物にさらわれてしまいました。」
「村の食料が足りません。魔物の肉でもいいので、食料を下さい。」
「よろこんで!」
平野屋の店主は、村人たちに言われるがまま、依頼をこなしていった。
さらわれた子供は、近くの洞窟の中で見つかった。
さらった魔物は直立二足歩行をしているが、顔が狼で獣の毛皮に覆われていた。
この世界では、ほんの少しでも人間と違うものは、魔物とされている。
平野屋の店主は、ためらうことなくその魔物を包丁で切り倒した。
魔物の死体と子供を持って帰ると、村人からは二重の意味で喜ばれた。
そんなわけで、平野屋の店主は、三足の草鞋を履いていた。
月曜日、水曜日、金曜日はただの定食屋として。
木曜日は、異世界のもの専用の定食屋として。
そして火曜日は、異世界での冒険者として生活していた。
その頃になると、平野屋の近所のニアバイ村では、
頼りになる平野屋の店主が村長を務めるまでになっていた。
平野屋の店主はまず、ニアバイ村の治安改善に取り組んだ。
店の売上の一部を使い、ニアバイ村に城壁と城門を作った。
これにより、不意に魔物が村の中に入り込むことを防いだ。
それから、近所にある魔物の巣を駆除することにした。
村の者たちの話によると、そこから魔物たちがやってくるという。
平野屋の店主は、愛用の包丁を片手に、
村の腕利きたち数名を従えて、魔物の巣へ向かった。
しかしそこには、予想だにしない光景が広がっていた。
魔物の巣。
そこには巨大なスライムや一角の大男などが、いなかった。
そこにいたのは、怪我や病気を負った人たち。
少なくとも、平野屋の店主にはそのように見えた。
みな、咳をしたり杖をついたり、体のどこかに不調を抱えていた。
その結果なのか、片目を失っていたり、四肢を欠損したりしていた。
その体からは異常な臭気が漂っている。
「うぐっ、ぐえっ・・・!」
あるものが嘔吐した。
その吐瀉物はスライム状の塊で、意思を持って動き回り始めた。
他のものも、吐瀉物や汚物から魔物を生み出していた。
「これは、魔物なのか?
この人たちは、病に犯されているだけじゃないのか?」
平野屋の店主の言葉に、村の腕利きたちが答えた。
「いいえ、こいつらは魔物です。」
「その証拠に、人とは違う見かけをしている。」
「それに、有害な魔物を生み出しているでしょう?」
「それはそうだが・・・。
この中に、ニアバイ村出身の者もいるんじゃないのか?」
「・・・。」
ニアバイ村の者たちは答えなかった。
それが答えを物語っていた。
ニアバイ村の者たちが言う。
「さあ、平野殿。魔物の巣を掃討しましょう!」
ニアバイ村の腕利きたちとはいえ、この異世界の人間。
平野屋の店主や現実世界の人間に比べれば力は弱い。
負傷者や病人相手にも苦戦している。
平野屋の店主は考えた。
これは本当に魔物の討伐なのか?
人間と魔物の違いは、見た目だけの問題なのか?
何もわからない。
中には、指が一本足りないだけで魔物呼ばわりされているものもいる。
ニアバイ村の者たちは、そんなものたちまで魔物として狩ろうとしている。
「そんなの・・・おかしいだろ。
ここにいるのは、魔物じゃない。人間だ!
もちろん、中にはただの病気や怪我だけじゃない人もいる。
それこそ、取り付いている魔物が原因なんじゃないのか?
それを見た目だけで判断して、全員殺すなんて、俺にはできない!」
「平野殿!?」
平野屋の店主は、誰も傷つけること無く、包丁を手に走り出した。
もうニアバイ村に戻るつもりはない。
「俺の居場所は、俺の店だけだ。」
平野屋の店主は店に戻ると、着衣を整えて暖簾を出した。
「さあ、いらっしゃい!定食の平野屋だよ!
うちはどんなものでも、魔物にでも、定食を出すよ!」
そうしてニアバイ村の勇者は消えた。
後を追う者はいなかった。
それが彼らの良心の呵責によるものか、
平野屋の店主を見放したからなのかはわからなかった。
今週も火曜日と木曜日がやってくる。
平野屋の店主は元気よく、店先に暖簾を掲げた。
すると、後から後から食事を求めるものたちがやってくる。
背中に羽の生えたもの、片手がないもの、一つ目の大男、
誰もがこの平野屋ではただのお客だ。
みな大人しく食事をして、代金を払ってでていく。
代金はまちまちだ。
ただの野菜炒めの代金に金の塊を置いていくものもいれば、
かけうどんの代金にきれいなだけの石ころを置いていくものもいる。
しかし平野屋の店主はそれに文句を言ったことはない。
火曜日と木曜日、異世界の日は、通貨が違うからだ。
異世界の日は、人の定義も違えば、通貨の概念も違う。
ただ共通しているのは、ここ平野屋では食事をして代金を払うこと。
それだけでいい。
誰が魔物なのか、何がいくらの価値を持つのか。
それを他人に決められるのはもうごめんだと、
今日も平野屋の店主は包丁を片手に調理場に立っていた。
終わり。
ファンタジー世界でみられる魔物は、どこから来るのだろう。
どうやって生まれてくるのだろう。
その答えの一つとして、この話を考えてみました。
この話の中では、魔物はどこかが変わっているとされた人間、
あるいは人間から生まれ出るものとされています。
伝染病にみられるように、人間に一番の脅威を与えるのは人間だからです。
人間が魔物を生み、人間が魔物にされる。それがこの世界の真実です。
お読み頂きありがとうございました。




