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12ー1

 病院の廊下は異常なほどに寒かった。


「おじさん、里奈にはガンだって言い出せなかったんだ。だから、里奈にもし好きな人ができたとしても、結婚式まで体が持たないんじゃないかってあせってた。おれ、全部知ってたのに。言えなくてごめん」


 悟がやけに大人びたことを言う。


「会社を早期退職したのも、借金を完済するためだったんだ。里奈にはギャンブルで無くなったことにしてくれって、頼まれてた」

「なんで? ねぇ、なんでそんなこと、悟が知ってるの? おかしいよ。あたし、家族なのにそんなのも全然知らないなんて、そんなの変だよ」

「だって里奈泣き虫だから。おじさん言い出せなかったんだよ。お前が泣くと思ったから。泣いてもそれを受け入れられるだけ大人だったらって待ってたけど、もう待てなくなったんだ」


 それはお父さんの病気のせいだとしても。


「病気、悪いの?」

「悪いというか、おじさん、金がかかるからって治療受けてないんだよ。また里奈を借金地獄につきあわせたくないからって。それで、ステージ四まできちゃって。さっきなんて、血吐いて倒れてたろ? だから、さ?」


 なにがさ、なんだか意味がわからない。


 お金がかかるから治療しないってなに? 


 借金地獄に巻き込むとか慣れてるし。


 本当のこと知ったら、お父さんのこと嫌いになれないよ。


「生きろよっ」


 処置室の向こう側にいるお父さんに聞こえなくても、そう口に出していた。


 我ながら乱暴な言葉だと思う。でも、それが思いのすべてだから。


 お母さんからの手紙は、お守りみたいにずっと握りしめていた。


 両親からこんなに大切に愛されていたなんて知らなかった。


 もっと早くに知るべきだったのに。


 しばらくするとお医者さんが出てきた。あたしは、悟につきそってもらって、病室に話を聞きに行く。


「松下さんの娘さんですね」

「はい。あの……」


 お医者さんは、真剣な表情であたしを見つめる。


「ステージ四の胃ガンとはいえ、あなたのお父さんは運がいいです。今回は血を吐いただけですが、これからきちんと治療をしてくれれば、助かる方法があります」

「はいっ」


 後ろで悟があたしの背中を支えてくれた。


「お父さんの方は治療を拒否していますが、どうしますか?」

「あたしは、治療をして欲しいです。ちゃんと生きて、話し合いをしたいから。万全の体調であたしの結婚式に出て欲しいんです」

「その言葉、そのままお父さんに伝えてください。こちらとしては、ご本人が治療拒否している以上はなにもできませんから」


 ありがとうございます、と言って、病室を出たら、目の前が暗くなって、倒れそうになった。


「おっと。大丈夫?」

 

 悟の腕が、あたしを支えてくれた。悟の手がこんなにあたたかいなんて、知らなかった。たのもしく感じたんだ。


     つづく

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