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1-2. 命日

 二日間の聴取は、聴取と言うにはあまりに親切で、温かいスープに清潔な衣服、しまいには独房に白いシーツのベッドまで運び込まれていたものだから、罪人とは思えない厚遇に驚いたりもした。


 とはいえ、聴取と言えるほど問われなかったのは、俺が何と言おうと罪状が覆ることがないからだし、この厚遇はコナミの懺悔(ざんげ)なのだろうと理解した。


 牢も刑場も、政府機関も、すべからく旧王城の中にある。城は主人(あるじ)が変わっただけで、どうにも仄暗く不気味で、品位を落としたようにさえ見えた。もっとも、十数年前、多くの血が流れた王城だ。非科学的なものは信じないが、怨霊がいても違和感はない。むしろ怨霊や呪いの存在はどのようにして"認められるのか"、研究してみたくなった。俺が"呪う"と壁に血で描いておけば、きっと数ヶ月後、数年後、俺の霊が城中を徘徊しているとか言われ出すんだろう。興味深い。面白い。やりたいことはたくさんある。たった18年の人生じゃ足りない。足りないに決まっているが、仕方がない。1日目の大半は、そんな風に物思いに耽っていた。


 夜、コナミは俺の独房を訪ねてきた。革命政府軍の下級の制服を着ていたから、きっと何人かだまくらかして、法に規則に触れて来たのだろう。ボロボロの服は、彼の清潔な髪と艶やかな肌に不釣り合いで、きっと優しい軍人たちが、"子どものオイタ"に目を瞑ってくれたのだ。コナミはそんなことも分からず、檻に手をかけて明瞭な声で伝えた。



 「頼む。頼むよパル。謝ってくれ。総大臣様に膝をついて謝って、国のために働くと誓ってくれ。君ほどの能力なら、頭脳なら、きっと許しを乞えるはずだ。君の能力は国のために使わなければ。有り得ないよ。みすみす失っていいものじゃない。国の損失なんだ。ねぇ、お願いだよ。パル、死なないでよ………」



 切羽詰まった、何か込み上げるものを堪えている声。それでいて、傲慢で自分の思い通りにならないと気が済まない、子どものような声。


 しかし俺は何も言わなかった。支給された面白くもない『革命の歴史』の本をペラリとめくり、コナミを居ないものとして扱った。コナミはひどく傷ついた顔をして、他には何も言わずに、城内へと戻って行った。違反行為を犯してまで罪人に肩入れするなど、純白のお前らしくない。



 『歴史の汚点となってでも、君には生きてほしい。』



 後日、最上級の嘆願書(ラブレター)を受け取ってなお、俺は逃げる術を考えなかった。それはもちろん、叶うならば生きたいに決まってる。こんな天才殺していいの?社会の損失じゃない?と素直に思う。


 それでも。残念ながら。この国の最高権力者に逆らう術を、俺は持ち合わせていない。


 二日間がそうして過ぎ去り、ギロチン台に首を馴染ませるため、軍人たちが俺の身体を押さえつける。無駄に鍛えた体躯を遺憾無く発揮して(もてあそ)べる予定のおもちゃが一つ減って、彼らのストレスも溜まっているのだろう。二日前に会った時より、心なしか苛立ちが感じられた。コナミの力がなければ、殴られ蹴られの最期の時間であったかと思うと、本当にゾッとする。



 (まぁ。今の政治(これ)が正しいのかっていう俺からの問いの、彼なりの答えなんだろう。)



 思想犯を最期の最後まで痛めつけるのは、正義に(かな)わないとお前も思うんだろう。じゃあ、正せよ。直せよ。この社会のヒビ割れを治せ。お前ならできる癖に。やる勇気だけが足りないんだ。


 そんな子どもじみたことは言わないと決めている。否、言えなかった。俺も含めて、貧乏孤児の悲願を彼は手にしたのだ。彼は英雄なのだ。



 (彼の選択と行動を、血の滲む努力を、俺は絶対に批判しない。)



 濃紺に金刺繍。上級の制服を纏った軍人たちが部屋から出ていく。いよいよだと思った。彼らが完全に扉を閉め、次いで黒いローブに身を包んだ死刑執行人が勢いよく紐を引く。そして、手を、放す。


 あっけないものだ。


 俺の人生は、ここで終わった。






♖♜♖♜♖♜






 はずだった。


 ローブの執行人は、パルの腕を勢いよく引くと、ギロチンの紐を離した。パルは台から引きずり下ろされ、もんどり打って転がり、壁で後頭部を強打する。


 ギシャン。という刃物がぶつかる特有の音がしてギロチンは床まで落ちていた。しかし、俺の首は繋がっている。



 「生きてる。」



 (かす)れた声が出た。両の手で首を掴む。間違いなく、首は繋がっている。手の震えは止まらないが、脳は嫌な具合に冴え渡っている。生きている。目だけで部屋の様子を伺う。執行人はそのまま部屋の隅に転がっていた大袋を引きずり、中から何かを引っ張り出す。



 「それ、死体?」



 執行人に声をかける。くるりと振り返った男は、鼻から下を黒い布で覆い、その大柄な体躯に似合わない幼子のように大きな新緑の瞳をしていた。


 緑の瞳は五月の新緑のように鮮やかで、こちらを突き刺すように見つめている。いくら多民族国家、彩り豊かな髪や瞳がそろう我が国とはいえ、緑の瞳は珍しく、ほとんど見たことがない。このまま吸い込まれてしまいそう。その奥行きは、奥深さは、まるで怪物のようだ。そんな考えが勢いよく浮かんでくる。


 男は、黒い手袋の人差し指を口元に当て、目を細めた。"しー。" 子どもに諭すように、男は小首を傾げながらジェスチャーで訴える。大きな体躯に似つかわしくない、可愛らしくおどけた動きに、恐怖が逆撫でされた。



 (残念ながら、従わないと死ぬやつだ。)



 執行人の男は、手際良く"人間のようなもの"を取り出し、"血のようなもの"をそこら中に()いて上から白い布をかけ、一輪のユリを腹部のあたりに供え、膝をついた。祈りを捧げた男は、ゆったりとした動きで振り返り、袋の口を開く。



 「入れ。」



 息をひそめた重低音におずおずと従い、俺は頭からすっぽりと袋に覆われる。袋の口が閉じ、視界は完全に遮断された。腰のあたりから担がれる。扉の開く音がした。



 「終わったか。」



 「副団長殿のお手を煩わせるわけにはッ」



 「軍部の皆様。この通り。終わりました。ご遺体はそのまま。」



 複数人が言葉を交わす。俺をギロチンに乗せた軍人たちと、俺を担いでいる死刑執行人と、知らない男の声がひとつ。軍人たちの声はどうにも焦っていて、だからか俺の死の"偽装"にも気がついていないらしい。



 「わかった。お前たちは持ち場に戻れ。残りは俺が対応するから。御要人の近親者なんだ。」



 「しかしッ!平常時の対応と」



 「行け。」



 ただただ淡々とした声の男だ。抑揚も感情もない。その声に従って二つの足音が去っていき、続いて「こんなものに平常なんてあってたまるか」という乾いた音が響いた。



 「お前も。今日もご苦労様。」



 「副団長殿。ご苦労様です。」



 他の軍人とは違う、奇妙な男たちだと思った。"副団長殿"と呼ばれた男と、死刑執行人。二人とも感情という感情が抜け落ちた声をしている。どこまでも淡白な音たちは、それ以降紡がれることなく、再び木扉(ドア)が閉まる音がした。


 それから何時間が経っただろうか。人に担がれる縦揺れ。人が交代した横揺れ。横に寝かされて放置された時も、近くには常に人の気配がした。馬車に揺さぶられる硬い揺れ。途方もない時間を、パルはできる限り正確に記憶しようとした。一人目の、執行人の男の歩幅。二人目の少し小柄な男の歩幅。馬車の揺れが始まったのは。時間は。距離は。場所は。その頭脳を掻き乱さんばかりに、時間だけが経っていく。


 体感、20時間18分。距離にして200キロ超。ついに袋の口が開き、外界の眩しさに目が痛んだ。ツンと鼻の奥が刺激されるような太陽光。何度もまばたきをして、やっと脳が状況を理解する。そこは、四方を扉に囲まれた、学校の中庭のような場所であった。



 「ごめんね、喉乾いたよね。もうすぐリーダーが来るから。ちょっとだけ待ってね。」



 長時間の窮屈な状態に視力も聴力も衰え、立ち上がることすらできないパルの(ひたい)に手を当てて、白髪の少年はふわりと微笑んだ。その瞳は、あの、緑だ。



 「ここは、北方ヴォーリア、でしょ。」



 賭けだった。枯れ木のようなパルの声に、少年は白い歯を見せてにやりと笑う。



 「時間にして20時間15分。距離にして269キロ。体感気温は?」



 「五度も下がった。今はだいたい摂氏(せっし)十三度。初冬にしては寒すぎる。」



 「君はきっとお眼鏡に叶うと思うんだよね、パル教授。」



 白い髪の少年は嬉々としてパルを見つめた。「ルカだ。」歌うようにふわふわとした声で続ける。純粋な喜び、幸福を噛み締めるような、澄んだ声。聖歌隊の合唱を一度だけ聞いたことがあったが、その中に居てもおかしくはないくらい、美しいと()()()()()声だった。太陽の反射を受けて、白い髪がキラキラと輝く。緑の瞳がこちらを捉えた。



 「ルカ。ちゃんと連れてきたよ。」



 天使のような見目の少年と対比するように、全身を黒で塗りつぶした、死神のような男が見えた。

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