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1-1. 知識人の行方

 革命の話をしよう。


 悪しき王政を(くつがえ)し、政治を市民の手中に収めた英雄がいた。しかしなんと不憫(ふびん)な。彼は政治を知らなかった。政治とは何かを、国を社会を潤すために、民が日々を生き抜くために、何をしなければならないのかを。


 理想を掲げた彼もまた、悪として裁かれた。


 月日が流れ、大陸一の文明国 "エボニー" は、革命政府総大臣と革命軍による圧政のもとにある。市民生活は困窮し、流行り病に飢饉も起こった。民はなおも疑わなかった。否、疑いたくなかったのだ。


 あの革命が過ちであったと。

己らの選択が、過ちであったと。


 歴史は問い直しの時にある。それを行うのが学者の仕事であろう。だから俺は反抗するのだ。この時代に、社会に、権力に。だから俺は、"黒" に染まると決めたのだ。


 大陸一の文明国は、今、暗闇の中にある。

しかし、ほんのわずか、チェスをワンゲームを行っている間にも、この社会は覆ろうとしている。黒駒が白へと変わるように。敗者が悪、勝者が善と成されるように。


 かの革命の話をしよう。

王政は悪であったのか。世界は単に変われば良いのか。人々の苦い記憶を引き出し、パンドラの箱をこの手で開こう。


 革命の話をしよう。

世界はどう変わるべきかを。

血で血を洗う革命を、いかにして巻き起こすかを。






♖♜♖♜♖♜






 罪状  : 反政府活動、ならびに反体制言動の布教

 名   : パル

 齢   : 十八歳

 役   : 大学校教員 教授職

 執行日 : 明後日


  ―― 刑罰:死刑 ――



 貧相なわら半紙が、吹き抜け廊下の風のあおりを受け、ぴらぴらとはためいている。大学校の掲示板。緑の布地に、落とし物のお知らせ、教員採用募集、不正による懲戒解雇、その横に、政府からの最後通牒である俺の罪状勧告書が画鋲(がびょう)で止められている。


 人の死を告げるにはあまりに安っぽいくすんだ紙に、俺は思わず声を出して笑った。



 (そっか。俺、死ぬのか。)



 心当たりがないわけではない。俺の出版した論文『不幸な歴史の問い直し』は大きな波紋を呼んだ。実際「昨今の麦の不作の原因は、6年前の政府施策にある」ことを明確に証明してみせた、俺の自信作だった。


 反論の余地もなく、美しく。歴史と現在を結び、紐解き、政府が冷や汗まみれになりながら発行差し止めを行ったころには、手書きの写しが地方農村にまで出回るほどの影響力であった。その結果が、死刑(これ)である。



 (口封じができなかったから、見せしめにとりあえず殺しとこうだなんて。政府も芸が無いものだ。)



 半刻前。学校長からの急な呼び出しに、かたや職種異動かお叱りかと、校長室の木扉(ドア)を叩いた。人間か疑わしいくらいに白い顔をした校長は、五分間ただ唇を震わせ、その後、感情を押し殺した声で、静かに俺の刑を告げた。「小一時間で軍が迎えに来るから準備をしておきなさい。」


 学生時代から教授として目をかけてくれた先生の声は震えていた。彼も政府出身者で、正義の白軍として先の革命にも携わったという。


 一方で、俺の自由でのびのびとした研究姿勢には好感を抱いていたらしい。「我々は自由になるために革命を起こした。」それが先生の口癖だった。しかし。



 しかし、まさか愛しい生徒が。反政府出版社(チェックメイト)に寄稿していたとは思いもしなかっただろう。



 実感など湧くはずもない。明後日死ぬ?冗談じゃない。せめて『テレティクスの文法書』を読み終わってからにしてくれ。気になって死んでも死にきれないじゃあないか。

 

 読みかけの天文学書と小型のタイプライターを乱雑に抱えたまま、パルは自身の研究室へと歩みを進めた。瞬間だった。



 「パル、お前!!!結局このザマだ!!僕がどれだけ力を尽くしたかわかるか!!?いくつもお前の悪事を握りつぶしてきたのに!!とうとう大臣殿にまで目をつけられやがって!!!」



 吹き抜け廊下の入り口側。大学校同期のコナミが、ご自慢の端正な顔を歪ませ怒鳴り声をあげた。黒縁の眼鏡がカタカタと揺れて見えるくらいに、彼は肩を震わせている。一方のパルは涼し気な顔で燃えるような赤髪を耳にかけた。



 「何?俺は事実を述べただけだけど、何か問題だった?」



 髪と同じくらいに赤い瞳をコナミに向け、皮肉たっぷりに、いつにも増してゆっくりと唇を動かしたパルを、頭ごと抱え込むかのように両の腕で押さえつけた。馬乗りになったコナミは力任せに叫ぶ。



 「せっかく大学教授、しかも史上最年少教授の地位までつかみ取ったお前が!!お前がなぜそんな愚行に走るのか理解できない!!」



 「そりゃお国のワンコには理解できないでしょうよ!!これだけ市民が苦しんでるのに見えないふりをするのがお得意だもんね大臣秘書官サマは!!!」



 廊下まで(とどろ)いた罵声に、慌てて飛び入ってきた小柄な秘書が「やめてください!離れて!離れてください!」と二人を引き剥がす。肩で息をして、茶色いおさげをぼさぼさにした秘書は、新緑の瞳にうっすらと涙を浮かべていた。



 「校長先生を呼んできますからねッ!!」



 パタパタと走り去る秘書を横目に、コナミは歪んだネクタイを直し、パルはわざとらしく白衣をはらった。目線を合わせることなく、ちょうど床のタイル五つ分の距離を置いて、二人は沈黙を守っている。


 パルとコナミは、天才だった。史上最年少の12歳で大学校に入学。三学四科全てにおいて、二人に敵う者はいなかった。16歳の卒業時には文法、論理学はコナミが首席、それ以外の修辞学、算術、幾何学、天文学、音学ではパルが首席を取り、三位とはまるでかけ離れた成績を残した。


 二人とも孤児院出身であり、身寄りのなさを良しとして革命政府から引き抜きの声がかかった。政府に生涯献身を誓い、お国のために生きてゆくのだと。


 まさにドリームストーリー。革命以前の時代には叶わなかった理想の姿。孤児が政府中枢の政治を担う社会。自分の実力、能力で戦っていくことのできる社会。ああ、なんと素晴らしいのだろう。誰もがこの美しいストーリーにうっとりと酔いしれる中、パルは何故か首を縦には振らなかった。


 稀代の天才は、自分を唯一上回る存在は、学者としての道を選んだ。


 この時代の過渡期にあって、知識を本の虫に与えるためだけに使うのか。これはコナミにとっては理解し難く、侮蔑すべきことで、何より屈辱でもあったのだろう。


 彼はたびたびパルの研究室に来ては、結果、喧嘩をしていた。しかし、今回ばかりは、まるで訳が違う。



 「あれほど忠告したのに!私はあれほど忠告したのに!!」



 コナミが次なる言葉を探して目を泳がせた直後、複数の足音が近づいてくるのが分かり、パルとコナミは振り返る。


 革でできた硬いブーツが陶器のタイルにあたる音。規則正しい間隔。確実に複数であるのに、ばらつきはない。この特有の足音は、________軍だ。



 「貴殿がパル教授ですか。通知を受け逃げ出さないとは素晴らしい。賢明なことです。」



 濃紺の制服に身を包み、髪を全て帽子に仕舞った大男は低い声でそう告げた。その声は感情がない、ように見えて根底では愉悦を押し殺したいやらしい響きを(まと)っている。


 まるで今から手に入れる罪人(おもちゃ)を壊すのが楽しみでたまらないといったかのように。


 軍人の鋭い眼光にコナミは視線を落とし、対して当の本人 パルは、こちらもまるで面白くてたまらないといったようにいやらしい笑みを軍人に向けた。



 「だって君たちさぁ。俺が逃げたら、大学校ごと燃やしかねないもん。」



 「市民の安全が最優先です。」



 パルは、嘘つけ、と吐き捨てるように笑った。乾いた声で、分かりきったことをあえて聞く。「で、俺は?」



「はい。ご同行願います。」



 十数人の(いかつ)い軍人の後ろには、"念のため"腕を拘束された学校長が背を丸め小刻みに震えている。その髪は想像よりも白く、その上背(うわぜい)はいつにも増して小さく見えた。


 入学当初、あれほど大きく恐ろしく見えた校長先生を、今の俺たちは見下ろしている。



 「あぁ、コナミ、来たのか。こうしていると、あの頃に戻ったみたいだ。」



 息を吐くように学校長は漏らす。教員人生で最も手がかかり、最も愛おしい生徒たち。誰よりも優秀で誰よりも面白い二人の天才が並ぶのも見納めであると、痛いほどに理解している彼は、うっすらと涙をこぼした。



 「パル。行こうか。」



 学校長はこの寄稿を知らなかった。本当に本当に、俺一人の判断で、行動だった。わが身可愛さに俺を売るような人ではない。もし俺をかばうような言葉を発したら。そうしたらコナミに頼ろう。コナミならば聴取文を少々"置き換える"ことも余裕だろう。それに革命時代の貢献も相まって、学校長である彼が(こく)な扱いを受けることはないだろう。大丈夫だ。心配ない。俺一人が"悪事"の責任を負う。それが正しい、あるべきストーリーだ。



 「じゃあね、コナミ。」



 パルは軍人たちに向けたのと同じ、いやらしい笑み浮かべ、コナミに向き合う。軍人たちは仰々しくパルの腕を紐で結んでいく。コナミは膝から崩れ落ち、大粒の涙がボタボタと床に落ちた。


 この国でたった11人の大臣秘書官である彼が、罪人にこんなにも肩入れをしていい訳がなかった。胸の白百合のピンバッチが彼の役職を示しており、軍人たちも"あえて"その存在を無視していた。まるで、そこにコナミがいないが如くと。


 透明な彼は、なおも絞り出すように声をあげる。子どもが母親に「いかないでくれ」と泣きつくように、彼の声は低くも(すが)るようだった。



 「どうか。頼む。どうか、殺されないでくれ。死なないでくれ。」



 この判断を下したのは、コナミの直属の上官。彼が忠誠を誓う存在。そしてこの国の絶対権力者、スキュア総大臣であるという。彼の命は覆らない。彼の意志は絶対である。彼の下で日々働くコナミだからこそ、もうどう足掻いても手の打ちようがないことは理解していた。だからこそ、絶望する以外にできることがなかった。


 スキュアの命令によって、今年の死者は120名を超えている。しかし、多くの市民はそれを知らない。善良な国家は、今日も守られている。



 「コナミ。俺が今年何人目なのか、また教えてね。」




 パルの論文(告発文書)




 パンドラの箱を開けるこの文章は、この国の最も闇深く、黒い部分に問いかけていた。



 「第一章、『凶作は作為によってもたらされる』。自分でも爪が甘くて陳腐だったと思うよ。ほら、俺はさ、第二章を書かなきゃいけないから。タイトルは、」



 恐ろしいくらいに綺麗な微笑みを浮かべたパルの、赤い瞳が炎のように揺らめく。コナミは息を呑んで見つめた。


 ああ、パルはとっくに覚悟が決まってる。彼の正義に、今の政府は(かな)わなかった。常に私の三歩先を行く天才は、その智恵ゆえに寿命を縮めた。そして私は、その才を守れなかった。


 「赤は血の色だから。どこに行っても忌み嫌われてきた。話しかけない方がいいよ。」入学初日、君は言ったね。でも、今の君の瞳は、宝石にすら見えるんだ。



 学問を語る知識人は、なんと輝かしいのだろう。



「タイトルは、『かの革命は正義であったか』。」



 彼は現在の政治を問い、過去の王政を問うている。

絶対的な正義と悪の構図を、覆そうとしている。



「君の知識は、__________あまりに危険だ。」



 絞り出したコナミの声に応じることなく、パルは歩みを進めた。



 (ねぇコナミ。いつも憎らしい君だったけど、君とやるチェスは楽しかったよ。)



 二日間の聴取を終え、パルはギロチン台の前に在る。

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