第二話 レオダルク
ゼリオナスの言葉を最後に、自己紹介は終わった。
エルドランは「……以上だ。始業式までは少し時間がある。騒ぐなよ」とだけ言い残し、教卓に資料を置くと教室を出ていった。
扉が閉まると同時に、静寂はあっけなく破られた。
机を寄せる音、笑い声、軽い冗談――教室に一気に活気が戻る。
お世辞にも滑り出しのいい初日とは言えない。
――そう思っていた矢先、隣の席から明るい声が飛んできた。
「よっ、隣いいか?」
顔を上げると、机の上から金髪の少年が覗き込んでいた。
「君は……レオダルクくん。さっきはありがとう。助かったよ」
アストレイが少し遠慮がちに言うと、レオダルクは軽く手を振って笑った。
「おいおい、これから一緒に過ごすことになるんだぜ?“くん”なんていらねぇよ。レオダルクでいいぜ」
その軽やかさに、アストレイは思わず口元をほころばせる。
人付き合いには慣れていないはずなのに、不思議と自然に返せた。
「確かにな。じゃあ……よろしく、レオダルク」
「おう、よろしくな、アストレイ」
レオダルクが差し出してきた手にアストレイが応える。
「そういえばさ」
レオダルクは机に片肘をつき、軽く身を乗り出した。
窓の外から差し込む光が、彼の金色の髪に淡く反射している。
「ルシファード、って言ってたけど……もしかしなくてもメティウス様の?」
不意の問いかけに、アストレイは気まずそうに目を伏せた。
「あー……うん。なんか、有名みたいだね」
「有名どころじゃねぇよ!」
レオダルクは思わず身を起こして叫ぶ。
「この国に知らない奴なんていないんじゃねぇか?」
その勢いに押され、アストレイは苦笑いを浮かべた。
「いやほんとにね。初めて街に繰り出してびっくりしたよ」
「初めて?」レオダルクは眉を上げた。
「お前、学校とか通ってなかったのか?」
「え?うん。逆にここ以外に学校があるの?」
あまりにも素で返すアストレイに、レオダルクは思わず息を詰まらせ、
そして吹き出した。
「むしろここは“選ばれた人間しか入れない”王立学園だぞ?自己紹介思い出せ。いいとこの子ばっかだっただろ」
「いやぁ、ごめん。本当に外のことは知らなくて……でも、レオダルクは苗字ないって言ってたよね?」
「まぁな」レオダルクは肩をすくめる。
「ここはあくまで“実力”を見てくれる場所だから」
少し間を置き、彼はアストレイをじっと見た。
「……それにしても、合点がいったよ」
その瞳に浮かんでいたのは、驚きでも嫉妬でもなく、
純粋な“興味”の色だった。
アストレイが軽く首を傾げると、レオダルクは深くため息を吐いた。
周囲のざわめきを気にしながら、声を落として言う。
「その角の飾り、あんまり趣味がいいとは言えないぜ」
「飾り?」アストレイは眉を上げた。
「これは飾りじゃないよ」
「……は?飾りじゃ、ない?」
「うん。生まれつき生えてる」
その一言に、レオダルクの表情が固まった。
思考が追いつかないように視線が泳ぎ、「まじかよ」「ってことは……」と小声でつぶやく。
アストレイは首をかしげながらも、どこかあっけらかんとしていた。
「そんなに驚くこと?みんな生まれつき何かしら違うもんだろ?」
レオダルクが慌てて口を開いた。
「……このこと、知ってる人は?」
「親父と家の人くらいかな」
「メティウス様は……何考えてんだよ」
レオダルクは頭をかき、ひと息ついてから真剣な声になる。
「よし。このことは俺たちだけの秘密だ」
「秘密?なんかマズいのか?」
レオダルクは少し言いにくそうに眉を寄せた。
「そうだな。一般的には――“魔族の証”とされてる」
「魔族?」
アストレイは目を瞬かせた。
「本当に知らねぇんだな……」
レオダルクは苦笑し、椅子の背にもたれかかる。
「しょうがねぇ。放課後、ちゃんと教えてやる。せっかく友達になったんだしな」
「……ごめん。変なこと巻き込むみたいで」
アストレイがうつむく。フードを深くかぶった。
レオダルクはしばらく何も言わず、ペンを指でくるくると回した。
カチ、と芯が引っ込む音。
「なあ」
顔を上げたアストレイの前で、レオダルクが笑っていた。
示し合わせたように短い予鈴がなり、教室が静寂に包まれる。
レオダルクは軽く肩をすくめ、からかうでもなく、まっすぐな目で言う。
「友達には“ごめん”じゃなくて“ありがとう”でいいんだよ」
その言葉のあと、教室の時計が小さく鳴る。
レオダルクは立ち上がり、伸びをしながら窓の外を見た。
風が吹き込み、彼の髪を少しだけ揺らす。
「さ、そろそろ始業式だな」
アストレイはその背中を見て、少しだけ息を吸い込んだ。
窓の外では、雲の切れ間から光が差し込んでいた。




