第一話 自己紹介
アストレイは教室の前で立ち止まり、乱れた呼吸を整えた。
扉の隙間から見える教室の中では、すでに先生が黒板の前に立ち、生徒たちは席についている。
意を決して扉を押し開けた。
「すみません!時間間違えちゃって!」
教室の視線が、一斉にアストレイに集まる。
鉛筆を滑らせていた手が止まり、何人かは小さく顔をしかめる。
手遊びをやめてちらりと見上げる子、窓の外に気を逸らす少年、思わず口元を押さえる少女。
後ろの席には足を机に放りだしている少年が。
前の席には、何の反応も示さず分厚い本を読み続ける少女がいる。
先生は肩を落とし、重く息を吐いた。
「お前も初日から遅刻か……気を――」
その瞬間、先生の視線がアストレイに止まり、表情がわずかに硬くなる。
言葉が詰まるように一瞬止まり、眉がひそめられた。
「……廊下に立ってなさい」
緊張に縛られた空気を、ひとりの少年がぱんと立ち上がって切り裂いた。
「へぇー、廊下に立つのか!そりゃあ遅刻常習犯にはきつい罰だなぁ!」
クラスの視線が一気にそちらへ流れる。
少年はにかっと笑いながら手を上げた。
「先生、自分もさっき遅刻しましたー!ってことは僕も立たなきゃですかね!おいみんなー、気をつけろよ!遅刻したら廊下立たされるからな!」
声を張り上げ、教室の空気を一気に自分のものにする。
先生は眉を寄せ、二人を見比べてしばし黙り込んだが、勢いを削がれてしまい、しぶしぶ溜息をついた。
「……二人とも、もう席につけ」
「おっ、免除っすか!?ラッキー!さすが先生太っ腹!!」
少年はけろりと笑って腰を下ろし、ひとつ大きなあくびをした。
アストレイはまだ状況が飲み込めずにぽかんと立ち尽くしていた。
その様子に気づいた少年が、ちらと横目をやり、片肘を机にかけたままあごで合図する。
アストレイははっとして目を瞬かせ、慌ててカバンを抱え直すと、足早に席へと向かっていった。
教室の空気には、まだわずかなざわめきが残っていた。
それを断ち切るように、担任のエルドランが口を開いた。
「……静かに。全員そろったな。では、自己紹介をしてもらう。名前と目標、好き嫌いや趣味など言っていけ」
淡々とした口調だが、声には自然な威圧感がある。
生徒たちは一斉に姿勢を正した。
「前の席から順に――最初、君だ」
呼ばれた少女はゆっくりと立ち上がる。
光を受けて淡い銀の髪が揺れ、瞳は湖面のように透き通っていた。
その美しさは教室の誰もが一瞬、息を止めるほど。
「……エリシアナ・グランフィードです。目標は、王国で二番目の魔術師になることです」
それだけを静かに言い終えると、彼女は本を閉じ、再び席に腰を下ろした。
エルドランは頷くだけで、表情を変えない。
「次」
「ミルカ・ローデンです!お菓子作りが好きです!」
「オルフェ・グランツ!騎士団に入るのが夢です!」
短い自己紹介がいくつか続く中、アストレイの順番が回ってきた。
「……アストレイ・ルシファードです。目標は……まだ決まっていません」
静寂。
誰かが小さく息を呑む音がした。
「今……ルシファードって言ったか?」
「ルシファード……メティウス様と同じ?」
「いや、そんなわけ……」
ざわり、と小波が広がる。
エリシアナがわずかに顔を上げた。
その指先がページの途中で止まり、ほんの一瞬だけアストレイを見つめるが、彼女はすぐに視線を本へ戻す。
「……座っていい」
アストレイは静かに席へ戻った。
「次」
立ち上がったのは、明るい金髪の少年だった。
姿勢はまっすぐ、声は不思議と通る。
「レオダルクです!苗字はありません!」
その瞬間、教室の空気がわずかに動く。
注目を受けていることを気にも留めず続けた。
「……趣味は、昼寝と、いい景色を探すこと!
好きなことは楽しいことで、嫌いなことはつらいことです!」
あまりにも当たり前のことを堂々と言うレオダルクに思わず教室の空気も緩む。
飄々としていたレオダルクだったが、少し間をあけて真面目な顔に変わり言った。
「目標は――王様になることです」
ざわつく教室を一通り見渡すと、ふっと笑ってレオダルクは続ける。
「ま、大層なこと言いましたけど……俺、頭も剣もたいしたことないんで。でも、だからこそできることがあると思ってます!
同じクラスになったのも何かの縁。俺が王様になったらみんなのことこきつかってあげるんで!よろしく!」
「いやそこはオレたちに良くしてくれるんじゃねぇのかよ!」
そんなクラスメイトの軽口にレオダルクは頭をかいてこたえる。
誰かが笑い、みんなつられて微笑む。
エルドランも、ほんの少しだけ目を細めた。
「……座れ。」
柔らかくなった空気の中、次々と自己紹介が続いていく。
緊張の糸が緩み、少しずつ笑い声も混ざり始めたころ――
「ゼリオナス・グレイン」
最後の少年が足を机に放りだしたまま、低く鋭い声で空気を切った。
一瞬だけアストレイを睨むと、
「魔族を滅ぼす」
目標ではなく決意。そんな印象を受ける一言。
緩んでいた空気が嘘のように張り詰めた。




